ロシアで開かれているワールドカップ、選手入場に大きな変化が起きている。おなじみのFIFAアンセムではなく、アメリカのロックバンド・The White Stripesの代表曲「Seven Nation Army」が流され、サポーターの大合唱が響き渡っているのだ。一体、どんな曲なのか?
強すぎる個性、貫かれる美学
The White Stripesはデトロイトで結成された姉弟のロックバンドである。2011年に解散したが、2000年代前半に起きたガレージロック・リバイバルを牽引したこともあり、いまだに根強い人気を誇っている。
とにかく際立って個性が強い、不思議なバンドだった。まず2人しかいない。弟のジャック・ホワイト(現在はソロで活躍中)がギターとボーカルを、姉のメグ・ホワイトがドラムを担当する。
ライブもサポートメンバーをいれず、すべて2人で演奏をこなす。ジャックが即興で曲を決めてギターをかき鳴らし、メグが息のあったドラムをあわせるというのが彼らのスタイルだ。
姉弟というのは設定で、実際の関係は元夫婦である。みんなに知られているのに、ステージ上では(もちろん日本ツアーでも)メグのことをずっと「姉」だと紹介を続けて、ファンは拍手を送っていた。なんとも微笑ましい。
シンプルで力強い演奏は高く評価されていて、世代を代表するギタリストがギターを語り合うドキュメンタリー映画『ゲット・ラウド』で、ジャックはレッドツェッペリンのジミー・ペイジ、U2のジ・エッジと共演している。
独特の美学を貫き、衣装からアートワークに至るまですべてイメージカラーである「赤、白、黒」で統一。録音機材も古いものにこだわっていた。
音楽の趣味もやたらと古風で、ジャックはインタビューなどでサン・ハウスやロバート・ジョンソンといったブルースミュージシャンへの「敬意」や「憧れ」を饒舌に語り、自分の音楽は彼らの「歴史」に連なっているのだと力説していた。
制作費用たった100万のアルバムが大ヒットへ
さて「Seven Nation Army」である。この曲が収録されたのは彼らの4枚目のアルバム「Elephant」だ。
1963年以前の機材しか使わずにロンドンで録音され、制作期間はわずか10日、制作費用は約100万円だったという。
これがセールス面でも成功を収めるのだから、やっぱり彼らは変わっている。
全英アルバムチャート首位を筆頭に、アメリカ、ヨーロッパ各国で次々とヒットを収める。グラミー賞も受賞したこの作品で、彼らはデトロイト出身でカルト的な「評価の高いインディ・バンド」から世界的なロックバンドに上り詰めていった。
ちなみに日本では海外に比べて評価も人気も低いと言われていたが、フジロックで来日したり、2006年には単独ツアーでZeppを回ったりと、熱心なファンはついていた。
2006年W杯、イタリア代表の優勝で広まる
「Seven Nation Army」が世界のサッカーファンに爆発的に広がったのは、間違いなく2006年ワールドカップドイツ大会からだ。自然発生的にイタリア代表の応援歌になり、優勝を決めた選手たちがサポーターとともに大合唱した。
これまでもクラブチームの応援で使われることはあったが、イタリアの優勝を機に一気に広まったといっていい。
特にヨーロッパでの人気は圧倒的で、絶対に欠かせない曲としてUEFA(欧州サッカー連盟)主催の主要大会でも入場曲に使われたり、ゴールを決めた後にスタジアムで流れたりしている。各国サポーターの応援でも使われており、まさに国を超えたサポーターの「アンセム」としての地位を確立している。
いくらヒットを記録したといっても、2018年のワールドカップでこの曲が選手入場にあわせて大音量で流れて、ロックファンだけでないサポーターが大合唱して手拍子を送るなんて、リリースされた2003年当時には誰も予想していなかっただろう。
トランプが使うことには「嫌悪感」、でもスポーツは大歓迎
トランプ大統領の選挙戦で、「Seven Nation Army」が使われた時は公式Facebookで「トランプと関連づけられたことに嫌悪感があり、違法に楽曲がつかわれたことへの不快感」を露わにしたジャックも、スポーツで使われることは大歓迎している。
NMEのインタビューでこんなことを語っているのだ。
「みんながこれが何の歌なのか知らないほうが僕は嬉しいんだ」
「歌は決して古くならないわけだからね」
歴史への敬意と作品の強さを信じる姿勢――。いかにもジャックらしい。彼はこの曲が民謡や敬愛するブルースのように、誰が作ったかわからないものが時代を超えて歌い継がれていくことに喜びを感じているようだ。
せっかくのワールドカップ、日本代表や各国代表の入場シーンにもぜひ注目してほしい。