近年、あおり運転や高齢者の交通事故が注目され、運転や免許について再考する機会が増えた。ドライブレコーダーを買ったり、免許返納について家族で考えたりする人も多いのではないだろうか。
国連が決めた持続可能な開発目標「SDGs」にも、「2020年までに、世界の道路交通事故による死傷者を半減させる」という項目があり、世界中で交通事故を減らすための動きが見られる。
どうしたら「交通事故を減らす」という社会課題を解決できるだろうか。
これまで、悪い行動を批判し、罰することは行われてきた。もちろんそれも必要だが、「普通に“良い行い”をする人が得をする社会を作りたい」。そんな思いを胸に社会課題の解決に取り組む2人のプロフェッショナルに話を聞いた。
サービス開発で社会課題の解決に取り組むソニーの古川亮介さんと、ソーシャルイノベーションを手がける早稲田大学MBA講師の大畑慎治さんだ。
2人の対談を読み進めていただく前にあえて言おう。これはソニー損保の新しい自動車保険「GOOD DRIVE」の話だ。ここで「保険の宣伝か」と思う前に、もう少しだけ読み進めてほしい。筆者も「保険」と聞くだけでなんとなくネガティブなイメージを持つが、この2人の話は本当に面白い。保険を前提から疑い、「良い行いをする人が得をする社会を作る」を夢物語で終わらせない、そんな2人の話をぜひ読んでほしい。
「普通に良い行いをする人が得をする」仕組みとは
――古川さんは「良い運転をすれば保険料がキャッシュバックされる」自動車保険「GOOD DRIVE」の開発に携わったそうですが、なぜこの仕組みを作ったのですか?
古川 簡単に言えば、「普通に良い行いをする人が自然(無意識)に得をする」仕組みを作りたかったんです。それも、SNSのように良い風に見せる人が得をするようなものではなく、きちんと行動が裏付けされた上で「行いが良い人」が評価され、得をする仕組みを社会に実装してみたかった。
大畑 それは世の中のトレンドともマッチしていますね。世界全体を見ても、「良い社会を作ろうよ」というSDGsの考えが広まっている。
最近よく聞くようになったSDGsですが、実は原文の表紙のメインに「TRANSFORMING OUR WORLD(トランスフォーミング アワー ワールド)」と書いてあるんです。つまりSDGsは、今の仕事の仕方とか社会の仕組み自体を変えなきゃ根本的に直らないよ、と言いたいんです。
古川 そのSDGsの考え方は、GOOD DRIVEの開発に通じるものがありますね。私は、自動車保険など現行の金融商品をテクノロジーとクリエイティビティの力で再定義したかったんです。
今の自動車保険で改善すべき点が2つあると思っていて、一つは保険料の決め方。そもそも保険は、集団のリスクを評価する仕組みになっています。
例えば、「20代は事故リスクが高いから、多めに保険料をもらう」とか、「ゴールド免許というだけで保険料が安い」、とか。
でも、20代で安全な運転をしている人はたくさんいるし、ずっとペーパードライバーだったからゴールド免許の人もいるわけです。これ、おかしくないですか?
だからこそ、集団で評価するのではなく、一人一人の運転を評価し、その評価に応じて保険料をキャッシュバックする仕組みを作りました。
もう一つ改善すべきと思っているのが、現在の自動車保険の大半は「事故が起こった後のお金のリスク」にしか取り組んでいない点についてです。
リスクマネジメントの観点で考えれば、「事故が起こった後の対応」だけでなく、「事故が起きる前にリスクを減らす」仕組みの構築にも取り組むことが、保険会社の本当にあるべき姿なんじゃないかと考えています。
――「交通事故のリスクを減らす」仕組みが、GOOD DRIVEだということですか。
古川 そうです。実証実験を行いましたが、GOOD DRIVEアプリを使用して運転した人は、普通に運転した人より、事故率が約15%も低下したという結果が出ました。
大畑 保険を通して人の意識が変わる、その結果社会に良いインパクトが起こる、というのは、世の中を変える「攻めの保険」ですね。この保険に入るから「良い運転をする」ことに意識が向いて、事故が少ない世の中へ向かっていく、というのはすごく面白いなと思います。
――普通に良い運転をする人が得をする、という仕組みは素晴らしいですが、いざ実現しようとすると、かなりの困難もあったのでは?
古川 大きく2つありました。一つはいかにコストをかけずに事故リスクを定量化するか。何百時間もの走行データや、実証実験を重ねて開発しました。
大畑 実際にGOOD DRIVEアプリを使って運転してみましたが、車に乗ると自動で起動するから簡単ですよね。私の場合、父がJAFに勤めていたこともあって、運転も丁寧な方だと思いますが、今回はそれを特に意識していた訳ではなく、普段通りの運転で、スコアは82点でした。
面白かったのが、アプリ上に運転のログが残っていて「ここで急ブレーキをした」などが分かるところ。自分が日々どんな運転をしているかが一目瞭然で、ちょっとゲームっぽい感覚で使えました。
古川 計測も、一回のミスに神経質になる必要はありません。その人の普段の運転スタイルを総合的に評価するものなので、無理なく続けられる仕組みになっています。
保険って、難しいイメージありますよね?
古川 もう一つ大変だったのは、保険など金融商品全般にとっつきにくいイメージがあったことです。「専門家以外は難しくて理解できない」みたいなイメージが……。
このままでは良い仕組みができても、そういった先入観が邪魔をするのではないかと。
大畑 日本って、「お金が汚い」という概念があるからかもしれませんね。「質素倹約」が美しく、儲けている人は悪い人というような。
古川 そういうイメージを払拭するために大事なのが「透明性」だと思うんです。
例えば運転を評価すると言っても、「なんか危険運転したっぽい」というような、なぜそう評価されたのか分からないのでは透明性があるとは言えませんよね。
GOOD DRIVEでは、「こうすれば良くなります」ということを具体的に提示するようにしました。しかもその判断は、ちゃんと事故実績からデータ・ドリブンで決めています。こういう、「サービスとして透明性を持って事実を伝える」ことが大事だと思っています。
大畑 評価の透明性は分かりやすいですが、もう一つ、例えば細かい字で書かれている約款など、そういった保険そのものの「難しく感じる部分」の改善はあったんですか?
古川 ご指摘の通り、保険の約款などは普段見慣れない単語などが多く、そのまま読んでもなかなか理解が進まないものであることは事実です。そこで、今回作ったウェブサイトでは、約款を「要は簡単に言うとこういうこと」という分かりやすい見え方になるよう、メンバーで相当工夫しました。
にわかSDGsを増やす必要がある
――行政が旗を振るだけでなく、こういう企業努力がSDGsにも大きく寄与するのでしょうか?
大畑 それ間違いなくそうですね。やっぱり僕たちの生活って、いろんな企業のサービスとか商品とかの積み重ねで出来上がっているじゃないですか。だから企業が動かないと、世の中の実態は何も変わらないと思っています。
大畑 とはいえ、社会性と事業性って両立が難しいですよね。企業も営利団体ですから、マーケットが必要。でも、今のSDGsの取り組みの現状を見ていると、一部の特別な人だけが頑張ろうとしていて、マーケットになっていないんですよね。
例えばサーフィンのマーケットでは、海に入らないけどサーフボードを持っている「陸(おか)サーファー」の数が多いんです。この陸サーファーがたくさんいるから、ハワイアンのカフェやサーフファッションなど、衣食住や旅行のサーフィンマーケットが成り立っている。
SDGsにも同じことが言えるのではないかと思っていて、SDGsを実現していくためには、SDGsをもっとマーケットとして成り立たせる必要があって、そのためには「にわかSDGs」がもっとたくさん必要だと思っています。
GOOD DRIVEのように「ちょっとした心がけで社会に対して良いことができる」のは、にわかSDGsを徐々に育てていく第一歩かもしれませんね。
古川 おっしゃる通りですね。
様々な事情を抱える方々の社会的なマインドを育てていくためには、誰でもちょっとした努力で、社会に対して良いことができる「仕組み」が必要だと考えています。
古川 GOOD DRIVEは、交通事故を減らす、という社会課題のほんの一部へのアプローチですが、そういったマインドやムーブメントを起こせたら良いなと思いますね。
なので、今後は「今日までにどれくらい事故を防げたか」という情報もGOOD DRIVEの利用者向けに公開していこうと考えているんです。そうすれば、GOOD DRIVEを使って良い運転をして、キャッシュバックがあって、さらに事故も減ったんだ、という社会へのインパクトを感じることができる仕組みになるのでは、と思います。
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「社会のために良いことをする」というと、とんでもなくハードルが高いと感じる人もいるかもしれない。「そんな余裕はない」と思う人もいるかもしれない。だが実際に“社会”を作るのは、私たちのちょっとした行動の積み重ねだ。
ソニー損保の自動車保険GOOD DRIVEは、そんな「当たり前」のような小さな行動が報われる社会を作る第一歩になるかもしれない。