渋谷駅の銀座線改札口に、「#ES公開中」と大きく書かれた大きな壁面広告がある。備え付けのラックには、人気企業の内定者が実際に提出したエントリーシート(ES)と同じ物が入っていて、誰でも自由に持ち帰ることができる。
千葉・幕張メッセでリクナビ主催の合同企業説明会が開催されていた3月2日の昼、この広告の前に、「FREE ES添削」と書かれたスケッチブックを持った2人の男性が現れた。
大学院生やポスドク向けキャリア支援を手がけるアカリクの執行役員、三木芳夫さん(37)とガイアックスの採用マネジャー流拓巳さん(26)。
平成型の就活に風穴を開けようと、就職口コミサイト「ワンキャリア」が仕掛けた大型キャンペーンに賛同した2人は、会社や肩書きとは関係なく行動したといい、広告の前で「ゲリラ就活相談会」を始めた。
企業によっては賛否が分かれるであろうキャンペーン、採用担当者の目にはどう映っているのか。
■企業に合わせて自分をカスタマイズ…それって本質的?
男子大学生のESにアドバイスしていた流さんは、「採用する側はESをどう読むか、どんな内容を求めているのか、私の考えを伝えました」と語る。
例えば「学生時代に情熱を注いだこと」という設問。聞きたいのは内容や成果ではないのだという。
「なぜ、それを始めたのか、どうして続けられたのか、結果が出た時にどんな気持ちになったのか。どんなすごい人か、ということが知りたいわけではないんです。一緒に働く仲間として、フィーリングが合うかどうかを見極めるための質問です」
この日配布していたESは広告・マスコミ5社とIT5社の内定者のもの。「志望理由」「入社後に成し遂げたいもの」「学生時代に頑張ったこと」「学生時代に夢中になったこと」ーー。言葉は違うが、どのESにも似た設問が並ぶ。会社名は伏せられているが、志望動機を読めば、うっすらとどの社のESかは想像できる。
「こういう意図で聞いてますよ、って伝えた方が学生にとっても人事にとってもハッピー。企業に合わせて自分の回答をカスタマイズして、入社後に違和感を感じるのは不幸ですよ」
「就活って一緒に働く仲間を探すためのシンプルなもののはず。企業や業界の研究や対策に時間をかけたり、本音と建て前を使い分けて企業に合わせて自分を偽ったりする就活は、本質的ではありません」
「面接で学生から『合格基準はなんですか?』『どんな人を求めていますか?』と聞かれれば、すべて正直に答えます」
■「就活ってゲームなんだな」
「日本の就活は本質的ではない」。少し離れた場所で女性の転職相談を受けていた三木さんも、こう口を揃える。
新聞記者になりたかったという三木さんは、大学生時代に大手新聞社をいくつか受験した。だが、面接で志望動機を聞かれて困った。
「『知り合いの記者がカッコよかったから』正直、それが一番の理由だったんです。面接が進むうちに、これが求められている答えでないことは分かったけれど、自分を偽って『御社の理念に共感して』なんて言いたくなかった」
「複数の会社を受けてるのに、どうしてもこの会社に入りたいと毎回偽るのもしんどい。あぁ、就活って企業に合わせて自分を取り繕い、その場その場で正しい自分を出したものが勝利するゲームなんだな、と思いました」
■「今の就活がどれだけ不毛か分かるでしょう?」
三木さんは1年間休学し、本音の自分とフィーリングが合う会社を見つけるために100社以上を回った。最終的に、「志望動機」ではなく「自分がどんな人間か」を聞き、納得するまで何回でも面接をしてくれた会社に入社を決めた。
「『コトよりヒト』だと思う。どの会社でも、やりたいコトは自分でやればいい。それよりもフィーリングが合う会社を見つける方がどれだけ難しいか……。100社回って、本当に合う会社は5社くらいでしたね」
三木さんは、こう強調する。
「どんな人間を求めているのか、どんな意図でこの質問をするのか……。学生にとっては、企業の本音がほとんど見えない状況で、『こんな短い時間で俺のことが分かるのか』と思うような面接を2〜3回したらゴール」
「学生はESで少なからずウソをつかなくてはならないし、企業の採用担当だって全員分のESをじっくり読めるわけがない。今の就活のあり方が、どれだけ不毛か分かるでしょう?」
■「人気ランキング」が拍車をかける不毛な採用活動
匿名とはいえ、勝手に企業のESを公開し、内定者のESを真似するよう勧めるこのキャンペーンには、賛否が分かれるかもしれない。
だが、三木さんは「これはきっかけ」なのだと言う。
今、就活をしている学生たちは、平成の次の時代に社会人となる。「企業も学生も、これを機に就活のあり方を見直すべきです」
一方、採用側の事情について次のように指摘する。
「『エントリー数が昨年より増えました』『倍率がこんなに高かった』というのは、分かりやすい採用担当者の実績です」
「企業の人気ランキング」のような勝手な格付けも、不毛な採用活動に拍車をかけているという。
「学生にとっての就活は本当はキャリアのスタートですが、現状は内定をもらうことがゴールになっている。同じように、人事にとっても、採用した学生が入社後に活躍してくれるかどうかよりも、内定を出すことがゴールになっているのです」
「落とす人間のESを何百枚も読む時間があれば、一緒に働きたいと思える学生と会う時間を増やす方がずっと建設的です。ならば、企業も学生もESを提出する前から、本音で対峙したらいい。それで『やっぱりエントリーはやめます』となっても、本心から働きたいと思っている数十人が残ればいいじゃないですか」
■「学歴を評価する」と堂々と公表すればいい
「学生と企業は対等であるべきだ」
流さんはこう指摘する。
ガイアックスでは、2019年卒の採用活動について、大学群ごとの応募者数、内定者数、内定時期、すべてを公表している。(今年は学歴を記入する欄がない)
どんな意図があるのか。
「学生はESや面接で根掘り葉掘り、学歴や職歴からプライベートまで聞かれるのに、企業がどんな基準で何を評価しているのか、学生にはほとんど分からない。企業と学生の間には歴然とした情報格差が存在します」
「僕は『学歴』を評価する企業があってもいいと思う。問題なのは『学歴が評価対象だ』と公表しないこと。ガイアックスは学歴差別をしているつもりはないけれど、実際に数字を見て判断するのは学生です。『こういう会社ですが、一緒に働きたいですか?』という意図で、情報はすべて公開しています」
高校や大学を受験する時には、過去問を何年分も解いたり、進学実績や部活動の成績、授業内容や文化祭などにも足を運ぶだろう。受験する学校に合わせて自分を取り繕うことも少ないはずだ。
なぜ就活では、学生が服装や髪型を強いられ、負担の大きいESを何枚も書き、短時間で何を評価されているのかも分からない面接にすべてを賭けなくてはいけないのだろう。就活生が抱えていた疑問点を#ES公開中のキャンペーンは「上手に突いた」と、流さんは言う。
「嫌がる企業も多いと思うけれど、これを議論のフックにすればいい。就活が変わるきっかけになるんじゃないでしょうか」