みなさんは、毎日どのくらい睡眠時間を確保できていますか?
仕事や家事、育児に追われて、睡眠はつい後回しという方も多いのではないでしょうか。
中には、睡眠時間をできるだけ削って、起きている間に好きなことを目いっぱい楽しみたいという方もいるかもしれません。
自分に必要な睡眠時間には個人差があり、一概に何時間がベスト、と言うことはできません。
8時間程度がちょうど良い方もいれば、中にはショートスリーパーと言われるような、超短眠で生活している方もいます。
ただ、「睡眠」は、いわば身体を休め、エネルギーを補給する時間。睡眠による休息タイムをきちんととらないと、人の身体には思わぬ影響が出ることがあります。
あくまでも、自分の身体に無理の出ない自分に合った睡眠時間を確保することがとても大切です。
今回は、「短時間睡眠が健常者の身体バランスに与える影響」について睡眠学会で発表した、慶應義塾大学医学研究科眼科学教室の臨床心理士・吉村道孝先生に「短時間睡眠による身体への影響」についてお話を伺いました。
■短時間睡眠が続いた人の「歩行」に現れた変化とは?
「短時間睡眠が健常者の身体バランスに与える影響」の研究にあたり、吉村先生のチームでは、成人男性の通常睡眠(9時間)と短時間睡眠(3時間)の2つの状態で、角速度センサーを用い、歩行時の身体の揺れを計測。
すると、2日間短時間睡眠をとった人は歩いたときに身体動揺、特にyaw(左右の揺れ)が激しくなることがわかりました。さらに、睡眠不足の状態で歩行しているとき、人は身体の揺れが大きくなり、平衡感覚が低下する可能性があることがデータから明らかになりました。
なぜ、平衡感覚が低下してしまうのでしょうか?
歩行や姿勢は、脳の中でも複合的な要素であるため「どの部分が悪い」のかは、まだ具体的には明確にはなっていないそう。ただ、吉村先生によると、"視覚情報の統合"が原因の一つとして考えられるのだそう。
歩いているとき、目を開いて視覚で景色をとらえる力が低下している可能性があるといいます。
「たとえば歩くとき、私たちが見ている風景は歩行スピードとともに刻一刻と後ろに流れるように変化していきます。短時間睡眠ではその風景を認識する力が落ちているのかもしれませんね」(吉村先生)
■意外と気づかない、短時間睡眠による平衡感覚の低下
「身体の揺れが激しくなる」というと、たとえば、お酒をたくさん飲んで酔って動作がふらふらになったり、体調不良やめまいが起きたり......という状態を思い浮かべる人もいるかもしれません。
しかし、今回の研究で明らかとなった身体の揺れは、決してそのような激しいものではないのだそう。
「本人は揺れていると気づきません。酔っ払いのようにふらふらと、誰が見ても揺れているレベルではないことも特徴です」(吉村先生)
短時間睡眠後に歩いた当人にしてみれば、バランス感覚がおかしい感覚はまったくなく、いたって普通にまっすぐ歩いているつもりだったとのこと。しかし、出てきた数値を見ると、長い睡眠時間をとった人に比べて、明らかに身体動揺が激しかったのです。
つまり、睡眠時間を削っていくと、知らず知らずのうちに正常なバランス感覚を失ってしまうことが十分ありえるのです。しかもそれに自分では気づくことができない...となると、短時間睡眠が続いた場合の影響が気になるところ。
■短時間睡眠で「平衡感覚が低下した状態」が続くとどうなる?
短時間睡眠で歩行時に身体動揺が激しくなり、平衡感覚が失われると、どのようなリスクがあるのでしょうか。
まず考えられるのは、身体の揺れによる転倒のリスク。特に、高齢者の場合は危険です。
また、若い人の場合は、歩きスマホをしているときなどに転倒する確率が高くなることも。
さらに、短時間睡眠での身体の揺れは、自動車の運転や自転車での走行にも悪影響を及ぼす恐れがあります。前述のように、短時間睡眠によって景色をとらえる視覚力が低下するため、歩行時と違う速度で進む車や自転車に乗るのは非常に危険。命に関わる思わぬ事故を引き起こしてしまうことも考えられます。
■さいごに
寝る間を惜しんで働いたり、遊ぶために夜更かしをしたり、逆に早く起きたり......と、現代人は何かにつけて睡眠時間を削りがち。働き方も多様化していて、毎日規則正しい生活リズムの方ばかりでもありません。
しかし、適切な休息をとらずにいる分だけ、身体の正常な平衡感覚を失い、それによる転倒や事故のリスクも高くなる恐れがあります。
自分に合ったリズムでしっかり寝て、身体を休めることが、翌日のパワーを作る―当たり前のことですが、日々忙しくて立ち止まれない方にこそ、少し考えてほしいことです。
トラブルに遭わないためにも、日ごろから自分の身体を過信せず、自分に合った十分な睡眠時間をとり、しっかりと身体を休ませてあげることが必要ですね。
Fuminners 2016年10月3日の記事より抜粋