こんな警備みたことない。自由を巧みに操る国シンガポール、驚きの舞台裏

常に人々は監視の目にさられている。
Tomoko Nagano

歴史的な米朝首脳会談の舞台になったシンガポール。そこで暮らす人の言葉が印象に残っている。

「シンガポールは自由を巧みに操る国なんです」

東南アジアの経済中心地であるシンガポールは日本人にとっても馴染みの深い観光地だし、私自身マリーナ・ベイ・サンズに象徴されるように、煌びやかで解放された先進国のイメージを持っていた。ところが、「サンデーステーション」で市内の取材を始めるとすぐに、強烈な違和感を覚えた。

「警備が緩すぎる」

なんといっても会談を行うのはトランプ大統領と金正恩委員長である。それこそ取材も不自由になるほどの厳戒な警備を予想していた。ところがどっこい、金委員長の宿泊するホテルにはフツーに一般の観光客が泊まっているし、「エレベーターホールを金正恩氏が歩いていた」なんて声も聞く。

会談前夜、金委員長が視察ツアーに出かけた際も、マーライオンに続く道を関係者に囲まれて歩く金委員長に、メディアはもちろん観光客も数十メートル先まで近づいて直接声をかけることもできる。さらに驚いたことに、一行が通り過ぎるとものの数分で規制は解除され、あっという間に観光地の賑わいを取り戻すのだ。

昨年11月にトランプ大統領が来日したときの警備は2万1000人規模だった。中国にいたっては、金委員長が訪中した際は数キロ範囲にわたって封鎖され、メディアも遠目に車列を撮影することが精一杯。それに比べて、今回のシンガポール米朝会談では、現地メディアによると動員された警察官は約5000人であり、話を聞いた観光客はみな「まったく警備を感じない。セントーサ島(会談場所のホテルがある)もフツーに観光できるし何の不便も感じない」というのである。

こういった背景には日常からの「見えない警備」が生きているようだ。注意して街を歩いてみると、おびただしい数の監視カメラに気付く。360度全方位カメラがあらゆるところに設置されていて、常に人々は監視の目にさられている。

地下鉄入り口にある監視カメラの数にびっくり。
地下鉄入り口にある監視カメラの数にびっくり。
Tomono Nagano

さらに、市民の目を利用したSGセキュアという緊急通報アプリなども使われる。緊急事態が起きたときに、警察から警報が送られるこのアプリは、同時に市民が不審物や怪しい人物を即座に警察に通報できるものだ。人口560万人のシンガポールで、約130万台にインストールされ、警察はその情報を活用する。

街中にはインストールを呼び掛ける宣伝のポスター。
街中にはインストールを呼び掛ける宣伝のポスター。
Tomoko Nagano

このように今回、前代未聞にソフトな警備を体現した「ソフトな監視社会」のシンガポールは、事実上の一党独裁、世襲制、言論統制、さらに集会の規制から、「ソフトな北朝鮮」と表現され批判もある。「自由を与える」のではなく、「自由を操る」政府。なるほど、「気軽に街中を歩き、親しみやすい金委員長」というイメージ演出をするにも、シンガポールほど相応しい会談場所はなかったのだろう。

今回、私は10年前から北朝鮮のビジネス支援を行うNGO団体「チョソン・エクスチェンジ」を取材した。

「チョソン・エクスチェンジ」のコリンズ氏(左)と、チュア氏(右)
「チョソン・エクスチェンジ」のコリンズ氏(左)と、チュア氏(右)
Tomoko Nagano

彼らは北朝鮮の人々に起業のノウハウを教えたり、また金委員長肝いりと言われる北朝鮮東部の元山リゾート開発に携わる関係者をシンガポールに招いて、セントーサ島の開発プロセスを教育している。これまでに約2000人の北朝鮮人が彼らのワークショップに参加してビジネスについて学んでいるという。コリンズ氏は言う。「北朝鮮は金日成氏で哲学を、金正日氏で軍事パワーを創設し、金正恩委員長で経済発展をという名のもと、非常に熱心に取り組んでいる」

体制保証を勝ち取って、社会主義のもとに経済発展を目指す。米朝首脳会談場所を取材することで見えてきた、北朝鮮が描く自らの将来像。マリーナ・ベイ・サンズからの夜景を眺めながら、金委員長は「多くの分野でシンガポールの立派な知識と経験を学ぼうと思う」と話したという。

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