「追い込まれて自暴自棄になったときに、自分より弱い存在を支配したり、押さえつけたりすることで優越感を感じ自分自身を取り戻す。(略)それを行動化したのがたとえばDV加害であり、痴漢行為を含む性暴力なのです」
日本初の社会内での性犯罪再発防止プログラムを実践している榎本クリニック・精神保健福祉部長の斉藤章佳氏(精神保健福祉士・社会福祉士)は、新刊『男が痴漢になる理由』(イーストプレス)で痴漢行為の根底にある心理をそう分析する。
痴漢を突き動かすのは性欲だけはない。性依存症という病気としての痴漢とは? 常習化した痴漢行為をなぜやめられないのか。どのように治療することができるのか? 第1話に続き、性犯罪の事例を数多く見てきた斉藤氏に話を聞いた。
■追い詰められたから、性暴力に走った
――「男性は内面の問題が性のシーンで表出しやすい」と著書にありましたが、痴漢行為はなぜ男性の支配欲を満たすのでしょうか。
「性を介して女性を支配する」ことが、男性の支配欲求や征服欲を満たすための一種の行動である、という社会の価値観が加害者の心理に影響していると考えられています。
痴漢や強姦の場合は明らかに性暴力ですが、「男性が性を使うことで女性を支配する」「女性は男性の性欲を受け入れて当然である」という考え方は、性犯罪者に限らず多くの男性にとって昔から根強く残っている普遍的な思考であると私は考えています。
過去に担当した強姦の加害者によく見られたのが「自分が追い詰められたので、強姦をした」という行動パターンがありました。他者とのつながりも希薄で、日常のなかで過剰なストレスがかかって自暴自棄になった結果、自殺を選ぶかどうか迷った挙句、女性を強姦する性暴力を選択したというケースがありました。大きな災害の直後などに、実は被災地で性犯罪が多発するのもそういった理由も考えられます。
反復する痴漢行為は「性依存症」という依存症の一種です。けれども、過度に病理化するのもよくない。なぜなら「俺は病気だから仕方ないんだ」という言い訳や世界観に加害者本人がつながりやすく問題行動の克服から遠ざかるリスクがあるからです。
病気ではあるが、被害者がいる犯罪行為であり、それに対する行為責任はある。ここが難しいところなのですが、再犯防止プログラムでも最初に「過剰な病理化は本人の行為責任を隠蔽する機能がある」ことを本人に伝えます。
――依存症という病気ではあるが、加害者としての責任はある。
痴漢加害者の彼らだって、善悪の区別は一応ついているんですよ。「痴漢はやっちゃいけない」と頭ではわかっている。
でも、ある特定の状況や条件下になると衝動の制御ができなくなるんです。いったん痴漢行為が習慣化しストレスへのコーピング(対処行動)になると、梅干しを見ると唾液が出るのと同じように、条件反射の回路ができあがってしまいます。
――痴漢行為にハマってしまうと、独力では治せないのでしょうか。
難しいですね。逮捕された加害者のなかには、「これでようやくやめられる」「誰かに止めてほしかった」と語る人もいます。
女性にとっては「ふざけるな」と思うでしょうが、痴漢は常習化すればするほど「自分ではやめられない」ものになってしまうこともまた事実なのです。
■いくら正論を訴えても、加害者は変わらない
――先生のクリニックでは、性犯罪者を対象とした「再犯防止プログラム」を12年間続けてきたそうですが、どのようなことを行うのでしょうか。
プログラムをしっかりと終えるまでには最低でも3年はかかります。それまでの人生で形成されてきた男尊女卑の価値観や認知の歪みを修正していくわけですから、どうしても時間がかかります。ちょっと進んではまた戻って、の繰り返しです。
加害者臨床の現場では、どういう言葉を使うのか、という点は非常に気を遣います。「それは人として駄目だ」と指摘したり、正論を押し付けたりしても彼らには響かない。取り返しのつかないことをした人として対応する一方で、本人が変化する際の痛みは尊重するという考え方は重要で、ただ責めたり非難しても望ましい行動変容にはつながらないんです。
――加害者に無理に反省を強いても、再犯を防ぐことにはならない?
逆効果です。まずはいったん彼らが見ている現実をこちらが受け止めないといけないです。その上で、「もしかしたら自分の考え方や見ていた現実は歪んでいたのかもしれない」と自発的に思わせるようなアプローチを、丁寧に揺さぶりながら時間をかけて行っていきます。
性犯罪がどのように起きるのかといったプロセスや、認知の歪みの自覚、リスクマネジメントの方法などを学んでもらいながら、被害者の気持ちを少しずつ知ってもらうこともプログラムに組み込まれています。
――認知の歪みとは。
痴漢加害者って、被害者へ想像力を働かせる時にその力が弱くなります。ただし、彼らは痴漢行為を行う際に、自分に抵抗しなさそうな相手を選び、頭のなかでシミュレーションして行動に移し、その後に行為を思い出してマスターベーションをすることすらあるので決して貧困な想像力の持ち主ではないんです。
にも関わらず、被害者に対してはその想像力を使わない。
――被害者の気持ちは想像しない。なぜですか?
これはあえて、彼らの中で無意識的にストップしているんです。痴漢をされた女性がどんな気持ちになるのか想像することが、自分にとってしんどいことをわかっています。だから、無意識のうちに被害者の心境は想像しないように自分の中でストップしているんです。
だから今、被害者が性犯罪でどんな不快な思いをしたのか、その後にどんなつらい後遺症があって、どんなふうに生活に支障が出ているのか、という生々しい体験を、実際の被害当事者の方から「被害者からのメッセージ」として語ってもらうプログラムを行っています。
――直接、被害当事者の言葉を聞くことで、ようやく被害者への理解や共感が生まれてくるのでしょうか。
まだその段階ではなく、共感の前段階として、まずは知識として理解する、というところからですね。(被害当事者に)そういうことが起きているという事実を、ちゃんと知ってもらう。その上で、少しずつ少しずつ「痴漢をやめつづける」ための再発防止計画に染み込ませていきます。
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斉藤章佳(さいとう・あきよし)
1979年生まれ。大卒後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックに精神保健福祉士・社会福祉士としてアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。その後、平成28年4月から現職。大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、講演も含めその活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。痴漢について専門的に書かれた日本初の著書『男が痴漢になる理由』(イーストプレス)をはじめ、共著に『性依存症の治療』『性依存症のリアル』(金剛出版)がある。
(取材・文 阿部花恵)
性の被害は長らく、深い沈黙の中に閉じ込められてきました。
セクハラ、レイプ、ナンパ。ちょっとした、"からかい"。オフィス、教室、家庭などで、苦しい思いをしても私たちは声を出せずにいました。
いま、世界中で「Me,too―私も傷ついた」という言葉とともに、被害者が声を上げ始める動きが生まれてきています。
ハフポスト日本版も「Break the Silence―声を上げよう」というプロジェクトを立ち上げ、こうした動きを記事で紹介するほか、みなさんの体験や思いを募集します。もちろん匿名でもかまいません。
一つ一つの声を、確かな変化につなげていきたい。
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