新型コロナウイルスの感染拡大が、多くの人から働く場や収入を奪っている。
ILO(国際労働機関)は、2020年第2四半期中に、世界全体の労働時間の6.7%に当たる労働が失われると予測している。これは1億9500万人のフルタイム労働者の労働時間に相当する。
現時点で感染者が世界で2番目に多いスペインでは、3月14日に政府が都市封鎖して外出禁止にした後、約90万人が失業した。
バルセロナでピラティススタジオを経営している戸城紀子さんも、仕事ができなくなった一人だ。
戸城さんはフリーランスとして働きながら、二人の子どもを育てている。
収入がなくなっている今の不安な状況を、どう乗り越えようとしているのだろうか。
■収入はゼロになった
「いまは収入はゼロですね」と話す戸城さん。
ピラティススタジオは人と接する仕事であるため、3月に外出禁止になってから仕事が全くできなくなった。
スタジオ経営の他にも、世界最大級のモバイル機器見本市「ワールドモバイルコングレス」で通訳をする予定もあったが、イベント自体がキャンセルに。3月の外出規制が始まってから、予定していた収入は全てキャンセルになった。
ロイターによると、90万人の失業者のうち55万人が戸城さんのような非正規労働者だ。
戸城さんはシングルペアレント。子育てはすぐ近くに住む前夫と共同でしているが、夫からの慰謝料や生活費は一切なく、学費や子育てにかかるコストはすべて折半だ。元々家族で住んでいた家の家賃も、自分一人で払っている。
都市封鎖になって収入が途切れた時に、重くのしかかってきたのが社会保険料だ。
スペインでは、フリーランスの人たちは収入の21%を税金として支払うが、それに加えて毎月社会保険料として280ユーロ(約3万3000円)を支払わなければならない。
外出禁止になって収入が途絶えたフリーランスが少なくないにも関わらず、3月も社会保険料を支払わなければならなかった。
負担の重さに、フリーランスの人たちが力を合わせて抗議したと戸城さんは話す。
「収入が断たれても、食料費も光熱費もかかる。それに私のような親たちは、育ち盛りの子どもたちを食べさせなければいけません」
「そういう状態で社会保険料だけは払わなければいけないおかしい、と個人事業主たちが結束して社会保険料を免除にするように訴えかけたんです」
抗議のかいもあり、4月から6カ月は、フリーランスの人たち社会保険料を支払わなくてよくなったという。また、外出禁止令が出ている間に限って、支払っている社会保険料の額に合わせて、最低でも660ユーロ(約7万8000円)が毎月支払われることになった。
ただし、社会保険料の免除や支援金は、戸城さんのような「仕事が禁止されている部類」で、収入が75%減った人たちに限られる。
フリーランスであっても、収入が75%以上減らない人たちには、同じような補償や免除はない。ただし、社会保険料が払えない場合は、支払いを先延ばしすることは可能だという。
また、660ユーロの支給があったとしても、バルセロナのような家賃が高い都市部で生活するのは難しいと戸城さんは感じている。
「私は自宅でスタジオ経営しているので家が広く、その分家賃が高いんです。収入がなくなっても家賃を払い続けなければいけません」
「収入がゼロですから、今は貯金を崩して生活していているんですけれど、貯金がなくなったらどうすればいいのかなど、不安なことたくさんありますね」
■先が見えない中での希望
その一方で、必ずしも悲観することばかりではないと戸城さんは話す。今、前向きに生きるモチベーションになっているのが、インターネットで始めた発信と人とのつながりだ。
戸城さんはピラティスだけでなくヤムナボディローリングというトレーニングも教えていて、アメリカやイギリス、日本など各地でワークショップを開くこともある。
ただ、他国に出張レッスンに行く時に、スタジオの生徒たちがレッスンを受けられないことが気になっていた。
そこでバルセロナのスタジオの生徒や、海外で教えた人たちが、自分が直接教えられない時にも気軽にトレーニングを続けられるようにと、2月にYouTubeチャンネルを立ち上げた。
ピラティスなどの動画を数本投稿した時に起きたのが、新型コロナウイルスの感染拡大と外出禁止だった。
収入が途絶えた一方で、時間的な余裕もできたため、外出できない人たちのために「14日間のプログラム」などを作ってYouTube投稿したところ、色々な人が応援してくれて視聴者も増え始めているという。
YouTubeでは、都市封鎖したバルセロナの様子も伝えている。動画に寄せられるコメントも励みになっている、と戸城さんは話す。
「外出禁止になって、突然外の社会と遮断されたんですけれど、逆に今まで以上にネットを使って人とつながり始めるようになりました」
「『動画を見て元気が出ました』とか、『腰の痛みが消えて気持ち良くなりました』というメッセージに、ものすごく元気をもらっています」
■広がる、SNSやネットでの支援
大変な状況ではあるが、家賃をしばらく払えるだけの貯金や、前向きになれる要素がある自分はラッキーだと戸城さんは話す。
友人の中には、元々経済的な余裕がない中で新型コロナで解雇され、苦しい立場に立たされている人もいる。
そういった苦境にいる人を救うために、今スペインで広がりつつあるのが、SNSやネットを使った支援だ。
「WhatsApp(日本のLINEのようなサービス)」などのSNSを使って、お互いに役立つ情報や支援依頼をやりとりしあっているという。
戸城さんも、親同士のチャットグループからで「病院の清掃」など急募の求人が送られてきたので、それを解雇された友人に転送した。すると翌日に「ありがとう電話してみる」という返事があったという。
さらに、SNSより規模が大きな「フレナ・ラ・クルヴァ」というオンラインプラットフォームも生まれている。
フレナ・ラ・クルヴァは、支援が必要な人と支援できる人をつなぐプラットフォームだ。
「マスクが必要」「高齢の一人暮らしで買い物にいけない」といったニーズを誰かが書き込むと、それを他の人がサイト上で確認できる。それを見て、助けられる人が支援する。
また、インターネットを使えない人のために、家族や知り合いが代わりに登録することもできる。
都市封鎖になって高齢の親に会いにいけなくなった人も、このサービスを使って誰かに親を助けてもらえるというわけだ。
フレナ・ラ・クルヴァのマップ上には、「助けが必要な人」と「助けられる人」がそれぞれ色分けされてピンで表示されている。
■取り越し苦労の方が、後の祭りになるよりいい
スペインで急激に感染者が増加し、都市が封鎖されるのを見た戸城さんは今、日本を見ていて心配になると話す。
「バルセロナに初めてコロナウイルス の感染者が出たのは2月25日。その時たった1人だったんです。そこから1カ月の間に、ものすごい勢いで増えて1日に約1000人死ぬ規模になってしまいました。それを目の当たりにしてこの感染症の怖さを感じています」
だから、東京ではまだ電車にたくさん人が乗っているというメッセージが日本から届くと、不安が増す。
「日本の様子を聞くと心配です。外出自粛とただ言われても、危機感を感じないから外に出てしまいますよね。テレワークだって、国が自宅勤務と決めない限り、他の人が出社しているのに申し訳ないと思って出勤してしまう」
「スペインでも、外出禁止出されて最初のうちは、『えーーっ』て思っていました。でも、スペインは外出禁止令を出すのが遅すぎたと思います。今は、みんなで一緒にやらなければ解決できないとわかります。自分だけの問題じゃないと思うから、気をつけます」
「取り越し苦労だったら、それはそれでいいんですよ。後の祭りになるよりずっといい。スペインの状況を見た者としては、日本は国が思い切って外出禁止を決めた方がいいと思います」
3月1日時点で100人に満たなかったスペインの感染者は、1カ月後の4月8日には14万8000人を超えた。1万4000人以上が亡くなっている。
その一方で、「回復した人も4万人以上いますから。それは嬉しいニュースです」と戸城さんは話す。
バルセロナでは、人々が午後8時にベランダに出て、最前線で闘ってくれている医療者たちに感謝と応援の拍手をする。
健康や経済的な不安をかかえつつも、戸城さんたちスペインの人たちは、今日もベランダに立ち1日も早く日常が戻って欲しいと願っている。
<都市封鎖されたバルセロナの様子をレポートする戸城さん>