チームメートへの暴力で出場停止処分になったプロ野球・中田翔選手が、処分後すぐに移籍した後、移籍を決めた日本ハムファイターズや読売ジャイアンツへの批判が起きた。
SNSなどには、「暴力を振るった選手が移籍することでこんなに早く復帰できるのはおかしいのでは」といった批判が投稿されたほか、現役や元選手も声をあげた。
2011年までファイターズに所属し、現在サンディエゴ・パドレスでプレーするダルビッシュ有選手はブログで「どういう理由であれ暴力は良くない」とつづり、「これは中田がしっかり被害者に対して誠心誠意謝罪するべきでしょうし、本人もしっかり反省し2度と繰り返さないようにすることが大事だとは思います」と指摘。
そして「ファイターズで謝罪会見せずに読売ジャイアンツにトレードした球団フロントには喝ですよ。これはいくら大のファイターズファンであり、ファイターズ愛が深い自分でさえ喝です」 と球団の対応を批判した。
<中田選手の暴力と移籍を巡る経緯>
同僚選手に暴力をふるった中田翔選手に対し、所属していた北海道日本ハムファイターズが8月4日、謹慎を通達。球団はその後の調査結果を踏まえて、8月11日に無期限の試合出場停止処分を発表した。
しかしその後8月20日に読売ジャイアンツへの移籍が発表され、中田選手の出場停止は解除された。中田選手は8月21日の試合から出場している。
改善の努力を他球団に丸投げした
中京大学スポーツ科学部の來田享子(らいた・きょうこ)教授も、今回の出来事は中田選手1人ではなく「球団側が選手への教育の機会を作ってこなかったことが問題だ」と、ファイターズ側の対応を問題視する。
中田選手が暴力で謹慎処分を受けたのは今回が初めてだが、SNSにはこれまでも、同選手がチームメートの顔を叩くなどの行為が投稿されてきた。
しかし今回の対応を見る限り、球団がこういった問題行為に対する指導をしてきたとは思えない、と來田氏は述べる。
さらに謹慎処分を科しておきながら直後に移籍したことで、選手を教育する責任をファイターズが怠ったとも指摘する。
「謹慎処分は単なる処罰ではなくて、本人がより良いプレーヤーとして球団に貢献できるようにするためのものであるはずです」
「例えば今回のような出来事が起きた時、球団や組織は『何が問題だったのか、過去にそういう行為がなかったのか、今後どうすればいいのか』といったことをカウンセリングなどで教育し、暴力は間違った行為であるということを理解させ、チームを良くする必要があったと思います」
「しかし移籍によって、謹慎という処分が失われると同時に、改善の努力を他球団に丸投げしたことになります」
さらに移籍を受け入れたジャイアンツについても「その状態のままで受け入れたことで、2つのチームが日本のプロ野球界全体をより良くしようという行動を怠っていると受け止められかねません」と話す。
近年、 職場などでのハラスメント研修やコンプライアンス研修が行われるようになってきた。
ファイターズは今後、研修を実施して再発防止を徹底するとしているが、來田氏はこれまでやってきていなかったこと自体が社会的には時代遅れで、報酬を巡る評価にも選手としてだけでなく、社会人として自らを向上させようとしているかどうかを加えるなど、そのあり方を考え直す時代になっているのではないか、と言う。
「プロ野球は多額の報酬が動く世界です。中田選手ほどの報酬をもらっている人が会社で同じことをしたら、一発で解雇ということもあり得ます」
「ホームランをたくさん打てるといったことだけが評価され、高額な報酬を得ているのであれば、プロ野球選手の人事評価のあり方も、少し考えなければいけない。人事評価の観点を多様にしなければいけないということだと思います。それは、引退した後の選手のセカンドキャリアにとってもプラスになるはずです」
ファイターズとジャイアンツはどう捉えているのか
ファイターズでは中田選手の暴力問題の他にも、4月に公式Twitterアカウントに投稿した動画が問題になった。
この動画には、試合前の円陣で声出しをした万波中正選手に対して、チームメートが差別的なコメントをする様子がうつっていた。
ファイターズは8月18日にこの動画を削除したが、「誤解を招く可能性のある一部ツイートを削除いたしました」と述べるにとどまり、差別発言への対応についての説明はなかった。
一連の出来事について、ファイターズやジャイアンツはどう考えているのか。
ファイターズは「暴力行為や差別はいかなる社会でも許されるものではなく、改めて選手、職員・スタッフを含め球団全体として指導、教育の徹底を図ってまいります」とハフポスト日本版に回答。
差別発言について「発言した選手に限らず、チーム全体で考えなければならない問題だと捉えている」とした上で、「ご指摘のあった映像は全編を通し、今から試合に臨もうとする円陣の雰囲気にふさわしいものでは決してなく、球団として深く反省し今後の糧としてまいります」と述べた。
さらに、球団の川村浩二代表取締役社長は8月31日、「ファンの皆様へ」という発表の中で「退団により当該処分を解除する手続きとなる以上、退団前に皆様への謝罪・説明の機会を設けるべきでした」と、対応の不手際があったことを認めた。
そして「差別的発言が収録されていたことを心よりお詫び申し上げます。差別的発言は、どのような状況、どのような間柄であっても、決して許されるものではありません。円陣内の個別発言について確認が至らないまま球団公式ツイッターでそのシーンを公開したことは、当球団の管理体制が不十分でした」と謝罪し、今後コンプライアンス研修等などを実施して、再発防止を徹底すると説明した。
一方、中田選手を獲得したジャイアンツは「中田翔選手の暴力行為は、当球団において事実関係を正確に調べ、相手の気持ちや本人の反省の態度などを確認した上で、受け入れを決めました。所属選手の問題行動を把握した場合も、原因や経緯、被害の有無や程度、相手や周囲の受け止め方などを確認し、厳正かつ適切に対処しています」と回答した。
「スポーツは社会をよりよくするためのツール」という考え方
スポーツの暴力や差別の問題に、政府主導で取り組んできた国もある。來田氏が紹介するのが、オーストラリアの取り組みだ。
同国では、政府が設立した「スポーツ・インテグリティ・オーストラリア(Sport Integrity Australia)」が、スポーツをしている子どもからトップアスリートまで、幅広い人たちに向けた人権侵害啓発の教材や啓発の機会を提供しているという。
たとえば、ウェブサイトで公開されている中高生に向けた教材には、アンチ・ドーピングとともに、倫理的判断力を育成する教材が含まれている。
「単に『暴力はいけません』『差別はいけません』ではなく、子どもたちが公正・平等について自分なりに考え、判断し、行動することによって、結果として暴力や差別のないスポーツへの取り組みができるようになることを目指す教材になっています」
「こういったツールはウェブサイトで公開されているので、誰でも使えます。例えば、友達とバスケットボールのチームを作ることになった時に、どうやって差別をしないルールを作れるかといったワークショップの参考にもできます」と來田氏は話す。
問題の防止に力を入れる一方で、問題が起きた場合を想定した再教育プログラムや、指導者に対する資格の剥奪のルール作り、被害者ケアの組織体制などにも取り組んでいるという。
さらにユニークなのは、スポーツをしていない人への啓発活動も視野に入れている点だ。
例えば上記の中高生向けのツールは、 スポーツ以外の組織作りなどにも応用できる。
こういった取り組みのベースにあるのは「スポーツは社会をよりよくするためのツールだ」と考え方だという。
「スポーツが社会的資源で、社会や人にとって大切な財産、より良いものをもたらすものであるべきという考え方があるんです」
「仮に自分がスポーツ施設を利用しなくても、日頃から利用している選手たち、アスリートを目指している人たちと触れ合うことによって、ポジティブな人間関係が作れるのであれば、それもスポーツの恩恵ですよね。スポーツの世界で育つ人間が、社会にどんな効果をもたらすかを考えているんです」
ブランド価値の毀損と捉える必要がある
今回の暴力問題は中田選手が引き起こしたことだが、來田氏は「長い間、誰かがそのような行為をしても許容される空気が生まれてしまっていて、それを止められるような選手を育てたり、許容しない環境づくりをしてこなかったことが問題であり、そのことは自分たちのブランド価値の毀損なのだと球団は捉える必要がある」と話す。
その一方で、暴力を軽視するような球団側の対応に対して声をあげたファンがいたことが希望だとも話す。
「多くの人が今まで見過ごしてきたことが、見過ごされなくなった。それは進歩だと思います」