この11月に放送開始から60年を迎えるNHKの「きょうの料理」。NHKでは4日、特別番組「祝60歳 きょうの料理伝説60」が放送された。
この日の番組では、藤井隆さんや小倉優子さん、料理研究家の平野レミさんらが登場し、番組の歴史を振り返った。
また、番組の後半には、料理研究家の土井善晴さんが出演。2014年に番組で取り上げ、「伝説」と呼ばれた「塩むすび」を再び紹介した。
■伝説の「塩むすび」とは?
土井さんは2014年10月放送の「きょうの料理」で「塩むすび」を紹介した。
この回で土井さんは、新米の美味しさや「おむすび」について説明。「塩むすび」をつくり始めるまでに7分半。そこから手に塩をつけて、「おむすび」をつくった。
こうして土井さんは、「塩むすび」だけで15分の放送時間を絶妙な時間配分でもたせた。料理番組としては異例の内容で視聴者を驚かせた。
料理人として、若い頃から一流の環境に身をおいていた土井さん。そんな土井さんが、なぜわざわざテレビで「塩むすび」を紹介したのか。そこには、料理に対する土井さんなりの哲学が込められていた。
■土井善晴流「塩むすび」。大切なポイントは2つ
4日の特番に出演した土井さんは、「塩むすび」の作り方を再び解説した。
土井さんは、美味しい「塩むすび」を作る上で大事な2つのポイントを説明した。
それは、
- 手を丁寧に、念入りに洗うこと。
- 熱々の、炊きたてのご飯でつくること。
だった。
炊きたてのご飯と、清潔なサラシの布巾さえ用意すれば、作り方は至って簡単だ。
工程1:水洗いして固く絞ったサラシの布巾を手にかけて、茶碗をもつ。
工程2:茶碗に熱々のご飯をよそって、もう一方の手に持ちかえ、布巾の上にのせる。
工程3:布巾の上から、そのままキュッキュッと2回ほど握ってザル(杉板)の上に転がす。
この時、土井さんは「大きさにばらつきがあっても良い」ことを強調した。
「家庭料理というのは、ばらつきがあって大きさが違って(良い)。これが家庭料理の特権です」
「揃えなくていいんです。なんのために揃えるんですか。これは売り物じゃないんですから(笑)」
工程4:手に程よく水をつけて、適量の塩を全体に広げで、「3」のご飯をやさしくにぎる。形を軽くまとめるぐらいで良い。盛り付けたら完成だ。
ここで土井さんは、ご飯を強く握る必要はないことを説明した。
「形をきれいにしようとすると、きれいにしようと思った分だけ味が落ちる」
「素朴な形で、形をきれいにしなくても。(ラップで握るより)手で握ったほうがおいしいんですよ」
さらに土井さんは、「塩むすび」が衛生的にも利にかなっていることを解説した。
「熱々のものを握って塩をつける。乾くと周りに塩の壁ができて、雑菌が入らない。そもそも、おむすびいうのは携帯食」
「安全、安心というのが、ちゃんと美味しさをともなう。昔の人がやっていたことを、いまそのまま当たり前のことをやったら(良い)。『忘れてたことを思い出したなぁ』と」
■土井善晴さん「塩むすびは、全ての料理の基本」
最後に土井さんは、数あるレシピの中で「塩むすび」を番組で紹介した意義について、このように説いた。
「『塩むすび』いうのはね、やっぱりね基本が集まっているんですわ。塩むすび、これが美味しいのができたらね、手を洗うこととかね、手加減とかいうようなものがあるでしょ。熱々を握るタイミングもある。そういうようなことは、全てのお料理をおいしくする一番基本の要素やいうことなんです」
「形を整える、いうことに気を取られてるわけですよ。日常の中で我々は。形よりも、食べて美味しいなというのが(大事)」
「同じものでも違う味になる。これがお料理のすごいところです」
「塩むすび」には、土井さんの家庭料理への哲学が込められていた。
番組中、視聴者からは「家庭料理の素晴らしさを感じました」「土井先生の名言がしみる」という声が続々と寄せられた。
「私たちの暮らしの中には全ての原点があって、料理をするということはその要、柱です。食材に触れて、その背景にある自然とつながる。そうすることで自分の中に心の置き場ができるんです」
「パスタにみそ汁はおかしいとか、イタリアンはこうあるべきだとか、そういうイデオロギーみたいなことは家の中に持ち込まなくていいんです」
「うちのおじいちゃんは100歳くらいまで生きましたけど、ご飯に牛乳かけて食べてましたわ(笑)。家庭料理はそれくらい自由でいいんです」
戦後間もない「栄養不足」の時代から、現代の「飽食」の時代へ。食をめぐる環境は移り変わっても、「作って食べる」ことの大切さをブレずに伝えてきた「きょうの料理」。
「塩むすび」は、そんな番組を象徴する、土井さんならではのレシピだった。