「ちゃんと言葉で伝えないと、相手は気づいてくれませんよ」
家族や先生から、そう教わった記憶がある。
とはいえ、心のすべてを言葉に託すのは決して簡単ではない。
パートナーや同僚、“推し”のライブ会場で偶然隣合わせになった人と、アイデアや高まる想いを共有したいけれど、勇気が出ない…。そんな経験が誰しも一度はあるだろう。
今、そんなコミュニケーションの“難しさ”に、斬新なアイデアで力添えをするプロダクトが話題になっている。ドキドキ(脈拍)に合わせてカラフルに光るイヤリング、私たちを「心が可視化された未来」と繋ぐ「e-lamp.」だ。
耳につけるだけで、光の色や点滅の早さから、相⼿がどのぐらいドキドキしているのかを推測できるという「e-lamp.」。開発背景や「心が可視化された未来」について話を聞くため、若きイノベーターたちが集うSHIBUYA QWS(渋谷キューズ)へ、開発者の山本愛優美さん((株)e-lamp.Co.代表)に会いに行った。
「心の可視化」って楽しそう。でもちょっと怖いかも?
ーー今日はよろしくお願いします。山本さんの付けているe-lamp.が既に光っていますね。
わ!さっそくお見せできて嬉しいです。取材を楽しみにしていたので、それが現れているのだと思います(笑)。まさに今みたいな感じで、e-lamp.は心を可視化して共有できるプロダクトです。言い出せない気持ちがある時にも、自発的に発光してサインを出してくれます。
パートナーや同僚とのコミュニケーションはもちろん、例えば、ライブでペンライトの代わりにこれを使えば、声が届かなくても⾼まる想いを示せます。そこからファン同士で会話が始まるなんてこともあるかもしれません。
ーー「⼼の可視化」という新しいアイデアへの反応は、どんなものがありますか?
もちろん「楽しそう」と感じる人もいれば「なんか怖い」と感じる人もいます。私たちは「⽇常に新たな感情コミュニケーションを」というミッションを掲げていますが、それ以前に「問い」というものを何よりも大切にしているんです。必ずしもYesだけではない場所、多様な反応が⽣まれるような場所から、新たなコミュニケーションについての対話を始めるきっかけになりたい。e-lamp.も、まさに対話を生むための手段のひとつです。
「ときめき」という羅針盤の正体を求めて
ーー山本さんは「ときめき」を軸に、心の研究やプロダクトの開発をされているそうですね。きっかけはあったのでしょうか?
私は⾼校2年⽣のときから地元でビジネスをやっていて、「⾼校⽣起業家」と呼ばれていました。しかし、3年⽣の時に「年齢や特定の肩書きにとらわれず、どんな⽴場でも自分がやりたいことって何だろう」と考えるようになったんです。そこで、⾃分の今までの活動の軸にあるのは「ときめき」という直感的なものだったと気づきました。
私はこの⾔葉が⼈⽣の色々な意思決定に役⽴つと考えています。例えば、就職先や進学先を決める時にも、⾃分⾃⾝の直感的な感覚を羅針盤にすることで、納得度や幸福度が高い結果に結び付くと感じています。
そこで「そもそも『ときめき』って、具体的には何なんだろう?」と疑問に思って、慶應義塾⼤学での研究を決めました。2年⽣のときに本格的に研究を始めて、そこで「生体情報を使って気持ちを表現する」というアイデアに辿り着いたんです。論⽂を読んだり、ハードウェア開発に手を出してみたりして、「どうにか⾃分の思い描いてるものを作れないか」と模索していましたね。
「QWSでやっている」というアイデンティティ
ーー活動拠点のSHIBUYA QWSに入会したきっかけを教えてください。
プロダクトが完成し、2021年9月に「QWSチャレンジ」に応募しました。3カ月毎に開催されていてる企画で、入選するとQWSを3カ⽉無料で使えるんです。無料期間が過ぎた後も「ここでやっていこう」と決めた理由はたくさんありますが、一番大きな理由は「はじまり」をくれた場所だということ。
企画に応募するに当たって、⾃分⾃⾝のプロジェクトの「問い」を⾔語化する必要があったのですが、当時の私たちはビジョンやミッションに寄っていて、問いとして⾔語化して掲げたことがありませんでした。そこでQWSの入り口に貼ってある⼤量の問いをメンバーと眺めて、「どんなものなら刺さるんだろう」と考えたんです(笑)。
そこで辿り着いたのが、弊社のホームページの冒頭にある「もしも⼼が可視化されたら、社会はどう変わる?」です。 問いが⽣まれたきっかけは応募でしたが、今では組織の哲学として、それが真ん中にあります。そういう背景もあって、QWSで活動することは、私たちにとってアイデンティティのようなものなんです。
ーー実際にSHIBUYA QWSで活動してみて、いかがですか?
当初は「このプロジェクトがどうなっていくんだろう」と私たち⾃⾝も漠然と不安を抱えていました。そんな時に、コミュニケーターさんやマネージャーさん、そして問いは違えど、切磋琢磨している仲間が近くにいて、近況を共有できたのは、とても心強かったです。
実証実験の場があることも、入居を後押ししてくれました。同じビルの46階にある展望施設SHIBUYA SKYで実証実験イベントをする機会があったり、巨大サイネージで紹介してもらったりしたこともあります。こういった機会は本来、とてもハードルが高いことなので、QWSにはすごく感謝しています。
婚活イベントのマッチング率が3倍に?続々と生まれる自他との「対話」
ーーe-lamp.のユーザーからの声で嬉しかったことや、気づきのきっかけになったものはありますか?
嬉しかったのは、あるカップルの男性が「光ってる!なんでドキドキしてるの?」と問いかけたのに対して、お相手の女性が「見ないでよ」と照れくさそうに耳を隠していているのを見た時ですね。その「⾒せたいけど隠したい。でも見せたい」みたいなやり取りが微笑ましくて、「まさに自分たちが生み出したかったものだな」と感動したのを覚えています。
愛媛県の婚活イベントで使っていただいた際には、マッチング率がそれまでの3倍になったと聞いて驚きました。また、企業の会議で使っていただいた際にも、普段あまり声を上げられない人に「あ!光が変わった!」と気づいて、何気なく話をふれるようになったとお話ししてくださいました。
ーー色々なシーンで、新たなコミュニケーションを生んでいるんですね。
あるユーザーさんが、心が疲れていた時に耳元で光るe-lamp.を見て「⾃分の⼼ってこんなに綺麗なんだ」と嬉しくなったと話してくれたことも印象に残っています。心の可視化は他者への開示のためだけではなく、自分のためでもあると改めて気づきました。それ以来、私自身も落ち込んでいるときに耳元で光るe-lamp.を見て、「あぁ。私生きてる」ってしみじみしています(笑)。
走りながら考える「ドキドキ」の未来
ーー先ほどのお話から、最初に答えを出さないマインドや、⾛りながら考えるスタイルが⼀貫していて、とても素敵です。
変化という“前提”や流動性は、私達の大切にしているところです。今は「心の可視化」が新しいコンセプトとして受け入れられていますが、今後はより当たり前になっていくと思っています。そんな「そもそもe-lamp.が必要ない未来」が実現してくれた時には、その延長線上で生まれてくるアイデアに挑戦していたいですね。
ーー山本さんは今後、どんな未来を作っていきたいですか?
高校時代に「ときめき研究をしよう」と決めた時に浮かんだ言葉、「ときめきあふれる世界を作っていきたい」が今も変わらない私の軸です。これからも、みんなが⾃分⾃⾝のときめきと向き合えて、それを周囲と共有し合えるような仕組みを作っていきたいです。
例えば『どうぶつの森』の世界みたいに、ゲーム内でキャラクターが「嬉しい」とか「幸せ」と感じた時に体の周りにハートが出る、みたいなことがリアル空間でも実現できたら、すごく楽しそうだなって思います。そんな風に、まだ形になっていないアイデアや未来に、これからも、ときめきながら挑戦したいです。
【文:林慶、撮影:Yuji Nomura、編集:中村かさね】
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