SOGIという言葉がある。これは、どの性別を好きになるか/ならないかを表す「性的指向(Sexual Orientation)」、自分の性別をどう認識しているかを表す「性自認(Gender Identity)」の頭文字を取った言葉だ。
LGBTという言葉に続き、新たに注目されつつある「SOGI」。その違いは何なのか、LGBTやSOGIをめぐる社会の現状、そして今後について考えるシンポジウム「SOGIは今? ~歴史と国際から見る今後~」が明治大学駿河台キャンパスで開催された。
LGBTは「誰」、SOGIは「何」を表す
なぜLGBTではなく、「SOGI」なのか。金沢大学の谷口准教授によると「LGBTは主体である『誰』の問題であるか、それに対してSOGIは属性や特徴といった『何』を表しているか」という違いがある。
例えば、「女性差別」と「性別に基づく差別」の関係、「黒人差別」と「人種に基づく差別」と同じく、前者が「誰」を表しているかに対して、後者は「何」を表す概念だ。
SOGIはすべての人の属性であり、だからこそ、LGBTとLGBTではない人を比べたときに、一方には権利があり、他方にはそれがないという不均衡が生じている。「LGBTという人たちを守りましょう」ではなく、「全ての人がもっているSOGIという属性にかかわらず、平等に扱いましょう」という意味でSOGIは使われている。
国際人権はミニマムスタンダード
国際社会において、SOGI関する権利はどのような位置づけになっているのか。まず、おさえておきたいのは、国際社会において「人権」というのは、「先進的な保障ではなく、国際的に見て、これは守らなければならないという最低基準、ミニマムスタンダード」だということ。
「一番に来るのが、1948年に出された世界人権宣言です。その第1条には『すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である(All human beings are born free and equal in dignity and rights.)』と書かれています」。
各国の代表者が集まって国際社会の人権課題を議論する「国連人権理事会」で、人権と性的指向・性自認について採択されたのは2011年。以降 「FREE & EQUAL」というタイトルで啓発キャンペーンが行われている。
「すべての人」と言いながら、これまでLGBTやSOGIについては目を向けられてこなかった。「もう一度、1948年にさかのぼって考える必要があるのではという思いが、キャンペーンのタイトルから読み取れます」。
また、こうした国際人権の流れをまとめたものとして重要になってくるのが、2006年に採択された「ジョグジャカルタ原則」(さらに、2017年に採択された「ジョグジャカルタ原則+10」)だ。
「これはSOGIに関する国際人権法の『適用』に関する原則です。つまり、新しい人権保障や特別な権利ではなく、すでにあるものをどう適用するかという視点が重要になってきます」。
こうした国際社会のSOGIに関する人権を保障する状況に対して、日本の現状はどうか。
「国際的な人権条約に日本は批准しています。しかし、実際に実行しているかをチェックする4年半に1度の審査では、日本はSOGIに関する勧告を第1回に1件、第2回に5件、第3 回に13件と、どんどん増えてきています。例えば『差別禁止法がきちんと法制化されないといけない』とか『地方自治体や民間企業における取り組みを推奨する必要がある』といった勧告が出されています」。
国際社会からみた日本のSOGIに関する人権状況は、国際人権の最低基準を満たしていないのではないかという疑義が出されているという状況だ。
「社会に存在するだけで良い」そのことを保障するのが人権
その後行われたパネルディスカッションでは、SOGIを巡る法制度について議論があった。
「日本にも包括的な差別禁止法が必要だ」と話すのは、労働政策研究・研修機構副主任研究員の内藤忍さん。2010年に施行されたイギリスの平等法について解説があった。
「(平等法の)特徴は、『包括性、横断性』そして『多領域性』です。SOGIだけでなく、①年齢、②障害、③性自認、④婚姻及び民事パートナーシップ、⑤妊娠・出産、⑥人種、⑦宗教または信条、⑧性別、⑨性的指向といった9つの保護特性に対する差別やハラスメントを禁止しています」。
それまでイギリスは個々の法律を改訂してSOGIに関する差別を禁止していったが、例えば黒人のゲイや、レズビアンで女性など、ひとりひとりの人間が持つ複合的な属性に対して、法律はそれぞれ別の基準から判断する必要があった。
「人種についてはこの判断基準、性的指向についてはこの基準、となることで、平等のヒエラルキー(序列)化が起きてしまっていました。そのため、包括的な差別禁止法が制定さたのです」。
また、平等法は、労働やサービス、不動産、教育など、生活の上でのあらゆる部門での差別を禁止している。「日本では、例えば雇用における差別禁止は男女雇用機会均等法がありますが、文字どおりこれは雇用領域のみです」。
同じく「SOGIを含む包括的な差別解消法が必要だ」と話す金沢大学谷口准教授。
「日本には差別を包括的に禁止した法律、つまり人権をきちんとシステムとして保障する制度が存在していません。あるのは憲法の非常にあいまいな『人権とはこういうものがあります』というリストと、男女雇用機会均等法や部落差別解消法、障害者差別解消法という個別の法律しかありません。
例えばレズビアンの女性の貧困や、有色人種のトランスジェンダーの問題など、インターセクショナルな、複合的に交差している差別については、個別的な差別禁止では取りこぼしてしまいます」。
明治大学の兼子専任講師は、アメリカのLGBTやSOGIを巡る歴史と現状を解説し、日本の状況について「アメリカでも、日本でもLGBTを市場として捉える見方もあるが、そもそも人間を『資源」として見ることに疑いを持つことも重要ではないかと思います。人間を人間として見るというあたりまえなことが、LGBTブームと呼ばれる中で、取り戻す必要があるのではないでしょうか」と話した。
最後に、労働政策研究・研修機構の内藤さんは「ダイバーシティという話が出たときに、経済的メリットが強調されがちですが、EUのSOGIに対する法制度の特徴は『社会的包摂』です。すべての人が社会に排除されず、社会に存在するだけで良い。そのことを保障するのが人権だと思います。」と語った。
明治大、国際基督教大、津田塾大の三学長による「共同宣言」
パネルディスカッションの後は、「教育」「法律」「雇用」などの領域に分かれて分科会が行われた。そのうち「教育」に関する分科会では、開催校である明治大学や、津田塾大学、国際基督教大学、早稲田大学の学長・役職者が登壇し、大学におけるSOGIの現状を話した。
またLGBT法連合会の共同代表で、富山大学人文学部の林准教授から、国立大学のSOGIに関する調査について発表があった。
現状、国立大学の規則・規定・指針・ガイドライン・宣言などの文書のうち「ハラスメント等の防止等に関する規則・規定」でSOGIについて言及されているのは86大学中の5大学。また、「指針やガイドライン等」になると、86大学中26大学が言及していた。
この背景には、2016年に人事院規則で、SOGIに関する偏見に基づく言動の禁止が含められたことが大きな要因ではないかと林准教授は話す。
「2016年の12月に人事院規則が変わってわずか1年と少しで、国立大学はいっせいに反映しはじめています。政府の方針の転換が国立大学に及ぼす影響は非常に大きいのだなと思いました」。
「国立大学では『やっちゃいけません』という説明の中にしかSOGIが出てきておらず、多様性の中で『SOGIを尊重していこう』といった前向きなものはあまりありませんでした。並みいる大学がいろんな宣言を出しているなかで、国立大学もクリエイティブな発信をやっていかなければならないと思いました」。
大学におけるSOGIに関する取り組みは、私立・国立大学を含め、まだまだ足を踏み出したばかりとも言える。また、一律に揃っているわけではない。そんな中、これからは大学間で連携して、SOGIに関する課題を考え、過ごしやすい大学を目指そうと、登壇した3つの大学の学長が、最後に「SOGIの多様性に関する学長共同宣言」を発表した。
全ての人がもつSOGIという属性。その中で不均衡が生じているときに、社会がどうあるべきか。これを考える上でのベースとなる「人権」について改めて捉え直すシンポジウムだった。
(2018年5月1日 fairより転載)