睡眠時無呼吸症候群の改善に努める「歯科医師」がいることをご存じだろうか?
板橋と高崎で歯科治療に従事する小林充典は「歯科医は健康管理のコンダクター」だと語る。歯だけを診るのが必ずしも歯科医師ではない。口腔内の状態をチェックし、まるでオーケストラの指揮者のように、患者の身体のリズムを感じ取ることから小林の仕事は始まる。
「噛み合わせに問題はないか?」「虫歯や歯周病はないか?」はもちろんのこと、「(望ましい)鼻呼吸か、あるいは口呼吸か?」「顎の動きが滑らかか?」なども的確に判断し、もし、何らかのノイズや変調があればそれをつぶさに察知して対処にあたる。
もし、自身でそれを行なえければ、専門医や他分野のエキスパートと連携を取り、できる術を探る。それが歯科医の本分なのだ。
医療事業者だけでなく一般にもようやく周知されてきた医療情報だが、かつては無関係と思われていた心筋梗塞や誤嚥性肺炎、骨粗鬆症なども、現在では歯周病の影響を受けていることが医学研究により解明されつつある。
つまり、口は健康の入口であり、歯科医師は「医療の入口」に立つ門番として最前線に立っているわけだ。
なるほど「歯科医はコンダクター」とは言いえて妙である。
小林が歯科治療のかたわら、現在、積極的に取り組んでいるのが、睡眠時無呼吸症候群だ。12年前、自身が日中の強い眠気に悩まされるようになったことがきっかけだ。
「パフォーマンスが出ない」「疲れやすい」「やる気がでない」など、原因不明の苦痛や不安と6年もの間、小林は戦った。ある日の「もしかしたら、無呼吸じゃない?」という妻のふとした一言で、ようやく結論にたどり着く。中等症の睡眠時無呼吸症候群だと診断されたのだ。
その後、治療によって劇的な改善を得たことから、小林は「睡眠歯科」という分野を志すことになった。
睡眠時無呼吸症候群では現在、医療機器を使用する「CPAP(シーパップ)療法」が主流だ。エアチューブでマスクを通して気道に空気を送り込む装置を使用する。習慣化で慣れるとはいえ、毎晩の装着はそれなりに苦痛だ。
また、健康保険適用で月額5,000円ほどの自己負担によるレンタル費も懐には負担となる。保険治療を持続するために3ヶ月に一度の定期受診も欠かせず、これに終わりもない。
そんな、出口の見えない患者の負担をできるだけ減らしたいと小林は考えた。
CPAP抜きでも改善した自身の経験や歯科医としての技術・知識を活かして、睡眠時無呼吸症候群を軽減するマウスピースの作成を試みた。
まず、自身の身体を実験台にして試作を重ねていく。使用感を基に、ハード・ソフトなどの材質、様々な形を試した。先行する海外のモデルも参考にしてみたが、これが一筋縄では行かない。人種によって頸椎や喉、顎の形状が異なるからだ。
でも、骨格の違いはあれど、現代人は無呼吸症候群を起こしやすいのは一緒なはず...。
試行錯誤の末、徐々に理想に近いものが出来上がってきた。形態もスタイリッシュになり、結果として海外製品に勝るとも劣らないマウスピースが完成した。
小林は今でも修行中のことを思い出す。
師匠である稲葉茂主任教授は、当時まだ日本にはないドイツの医療を教えていた。ドイツは、マイセンなど陶器などで知られるが、歯科技術も工芸的な美しさを特徴とする。
日本でいう宮大工のような卓越した技術だ。美しい、洗練されていた。こんな分野があるのかと興味をもった。今でも小林は治療の美しさにこだわっている。
稲葉教授の教えにこんな一節がある。
Das Beste oder Nichts/最善か、無か。
「最善を尽くせ。でなければするな。」という意味だ。
良い治療でなければ施すべきでない。全力でやらないなら、やらないほうがよい。今日も小林のもとには信念に共感する患者が集まってくる。