「いじめは犯罪です。殴ったり蹴ったり、お金やモノを奪ったり、誹謗中傷したり、どれも大人の世界であれば警察に捕まって法廷で裁かれることになります。罪を犯せば社会のルールに従って罰を受ける、当たり前です」、「こども六法」を作った山崎さんの言葉です。
この本は、過去にイジメをうけた青年(山崎さん)が成長し、大学で法教育をテーマとして学びながら「イジメは犯罪なのだと知ってほしい。こういう本があれば、いじめを受けている子ども達の助けになるのではないか、学校現場で法律という共通のルールを理解するきっかけになるのではないか」という思いから作られました。
試行錯誤しつつ、難しい六法全書を子どもでもわかるような条文にした最初の冊子から、現在はより読みやすく、わかりやすい「こども六法」として改訂中であり、秋頃には出版予定です。
今回は、BRAVAのいじめ記事で企画協力いただいた株式会社マモルの代表取締役齋藤さんが、「こども六法」を制作した山崎聡一郎さんと対談をするということで、BRAVA編集部もお邪魔させていただきました!
私たちの生活にも、子どもたちが通う学校にも、法律は本来そこにあるべき共通のルールです。法律と聞いて「なんか難しそう」と思ったかもしれませんが、ぜひお読み下さい。
六法全書をわかりやすく「共通ルールを知っていじめ問題を考える」
齋藤:まず最初に、「こども六法」を作ろうと思ったきっかけを教えて頂けますか?
山崎:僕は小学校5年の頃に最も酷いイジメを受けました。ちょっとすかしているとか、成績がよいとかがいじめっ子たちの言い分でした。いじめはどんどんエスカレートしていきましたが、当時、僕はどこに、誰に、どう「いじめの問題」を訴えればいいのかわからなかった。結局、僕は中学受験をし、別の環境に入ってイジメから逃れられましたが、いじめを受けたことは一生残る記憶です。
大学に入ってから、テーマとして法教育を選んだのも、法教育を応用する形でいじめの問題を解決できないか、と考えたからです。しかし、これまでの法教育で紛争の解決にフォーカスしたものは、模擬裁判のように小学生を相手にするには難しすぎたり、調停や仲裁のように、教材の中に「共通のルール」という基本的な部分が欠落していたりしました。
その共通のルールである法律(六法全書)は、もちろんとても難解なものですが、これをまず小学校高学年から中学生、高校生くらいまでが「パッと読むだけで、なんとなくでもわかる」ように易しく解説できないか、と思ったのが、「こども六法」の作成に繋がりました。
齋藤:いじめの問題と六法全書とは、すぐには結びつかないところがあると思うのですが。
山崎:まず、いじめを受けている子が「これは間違っているんだ、誰かに訴えなくては」とわかるための判断基準や価値基準となる、その参考になるものがないんです。僕は六法全書を知って、初めて「自分が受けたイジメは犯罪なんだ」とわかりました。いじめを受けていた時に「法律の知識が少しでもわかっていたら」と思ったんです。
最初に作った「こども六法」(Kindle版にて購入可能)は、身近で具体的な道路交通法から書いてあります。それらの条文を小学生でも読んでわかるように書いたつもりです。そして、順を追うように条文を読んでいくと、例えば、子どもの権利条約についても「子どもを守るという世界中の大人たちの約束があるんだよ」となっています。
いじめを受けている子というのは、なかなか、自分から話し出せません。それは様々な理由がありますけど、そのひとつに、自分が悪いのか相手が悪いのかわからなくなるというか、こんなイジメを受けているのはおかしいことなんだ!と明確に自分で思えない、わからない、だから誰かに「こんな悪いことをされてる」と言い出せない部分があります。
でも、法律できちんと「こんなことをしたら、それは罰則がありますよ」と説明されれば、そうだ、これは悪いことをされているんだ、という思考に繋がっていく、あわよくば「だから周囲の大人に助けを求めてもいいんだ!」という思考に繋がっていってほしいと思ったのです。
新しい「こども六法」はいじめと虐待にもフォーカス
齋藤:山崎さんは「こども六法」をすべての小学校においてほしい、と思っていますよね。この本をどう活用して欲しいと思っていますか?
山崎:本当は、「こども六法」を熱心に参照することが必要な状況なんてないほうがいいんです。でも、こういう本があることを知って、一度さらっとでも読んでほしい。あるいは授業でも、共通のルールがあり、これを守らないとこういう罰則があるんだね、と話し合う機会があったらいいなと思っています。そうすればいざという時に思い出して、この「こども六法」を開いて、今自分が置かれていることを法に照らし合わせて考えてみることができるかもしれないと。
齋藤:いじめに関連して刑法が中心かと思ったのですが、道路交通法や民法、子ども権利条約まで色々と入っているんですね。
山崎:初版の冊子は確かに色々な法律が入っています。現在、改訂版を制作していますが、こちらはさらにいじめの問題を意識した法律、また最近問題になっている児童虐待などにもフォーカスした解説書になると思います。
齋藤:最初のものより、いじめにフォーカスした「こども六法」にしようと思ったきっかけは?
山崎:いじめについての授業はそもそもあまり行われていません。「いじめとは」と真正面から取り組むような方法がないんですね。でも法教育という形にすると、学校でも使いやすい、法律の教育は推進するべきという流れになっているので、そこに副教材として「こども六法」が入れれば、自然な形でいじめの問題にアプローチできるのでは、と考えました。
さらに今回は弘文堂さん(法律関係書籍や社会学書籍を多く扱う出版社)の協力により、出版されることになりました。出版にあたってはこども六法は法律書ではなく、児童書の扱いになります。児童書ですから「読み物」としても興味を持ってもらえるようにしなくてはなりません。そこで、イラストを新しくしたり、コラムのような部分を入れたりして、色々な場面で色々な人が手にして読めるようにと意識して作っている最中です。
齋藤:いじめの抑止力にもなりますね。
山崎:実はそこが微妙な点なのですが、僕は法教育そのものがいじめの抑止力になるとは思っていません。学校は法の論理を退ける傾向が強いのですが、そんな学校も大きな社会の一部で、法を犯してはいけないんだということを認識してもらうことがより重要です。
つまり、こういうことをしたら、こういう罰則があるよ、という共通のルールを認識だけではダメで、そのルールがきちんと適用される社会ですよ、という部分を実際に見せていく必要があるんです。規則が表記されているだけでなく、それが適用されなければ、本当の意味でいじめを抑止する力とはなり得ないのです。交通ルールも、警察官がスピード違反や一時不停止などを全国で取り締まっているからみんなが守る、という面がありませんか?
悪い事だとわかる、悪い事をしたらこんな罰則が法律として決まっている、それが共通のルールとしてきちんと運用されている、と実感することが大切かな、と思うんですね。
「いじめる側がおかしい」と知り、権利を主張すること
齋藤:なるほど。では、いじめを今、受けているお子さんが「こども六法」から何を読み取って欲しいと思いますか?
山崎:一番重要なのは、「これはおかしい」とイジメの問題を捉えられること、それを大人に向けて発信できること、です。抑止する力以前に、今の時点では実際にひどいイジメを受けている子どもがいるのですから、その子たちが、例えば「こども六法」を読んで「こんな酷いことをされた、これは犯罪じゃないか、大人に訴えよう」と動き出す手助けになればいいと思っています。
それと僕はイジメの被害者にとって、生き残れるかどうかというのは、自尊心にかかっていると思っているんです。いじめに遭うと、自分がなんだか間違っているような気持ちになり、ひどくなると自分を卑下してしまう。自分が悪いんだと思ってしまう。だけど「僕は正しいんだ」とわかれば、自分自身を大切にする気持ちを持って、自分のプライドを保てるじゃないですか。
「こども六法」を読んで、「僕がうけている仕打ちはおかしい」と思うこと、それを大人に訴えることは違うフェーズです。大人に助けを求めて欲しいと願っていますけども、助けをもし求められなかったとしても、「こども六法」を読むことで、この仕打ちはおかしい、自分がおかしいのではない、いじめている側がおかしいのだとわかること、つまりそこで、かろうじて自尊心が保たれる部分が生まれるのではないか。生まれてほしい、そしてイジメを受けている子ども本人が自尊心をしっかり保っていけるようになればいいと思います。
齋藤:確かにイジメを受けている子は自分が悪いから、原因があると感じている子も多いと聞きます。
山崎:それを裏付ける十分な量的データは確認できてないのですが、自分が分析した限りの質的なデータでは「自分が悪いから」という意識付けで、だから大人にイジメを受けていることを訴えられないという子どもは少なからずいる、という結果になっています。中には自分が悪いと思ってないとやっていられなかったという事例もありましたが、「こども六法」が「いや、間違ってない、僕が悪いからではない」と、そういう子どもたちの心を守ってくれたらと願っています。
「こども六法」の新版では、権利についてだけでなく、権利の主張についてまで載せようと考えています。「権利がありますよ」だけでは足りないんです。残念ながら「権利をどう主張したらいいのか」どうやったら主張できるのかを、教育現場では教えてくれないんです。例えば、いじめも被害者が訴えていく、主張していくためには、現段階では色々な証拠を揃えなくてはならないんです、それを揃えた上でどう主張していけばいいのかを、新しい「こども六法」には含めていく予定です。
もうひとつ、学校に置いてほしいというのは、子どもだけでなく、学校や教職員が法律を知るという面もあるんです。
例えば、先日虐待で小学生のお子さんが亡くなる痛ましい事件がありましたが、この事件を見ると、虐待をしていた父親のほうが法律を知っている、という事実がありますね。お父さんのほうから名誉毀損で訴えるぞ、という姿勢があり、そうなると学校側や教師としては脅迫のように思えてくる、そこにもし法律家がきちんと介在していれば、防衛策がとれたかもしれません。
「こども六法」がその役割をするとは言いませんが、この本を読むことで「法律で対応していく」方法があるんだと、なんとなくでもわかってくればいいなと思います。
齋藤:山崎さんはほかにはどんな活動をしていらっしゃるんですか?
山崎:「こども六法」の準拠教材として、「こども六法すごろく」というゲームを制作しました。中学生対象ですが、これは実際に中学校で使ってもらい、かなり白熱して盛り上がりました。とても好評だったので、自分としてはこういうアプローチ法もあるんだなと再認識した部分はありますね。
また、例えば新しい「こども六法」を使って、僕が実際に小学生に授業をしたり、先生方に向けてどういう形で利用して欲しいかということもこれから伝えたりしていけたらと思っています。
それと僕自身の活動ですが、ミュージカルに出演しています。
もともと男声合唱をやっていたのですが、大好きなノートルダムの鐘という作品を劇団四季が公演すると聞いてオーディションを受けたのが最初のきっかけでした。
齋藤:劇団四季でも活躍なさっているんですね! いじめを受けたご経験から、法教育という視点でいじめ問題へ取り組んでいる、山崎さんの幅広い活躍には驚きます。その幅の広さが、六法全書を子どもにもわかりやすく、という柔らかい発想に繋がっているのかもしれませんね。
山崎さんPROFILE
慶應義塾大学総合政策学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。修士(社会学)。学部在学中に教育副教材「こども六法」、法教育教材「こども六法すごろく」を作成三年生時に英国オックスフォード大学への短期留学プログラムに参加し、現在は慶應義塾大学SFC研究所所員、法と教育学会正会員、日本学生法教育連合会正会員として活動している。また音楽活動として、高校生時より各種合唱コンクールで受賞経験があり、2016年12月より劇団四季「ノートルダムの鐘」にクワイヤキャストとして出演中。