「日本の痴漢問題への取り組み方は、加害者視点だ」
そう海外のジャーナリストは指摘するという。
『Black Box』で自身の「レイプ被害」と性犯罪被害者を取り巻く現状を記したジャーナリストの伊藤詩織さん。『男が痴漢になる理由』の著者で大森榎本クリニック・精神保健福祉部長で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん。2人はともに性暴力の課題と向き合う。
日本だからこその性犯罪の特徴とは?
なぜ社会は、性暴力の「加害者」と「被害者」の分断があるのか?
海外で加害者への取材を続ける伊藤さんと、日本で先駆的に加害者の性犯罪再発防止プログラムを実践する斉藤さんの対話から、日本の性犯罪・性暴力をなくしていく方法を探る。
「日本の痴漢防止策は、目線が違う」
伊藤:私、『男が痴漢になる理由』を読んで初めて、日本にも性犯罪加害者のための再発防止プログラムがあることを知ったんです。勉強不足で日本にもこんな試みがあったことを知らなかったのですが、すごく心強く思えました。
斉藤:伊藤さんは昨年から、イギリスやスウェーデンで性犯罪加害者への取材を行っているそうですね。
伊藤:まだ始めたばかりなのですが。性犯罪専門家や、加害者のサポートをしている方たちに話を聞いています。ただ、この問題について海外のメディアの人と話すと、「日本の痴漢問題への取り組み方は、目線が違う」とよく言われるんですよ。
斉藤:「目線が違う」とは?
伊藤:まず、すぐに痴漢冤罪の話にされてしまう。痴漢冤罪保険があるというと、すごく驚かれます。
以前は警察官のキャラクターが「あなたの一生が台無しに!」と指差しているポスターもありましたよね。一生を台無しにされるのは被害者の方なのに、全体的に加害者側の目線なんです。
斉藤:加害者像への誤解も大きいですよね。加害者は、コントロール不能な性欲モンスターなんかじゃない。私はこれまで1200名以上の性犯罪者の治療に関わってきましたが、痴漢常習者の多くは、ごく普通の男性です。一般の家庭で育ったサラリーマンで、四大卒で妻子がいる男性も少なくない。
伊藤:世間が抱く「被害者像」も同様ですよね。見方が偏っている。
斉藤:おっしゃる通りです。隙が多く見た目が派手、男性を誘うような露出が多い服装をしている、水商売とか風俗をやっていた......そういう女性が被害に遭うんだろう、と思われている。
実際はそんなことはなくて、痴漢常習者は皆「逮捕されるリスクが一番なさそうな人」を狙っているにすぎない。おとなしそうだったり、泣き寝入りしそうだったり、そういう女性を選んで彼らは行為を繰り返すんです。
つまり、世間がイメージする「加害者像・被害者像」と、実際の「加害者・被害者」が圧倒的に乖離している。そこがセカンドレイプの温床にもなっています。
伊藤:加害者と被害者。どちらも本当に紙一重ですよね。現実では誰もが、どちら側にでもなり得るのに。
私の身に起きたことは、誰にでも起きうる
斉藤:ここ数年、当クリニックには海外の方の相談が増えてきています。母国では性犯罪歴がなかったのに、日本に来てから痴漢を始めたという人が多い。
日本の生活習慣に適応する中で、加害者になってしまうというストーリーです。まさに依存症とは環境への適応行動だということを表しています。
世界的に見ても安全な日本という国で、多くの人が毎日使う電車の中で性犯罪が起きている。このギャップは、海外から見てもすごくショッキングだと思います。
伊藤:なぜ「日本」なのか、という点は、やっぱり私たち自身が真剣に考えなければいけませんよね。
斉藤:伊藤さんの『Black Box』を読んで、痴漢に限らず日本の性犯罪事件は同じ問題を内包している、という認識が強まりました。刑事手続き、警察の対応、裁判、判決、受刑、出所後といった一連の流れは、強制性交等(強姦)も痴漢も被害者の実情はあまり変わらない。
日本の性暴力の中で刑法上、最も重いものは強制性交等罪ですが、件数や再犯率は圧倒的に痴漢が多いんですね。ですから、実は日本の性犯罪の問題点は痴漢に集約されていると私は思っています。
伊藤:『Black Box』を出すことになったとき、すごく悩みました。第三者として出来事を伝えるジャーナリストの自分が、実体験をテーマに書いてしまうことは意味がない気もして。
でも、伊藤詩織という人の身に起きたこの出来事は、決して特別なケースではないんです。誰の身にも起きうる出来事だし、被害者が声を上げることもこの社会には必要なはずだ、考えるようになりました。
斉藤:今、日本では「加害者」と「被害者」が分断されていますよね。この状況は、本当は両者にとってよくないんです。分断されればされるほど、実は加害者も被害者もそれぞれに疎外され、更に孤立化していきます。
にも関わらず、なぜ分断されるのか。それは社会の大多数である「一般の人」たちが心のどこかでそう望んでいるからです。
「私は性被害になんて遭わない(性被害にあった人はかわいそう)」「俺はレイプなんか絶対にしない(レイプするやつはひどいやつだ)」と思うことで、「自分は大丈夫」=「安心したい」という心理が働いているからでしょう。
伊藤:社会の構造の中で起きていることだから、そこから当事者たちを切り離したら意味がなくなってしまいますよね。性犯罪が起きる背景を考えると同時に、もっと普通にオープンに話せる環境をつくっていかないと。
加害者には一瞬の行為でも、被害者の傷は一生残る
斉藤:最近、クリニックで新しい取り組みを始めたんです。それは過去に性犯罪被害に遭った女性が、加害者たちの前で被害体験を語る、というものです。
昨年、20数年前に性被害に遭ったAさんという女性が、「自分の体験を性犯罪加害者の前で話し、対話したい。自分自身の性被害からの回復のためにも語りたいし、彼らにもぜひ知ってほしい」と自ら私にコンタクトをとってきてくれた方がいました。はじめは私もびっくりしましたが対話を重ねながら「被害者からのメッセージ」というプログラムを行っています。
Aさんの性被害は伊藤さんの事件と似ています。信頼していた会社の上司から繰り返し性暴力を受け、彼女は今でもその傷で苦しんでいます。けれども時間がたつにつれ「加害者と対話をしないと、自分の中に乗り越えられない何かがある」と考えるようになったそうなんです。
伊藤:加害者の人たちは、彼女の話をどんな風に受け止めているのでしょうか。
斉藤:目の前で被害者が語る体験談ですから、いつも以上に真剣に耳を傾けています。中には聞き続けることが苦しくて退席する人もいます。
彼らにとって、自分がやった加害行為は一瞬のこと。でも、被害者の苦しみはその後もずっと続いていく。
Aさんは20数年経った今でも、被害に遭った季節が近づくと、吐き気やパニックに襲われ、乖離などPTSDの症状が起きるそうです。
でも、それを知らない加害者たちは「20数年も経ったら大丈夫だろう。普通に生活して、男性と性交渉も持てるようになっているだろう」と思っているんです。
伊藤:目に見えない傷は、時間が解決してくれるものではない。#MeTooのタグのついた記事や投稿を読んでいても、それは痛感しています。
私も先日、被害を受けた場所に行かなければならなくなったんですね。自分では「これは取材に必要なことだから、大丈夫だ」と思っていたのですが、現場に着いた途端、吐き気とパニックアタックに襲われ、その場に倒れ込んでしまいました。
必死にこらえて、何とかやるべきことをやってその場を去ったのですが、翌日に「もう一回戻ってほしい」と言われたんですね。
そのとき初めて、これまでの数カ月ずっと一緒に働いてきた仲間ですらも、このつらさは理解してくれないんだ、ということがわかりました。
でも被害を受けていなかったら、私自身もきっとそのことが理解できなかったと思います。このつらさ、症状をどうやって他者に伝えていくか、ということは、これから先もこの問題に向き合い続けるにあたって、すごく重要だなと感じています。
斉藤:被害者側にかかる負担は私もやはり懸念しています。現在、Aさんと試みている取り組みは、修復的司法といわれる手法に近いですが、やはり彼女自身への負担が大きい。
加害者臨床の原則には、「加害者と被害者は非対等であり、加害者の加害行為の克服は被害者に負担を求めない形で行う」というものがあります。やめたいときはいつでもやめましょうね、と声をかけつつ2カ月に1回行っています。
伊藤:加害者は、あえて想像力や共感力を欠落させて犯行に及びますよね。自分の心を守るために。
斉藤:その通りです。性犯罪加害者として逮捕された人が「迷惑をかけた」と思う相手はまず家族です。次が会社の上司や同僚。その次にようやく被害者が出てくる人が圧倒的に多い。
彼らに被害の実態を伝え、自らの抜け落ちた加害者性を根気よく根付かせていくためには、どうすれば効果的なのかということを、ずっと考え続けています。
伊藤:私は性犯罪が起きたときに、被害者が頼れる社会の受け皿が少ないことも気がかりです。
SARC(性暴力支援センター)や(NPO法人)レイプクライシスセンター、医療機関といった現場レベルでどう対応していくかが、すごく重要だと思っています。とくに警察は、被害者が受けた心理的ダメージがどれほどのものかを理解していない印象を受けました。
斉藤:性暴力は他の犯罪以上に、被害者に与えるインパクトが強烈です。取り返しのつかないほどの被害体験は確かにあるし、起きてしまったことは変えられない。
ただ、このような対話による取り組みを続けながら、加害者と被害者の分断の溝を埋めていくことで両者が新しいステージにいくことはできると信じています。
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(構成:阿部花恵 / 編集・撮影:笹川かおり)