いよいよ4ヶ月後に迫ったリオデジャネイロオリンピックから、新たな正式競技に加わるセブンズ(7人制ラグビー)。
15人制と同じ長さ100メートル×幅70メートルの広大なフィールドを使い、ほぼ同じルールでありながら、試合時間は前後半各7分(決勝は各10分)という、15人制の40分ハーフの計80分に比べると、はるかに短い時間で試合が行われます。
そんな女子セブンズ日本代表チーム「サクラセブンズ」は、昨年11月に開かれたアジア予選香港大会・東京大会を2連覇し、五輪出場権を獲得。リオ五輪での金メダル獲得を目指し、日々猛特訓を重ねています。
今回は女子セブンズ日本代表ヘッドコーチの浅見敬子さんにお話を伺いました。世界一を目指すチームの作り方に迫ります。
セブンズの魅力
―女子ラグビーの競技人口は約3,500人で、クラブ数は約45あるそうですが、それぞれ15人制とセブンズで分かれているのでしょうか?
いえ、基本的には分かれていません。15人制は決まった時期にしか試合がないので、このシーズンは15人制をやって、残りのシーズンはセブンズをやってという感じですね。ただ、国内戦のスケジュールが重なる部分が大きいので、これからの課題ではあります。
―15人制とセブンズでは、必要なスキルも異なるのではないですか?
そうですね。セブンズは、あれだけ広いフィールドを7人でカバーしないといけないので、圧倒的な足の速さが必要になります。
一方、15人制は走るスピードは遅くても、小さいスペースで体を当てられる強さのある選手が向いていると思います。最終的には選手の好みもありますね。
―観戦する側から見て、セブンズのおもしろさはどこにありますか?
試合がスピーディーに展開するので、追いかけっこを見ているようなハラハラ・ドキドキが味わえるというところは、見ていておもしろいと思います。15人制だとどうしても、人がぶつかってごちゃごちゃしてボールがどこに行ったか見失ってしまいがちなのですが、セブンズは人数が少ない分、ボールが見やすいので、試合の展開もわかりやすいのではないでしょうか。
多様なラグビーとの出会いの形
―女子ラグビーは他の競技と違って、小さい頃からずっと続けている選手ばかりではありませんよね?
そうですね。他の競技をやっていて、一本釣りのような形でラグビーに誘われてはいる子もいますが、お父さんや兄弟がラグビーをやっていて、練習場へ連れられて行くうちに始める子たちも多いですし、小学生のタグラグビー大会(タグベルトと呼ばれる紐を用いた初心者向けのラグビー)をきっかけに入ってくる子もいますので、出会いは様々です。
―浅見HCご自身はどのような経緯でラグビーを始められたのですか?
私は日本体育大学に入ったときにラグビー部があったので入りました。それまではハンドボールをやっていたのですが、スペースを作り出して、そこへ攻めていくという感覚は、すごく似ていました。
実際にやってみると、私は体が小さいのですが、タックルで身体接触をして大きい人を倒していくところにハマって、いろんな可能性が広がるのを感じたんです。
―女子のラグビー部って、どこにでもあるわけではありませんよね?
そうですね。昔は子どもの頃からやっていても、なかなか続けられる土壌がなかったのですが、今はアンダーエイジの子たちも参加できる大会もありますし、ユースアカデミーというエリートの子たちを全国から呼んで吸い上げるシステムもあります。
まだパイが少ないので何本立てにもなってはいるのですが、大学の女子チームも少しずつ増えてきていますので、以前よりすごく良くなってきていると思います。
―途中から始めてもあまり差は出にくい競技ではあるのでしょうか?
向き不向きも出てくるとは思いますし、キッカーになるのは途中からだとなかなか難しいところもあるのですが、バレーボール・バスケットボール・ハンドボールなど球技をやっている選手たちはボールに慣れているという意味で活かせる部分は大きいと思います。
また、柔道で体を鍛えてきた選手なんかもいますし、ラグビーは他競技で培ってきた自分の武器を活かせる機会は多いのではないかと思います。
心身ともに求められる "タフネス"
―サクラセブンズの練習はどこで行われているのですか?
強化拠点のある熊谷ラグビー場や、陸上競技場の中のウェイトジムを使わせてもらったり、ホテルの部屋にトレーニング器具を入れてウェイトトレーニングをやったりしています。ほとんど合宿形式で行っているので、1週間や10日間といった単位で練習をしています。
―メンバーの皆さんは普段どちらにいらっしゃるのですか?
今は活動が関東に集中してしまっているため、関東にほとんどの選手がいます。中でもアルカス熊谷というチームに所属している選手が多いので、代表チームの練習がないときでも、ある程度そこで練習ができています。
将来的にはもっと全国のいろんな地域からたくさんの選手が出てきてほしいのですが、現状は各地域の練習環境があまり整っていないので、今は代表チームは集中強化という形でいわゆるプロのような形でやっています。
―メンバーは浅見HCが選ばれたのですか?
はい。以前はトライアウト(選抜試験)をやって、ウェイトトレーニングのマックス値を測定したり、心肺機能や、走るスピードのテスト、練習試合を見てみたりしてフィットネスチェックをしていたのですが、いざ練習を始めてみるとそれだけでは計れないものがあるということが次第にわかってきました。
かなり厳しいトレーニングをするため、メンタルの部分で途中でへこたれちゃう選手がどうしても出てきてしまいます。一発勝負の見極めだけでなく、何人かを集めておいて、大会ごとに選手を入れ替えるといったことを繰り返して、今のメンバーになっています。
―代表メンバーとして大会に登録できるのは全部で何人いらっしゃるのですか?
プレーする7人と交代要員の5人で計12人がサクラセブンズとして登録されています。
―途中で脱落する選手を防ぐために、メンタルの部分でも浅見HCが指導されることはあるのでしょうか?
"へこたれる" というとメンタルなイメージがあると思うのですが、ハードな練習に体がもたないとか、風邪をひきやすいとか、怪我が多くなって合宿が続けられないといったことも含むので、気持ち的な部分だけじゃなく選手の素質もあると思うんですよね。
今、残っている選手の中でも特に中村さんとか竹内さんといった他競技組は、わりとしぶとくやってくれています。メンタルの部分については私の指導というよりも、きつい練習をみんなでなんとか乗り越えて、強くなってくれているかなという感じですね。
居心地のいいチーム≠いいチーム
―普段の練習で意識されていることはありますか?
集中力を高めるために、短い時間に集中できるような練習形式をとっています。結局、試合中は息が上がってゼーゼー言っている中で、しっかりリフトしたりジャンプしたり、いろんなスキルを発揮できなければ意味がないので、なるべく短い時間に集中して、苦しい中でどれだけできるのかを大事にしながら練習をしています。
―それはやはり試合時間が短いからというのも関係がありますか?
はい。セブンズの場合、7分ハーフと試合時間が非常に短いため、最初の入りがダメになると、ダーッとそのまま試合が引きずられて行ってしまうんですよね。それに大会では1日に3試合あるので、頭の切り替えが非常に重要になります。
試合の間が1.5〜2時間くらいあり、その間にアイスバスに入ってリカバリーをしつつ、iPadを見ながら指導者と前の試合のレビューをします。とにかく勝っても負けても1試合が終わったら、そこで切り替えないと、パフォーマンスがどんどん落ちてしまうので。
―サクラセブンズを支えるスタッフの方は何名いらっしゃるのですか?
トレーナーさん2人に、体を鍛える専門のS&Cコーチが1人にサポートが2人いるなど、今は総勢13人になります。そのうち半分近くが女性というチームは、世界を見てもレアなケースなんですよ。たいてい男性がほとんどなので。
私自身、あまり男女を気にすることはないのですが、男性と女性では気になるところが違うというか、私には思いもよらなかったところを指摘されたりするのは、おもしろいですね。
立場上、私はあまり選手に優しくしたりできないのですが、コーチ陣にいろんな人がいることで、選手たちが本音を話せる機会も増えるので、選手にとってすごくいい環境ではないかと思います。
―浅見HCはどんなお仕事をされているのでしょう?
私の役目としては、着任した2011年からスケジュールプランと強化プランを立てて、この年はこれをテーマにというのを決めて、さらにそれを1ヶ月単位に区切って、ここはこの大会を見据えてここまで持って行こうといったプランをコーチ陣と話しながら練っています。
あとは、コーチ陣、スタッフ陣と情報共有をして、コーチ陣から「自分の担当のところでもっと時間をください」と言ったり、マネージャーから「ここは移動時間がこうなっているので調整してください」といった要望を受けて采配をしたりですね。
もちろんグラウンドに行ったら、私自身が直接指導することもありますし、様子を見て各担当コーチにプログラムの注文を出したりといったこともしています。
―浅見HCから見たサクラセブンズはどんなチームですか?
私がこうしようと言ったことを素直に受け入れてやってくれる選手たちですし、厳しくて辛い練習の中でも自分たちで明るく前向きにできるチームだと思います。
ただ、すごく仲が良くて居心地がいい反面、逆にそれで自分たちの首を絞めている部分も否めません。
もっとぶつかりあって、お互い言いたいことを言い合う厳しさを持たないと、より一歩高いレベルには行けないのかなと思っています。仲良しチームで傷を舐めあっているんじゃ、いけない。
選手を変えるのは私たち自身なんですけど、選手たちにもそうした危機感を持って欲しいですね。
4~5年の苦しみからの「いま」
―浅見HCが就任されてからどんどん強いチームになっている印象がありますが、その理由はどこにあると思いますか?
サクセスストーリーのように見られがちですが、実はぜんっぜんそんなことはありません。結果が出ない時期も長くありましたし。
今いる選手たちはハッピーだと思いますが、抜けた選手たちには申し訳ない気持ちもたくさんあります。彼女たちを引き上げられなかった責任を感じていますし、この4〜5年の間、私自身、苦しんだ部分でもありました。
それでも今こうして良くなってきた理由のひとつには、あまりいろんなことをやろうとしなかったというのがあるかもしれません。
このチームは足が速いわけでもなければ力が強いわけでもなく、ラグビーがすこぶるうまいわけでもない。この時期はこれひとつに特化してやり切りましょうというのを提示していたんです。「最初の一年はボールも持たせてもらえない陸上部だった」って選手によく言われますけど(笑)
―そこにはどんな狙いが?
いろんなベースを上げていかなければならない中で、一番にできることが「持久力をあげること」だったんです。
海外との差が大きいのはフィジカル(肉体、身体つき)になります。フィジカルで海外にかなわない分、フィットネス(持久力)を上げるトレーニングをしてきました。
今もそうですが、トレーニングキャンプの1/3の時間は体作りにあてています。トレーナーさんも力を入れて自分の体と向き合うような教育をしてくれているので、怪我をしないための体作りには、かなり意識が高くなっていると思います。
―当初から4〜5年後を見据えたプランだったのですか?
そうです。海外のチームと練習試合でタックルのないタッチフットをやると、意外と日本の方が強かったりするのに、ホールドゲームでやってみると全く勝てない。これはもうフィジカルに問題があるということが歴然だなと。
なので、ボールを動かすよりも基礎体力をつけるところだけを集中してやるところから始めました。
―やはりゴールは金メダルだったのですか?
はい。当時はアジアですら5位という状況でしたが、「金メダルを目指すんだ」と明示したことで、誰も言い訳ができなくなりましたね。
チーム全員が「世界一になるために、こんなのでいいのか」と自問自答できるようになった。それは選手だけでなく、スタッフも同様です。世界一&金メダルっていう目標を絶対にぶらさずにきたところは、強くなった要因としてかなり大きいと思います。
―では最後に、リオ五輪にかける思いを。
先日、サンパウロの大会が終わってから、チームとしてリオに入り、選手村の位置から競技会場の見学まで、綿密に下見をしてきました。このチームは、入念に準備をしてきているので、あとはギリギリまで戦っていくだけですね。
今のレベルだと圧倒的な何かをやらないと勝てないと思っているので、最後まで怖がらずに突っ走りたいと思っています。
(取材:2016年3月/執筆:野本纏花/撮影:尾木司)
「ベストチーム・オブ・ザ・イヤー」は、職場での「成果を出すチームワーク」向上を目的に2008年から活動を開始し、 毎年「いいチーム(11/26)の日」に、その年に顕著な業績を残した優れたチームを表彰するアワード「ベストチーム・オブ・ザ・イヤー」を開催しています。 公式サイトでは「チーム」や「チームワーク」「リーダーシップ」に関する情報を発信しています。
本記事は、2016年4月25日の掲載記事「足が速いわけでも、力が強いわけでも、ラグビーがうまいわけでもない」 ──それでも金メダルを目指すサクラセブンズのプライドとは?より転載しました。