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木村草太さん・首都大学東京教授
1980年生まれ。東京大学法学部助手を経て現職。主な著書に「憲法の急所」「憲法の創造力」「集団的自衛権はなぜ違憲なのか」。
礒崎陽輔さん・参議院議員、自民党憲法改正推進本部副本部長 1957年生まれ。旧自治省に入省し、総務省大臣官房参事官を経て退職。自民党の憲法改正草案作りに関わってきた。前首相補佐官。
大災害やテロなど、非常時における政府の権限を定める「緊急事態条項」を憲法に盛り込むべきかどうかが、改憲論議の焦点として浮上している。憲法改正草案にこの条項を盛り込んでいる自民党の憲法改正推進本部副本部長で参議院議員の礒崎陽輔氏と、憲法学者で首都大学東京教授の木村草太氏が徹底討論した。(司会は松本一弥・WEBRONZA編集長)
「問題が多すぎる」 VS 「あくまで自民党としての目標だ」
――自民党が作った憲法改正草案98条1項には、「外部からの武力攻撃」「内乱等」といった緊急事態の類型が三つ示されています。自民党では最近、これら緊急事態全般から、特に大災害時の国会議員の任期延長問題を切り離し、ここに絞って憲法改正の入り口にしようという動きがあるようです。「衆院解散時に大震災が起きれば、多数の国会議員の選出が不可能になる」などという主張ですが、どう考えますか。
自民党の「日本国憲法改正草案」 第九章 緊急事態(緊急事態の宣言)
第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特定を設けることができる。
礒崎 最初に前提条件を申し上げたいのですが、自民党の憲法改正草案はあくまで「自民党としての目標」を示したものです。その中で具体的にどの部分を憲法改正手続きにのせるかということを、自民党として決めたことはありません。
その上で、国会議員の任期についてですが、2011年3月11日の東日本大震災の時は国会議員の選挙はたまたまありませんでしたが、地方選挙はたくさんありました。あの時、3月とか4月に国会議員の選挙があったら大変なことになっていたわけです。
地方公共団体の選挙は法律で決まっていますから、法律の例外事項は法律で規定できますが、国会議員の任期は憲法で決まっていますから、その例外はやはり憲法に規定しなければなりません。
木村 自民党が提案される趣旨はわからないではないのですが、具体的な条文の作り方については、このままでは問題がありすぎてかなり難しいと思います。
改正草案の99条4項には「法律の定めるところにより(略)両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる」とあります。これは、具体的にどのように任期を延長するかについては、緊急事態が起きる前に作る法律であらかじめ調整しておく、という趣旨の規定なのですか。
礒崎 議員の任期を具体的にどれぐらい延長するかといった細かなことは、緊急事態になってから考えるという想定です。
木村 しかし、個別の事態に応じて任期を3日延ばせばいいだけの時もあれば、半年延長しなければならない場合もあります。
また、議員の任期を延ばす場合に「議員が居座ってしまう」というような事態も想定されます。要は、権力を委ねたままにしておくような事態が起こらないような「歯止め」がどうしても必要だと思うのですが、これについてはどういう制度をお考えですか。
礒崎 憲法改正と同時に緊急事態対処法のようなものを作って、その中で一定の歯止めをかけていく方法もあるでしょうし、「法律ではだめだ」というのであれば、憲法の中に歯止めを書き込むという方法もあるでしょう。
木村 法律に全部丸投げするのは危険で憲法上の歯止めが必要だと思います。例えば裁判所がコントロールするというやり方もあってしかるべきだと考えます。
「歯止めがきかなくなる」 VS 「他国より抑制的だ」
――現行の災害対策基本法や国民保護法などの法制ではなぜ不十分だと考えるのですか。
礒崎 国民保護法は有事の時しか適用できないのです。国民保護法を作った当時は、現行憲法の下で有事の際に国民に指示をするのは無理だろうと判断して「国民の協力」にとどめましたが、その後東日本大震災を経験したこともあり、対処の円滑化を図るため、国などの指示に対する国民の順守義務を草案に規定しました。
木村 国民への指示については罰則等の強制力を伴うイメージをお持ちなのでしょうか。
礒崎 現行法は従う義務がなく強制力のない「協力」にとどまっているので、罰則を設けるというのではなく、従う義務のある「指示」に引き上げるというのがポイントです。
木村 指示をすることで国民の自由権が制約されるわけですね? 現行法制のまま「指示」を入れようとすると、憲法18条の「何人も(略)意に反する苦役に服させられない」の「苦役」にあたると思います。「労働強制」のようなものについてはこの憲法18条で絶対的に禁止されているので、それを解除するのが99条3項の意図だということですか。
礒崎 法制的にはそういうことかもしれませんが、国民保護法にある国民の協力は、避難の誘導や救援の援助のようなものであり、労働強制という性格のものではありません。
木村 99条3項の条項をこのまま作ったら人権制限に歯止めがきかなくなる、ということは指摘しておきたいと思います。
礒崎 ご指摘を受け止めたいと思います。
木村 この緊急事態条項に限らず、ほかの条項でもそうなのですが、自民党の草案にはそうした歯止めの問題意識が非常に弱いというか、非常に不注意な感じがします。こうした、歯止めをかけようという問題意識は草案を作る時にあまりなかったのですか。
礒崎 もちろんなかったわけではなく、私たちとしては、緊急事態において集会を禁止できるようなものもある他国の憲法と比べて、人権に配慮したはるかに抑制的な規定としたつもりです。
――東日本大震災で被災者を支援してきた弁護士たちは「国にではなく、被災者に一番近い市町村に主導的な権限を与えることこそが必要だ」と訴えています。
礒崎 いろいろご意見はあるとは思いますが、現実の憲法改正手続きが始まれば、もう少し条文を具体化し、なぜこういう条文が必要かを示したいと思います。
――大災害以外の、恐慌やハイパーインフレといった経済的な事案に対してもこの緊急事態条項は適用されるのでしょうか。
礒崎 経済だけの事案というのは、緊急事態条項の射程の範囲には入りません。
木村 98条に「社会秩序の混乱」という文言が入っているから様々な疑念を生むのです。
「立憲主義の根幹にかかわる」 VS 「9条改正は終わっていない」
――国家緊急権は、権力者の暴走を防ぐために権力者の手足を縛っている憲法の秩序を一時的にせよ停止するという考え方です。それを憲法に盛り込むのは立憲主義の根幹にかかわるがゆえに慎重な議論が必要だとは考えませんか。
礒崎 国家緊急権は、多くの国の憲法にすでにあるものです。なぜかというと、緊急事態においては国民の生命、身体、財産が危険にさらされるからであり、それらを守ることが国家としての最大の責務になるからです。
――木村さんはWEBRONZAに寄稿された論考で改正草案を批判していますが(「緊急事態条項の実態は『内閣独裁権条項』である」、http://t.asahi.com/j6qb)、どうお考えですか。
木村 例えばアメリカの場合は、大統領が国会召集権を持っていないので、緊急時には連邦議会を召集できるとなっていますが、これは日本では緊急でなくてもできる話です。ドイツの場合はそもそも連邦制なので、一時的に連邦議会の方に権限を集めなければいけないことがあるために緊急事態条項があるといった具合で、一概に外国と比較することはできないと思います。
――緊急事態条項では、まずは大災害時の議員任期延長に特化して憲法改正に臨み、後から緊急事態全般に広げる改正をするのではとの臆測も呼んでいます。またこの条項を新設するなら、裁判所等による監視の仕組みを同時に導入しなければ、「緊急事態への対応」に名を借りた内閣独裁への道を開くのではとの批判も出ています。憲法改正に着手するというのであれば、この条項を入り口にせず、9条改正を正面に掲げるべきだとの批判にはどう答えますか。
礒崎 緊急事態には期間の定めがあり、独裁にはなりません。9条改正についてそういうご意見があることは承知しています。しかし、安保法制が成立して9条改正が終わったというわけではありません。
憲法には自衛隊についてシビリアンコントロール(文民統制)の規定がないので、名称の如何は別にして、自衛隊を憲法上にきちんと位置づけ、シビリアンコントロールの規定を設けることは、むしろ平和主義に資するものです。9条改正で残された課題の焦点は、そこにあると考えています。
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対談の全文はWEBRONZAで5月6日まで、期間限定で無料公開します(http://t.asahi.com/jbv6)。
(撮影:吉永考宏)
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