先日、元SELDsのメンバーで、現在大学院で学ぶ学生に批判が殺到していると報じられた。奨学金制度に対する批判をコラムで述べた事が原因だという。
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「きっかけは、4月7日に書いた奨学金に関する記事に対し、ネット上で寄せられたコメントを読んだことだ。ネットのコメントといえば、「荒れる」イメージが強いが、僕の記事も案の定そうだった。
ある媒体では、僕が見た段階で、2800件近くのコメントが寄せられていたが、そのうち1千件近くが、利用規約に反しているとされて非表示になっていた。」
出典:元SEALDs 諏訪原健「僕の奨学金記事へのご批判に対し、思うこと」 dot 2017/05/09
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ネット上のトラブルや炎上騒ぎとして報じられる出来事の多くは、少数の批判コメントを過剰に取り上げているだけなのだが、確かに反響を見ても賛同意見は全く見あたらない。数千件もの批判コメントが寄せられているのなら確かに大荒れ、炎上と言ってもさしつかえは無い。
この騒動から改めて奨学金の問題を考えてみたい。
■騒動のきっかけはアベ批判?
批判を受ける原因となった記事は「奨学金借金1千万円の僕が嫌悪する安倍首相のキラキラ貧困対策」というタイトルで、地元から出て来て多額の奨学金を抱える事になった自身の体験と、子どもの貧困対策として設立された民間の基金に対する安倍総理のコメントを引き合いに出し、政権与党の政策を批判している。
批判が殺到しているというので「奨学金が1000万円超えたアベ死ね」くらいの事を書いているのかと思ったが、決してそういうわけでも無く、自身の奨学金についても自分より下の世代に同じような状況になって欲しくない、とある程度抑制された表現で書かれている。
■俺の方が苦労したと「逆マウンティング」をする人達。
寄せられた批判として挙げられているものを見ると、私は高校を出てから貯金を貯めて大学に行った、自分はバイトと奨学金で大学に行って親に仕送りまでしていた、新聞奨学生をやりながら大学に行った私からみるとこういう意見はヘドが出るなど、なんとも辛辣だ。
関東圏で一人暮らしすれば生活費だけで余裕無しの金額を見積もっても最低で月に15万円、これが4年分で720万円となる。ここに私立大学の学費も考慮すればおおよそ1000万円程度の負担となる。この学生はおそらくほぼ全額を奨学金でまかなったのではないかと思う。社会に出る前にこれだけ多額の借金を背負えば弱音を吐きたくなるのも当然と言えば当然だろう。
それに対して、俺の方が、私の方が苦労したというのは徹夜自慢と同じで逆マウンティングとでも言えば良いのだろうか。誰もあなたに苦労を強要していませんけど、という程度の話だ(もちろんこれは元SEALDsの学生にも言える)。批判の仕方としては明らかにトンチンカンだろう。こういった下らない議論をする段階はとっくに終わっている。
■大学無償化で無視される重要な問題。
奨学金については消費者金融より酷い、返済に困った人が風俗で働いている、といったおかしな批判が寄せられ、学費が高すぎるという批判もなされる一方で、こういったピントのずれた逆マウンティング的な擁護(?)もあり、まともな議論がなされていない。返済不要の給付型奨学金も今年から前倒しでスタートしたが、メリットばかりが強調されて、デメリットが全く言及されていない。
先ほどの記事でも以下のような提言がなされている。
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「政府が責任を持って安定的な予算を確保すればいい。」
「あくまで僕が問題にしているのは、この日本社会において、教育の機会をもっと開かれたものにしていく必要があるのではないか、ということだ。
僕が奨学金を返したくないとか、返済が不安とかそういう話ではなく、この社会のあり方について問うているのだ。」
出典:元SEALDs 諏訪原健「僕の奨学金記事へのご批判に対し、思うこと」 dot 2017/05/09
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この学生は現在大学院で教育社会学を専攻しているというが、奨学金の制度や教育費の負担についてはまさに専門ではないのか。そこで世間のあり方を問う、とまで言うのであれば「財源」と「優先順位」について言及すべきところが、詳細については何も述べていない。彼が批判されるべきは奨学金制度を否定していることではなく、もっともらしいことを言っているようで中身が空っぽの議論にしかなっていないところだ。
そして、教育費の無償化に関する議論は専門家と呼ばれる人であっても財源と優先順位の話を無視している事が議論の方向をおかしくしている。
■「子ども保険」というまやかし。
先日、子育ての負担軽減を目的に、自民党の若手議員の集まりで子ども保険の制度創設が提言された。
子ども保険は年金・健康保険などの社会保険料に0.1%を上乗せして保険料を徴収する事で予算を確保する案だという。0.1%ならば3400億円の財源が確保され、未就学児に月額5000円を支給、将来的には0.5%・1.7兆円の資金を確保して月額2.5万円まで増額する考えだという。
提言の段階で何も決まっている状況ではないが、社会保険料である以上は働いている世代から同じく働いている子育て世代への所得移転であり、実質的にはほとんどプラスマイナスゼロといったところだろう。政策としてほとんど意味が無い。
この提言は自民党内で議論されている教育国債、教育のためだけに使える借金制度への対案だという。借金を返すのは将来の労働者、つまり若者なので支払いを先送りする程度の効果しかない。どちらの政策も50歩100歩、もっと言えばメクソハナクソといったところか。
この話も結局は財源が無いから借金をするかお金を取りやすい労働者の負担を増やそう、という事で真っ当な財源論から逃げている。多額の資産を保有しながら年金を受け取り、たった1割の負担で頻繁に医療を受ける高齢者に負担を求めていないからだ。
元SEALDsの学生が指摘する、政府は予算も出さず寄付に頼る一方で、「あなたが夢をかなえ、活躍することを応援しています」などと総理がキレイ事を言うのはおかしい、という批判は現状の認識としては極めて正しい。
ただ、政府は予算を確保すべき、世の中のあり方を問う、というのであればどこに負担を求めるのか、あるいはどの部分で支給を減らして教育に資金を投じるべきなのか、つまり分配のバランスをどう変えれば良いと考えているのか、具体的な議論まで踏み込むべきだ。
■北欧は学費が無料という「北欧神話」が大好きな人たち。
現在教育の無償化が議論されている。特に高等教育である大学の費用について、学費を無料にすべき、あるいは奨学金は給付型にすべきという議論が盛んだ。北欧諸国では大学の費用が無料であるといったお馴染みの「北欧神話」も頻繁に目にする。
大学の無償化、あるいは奨学金の給付による実質的な無償化はなされるべきなのだろうか。現状ではするべきでは無いと言える。
優先順位で考えれば、潜在的な数まで含めれば数十万人から100万人以上の待機児童がいると言われている状況で、果たして待機児童の解消よりも高等教育を優先すべきと言えるのだろうか。
大学教育の効果についても、バブル崩壊時に20%台半ば程度だった大学進学率は現在50%を超えて2倍近くまで増えている。これだけ進学率が上がればさぞかし経済へプラスに働きそうなものだが、ここ20年日本の経済成長率は先進国の中でも最低水準で、果たして高等教育がどこまで経済にプラスに働いているのか極めて疑問と言わざるを得ない。
こういった指摘には大学教育は経済成長のためでもなければ就職予備校として存在するわけでも無い、という反論もあると思われるが、人手不足が深刻化する状況で効果がどこまであるのかわからない高等教育に多額の税金を投じることに意味があるのか、慎重に考えるべきだ。
■平等な負担の意味を考えない人達。
財源について言えば、すでに指摘した通り教育国債=借金や、子ども保険=保険料方式で資金を調達する事はとても適切な資金調達の方法とは到底言えない。
それどころか1.7兆円も負担が増えれば子育て世代にはプラスでもそれ以外の世代が消費を減らしてマクロ視点で見ればマイナスの効果が発生する可能性すらある。ただでさえ年金・健康保険料の負担も増えつつある状況でさらに上乗せする事が正しい政策だと言えるのか。
加えて人手不足が深刻化する状況で、高卒あるいは専門学校や短大を出て働くはずだった人達が無料だからという理由で大学に進学し、働き始める時期を先送りすることの影響も考えると、経済に深刻なダメージを与える可能性すらある。
それでも学費を無償にすべきと言うのであれば、現在ベストの政策としては先日『「平等に貧しくなろう」という上野千鶴子氏の意見が正し過ぎる件について』で指摘したが、多額の資産を保有する高齢者の年金を削り、医療費を現役世代と同じく3割負担にして、兆単位の支出カットによる予算捻出が挙げられる。
より実現性の高い政策であれば消費税率のアップによる税収の確保がベターな手段として挙げられる。先ほどの子ども保険で言えば、0.5%の社会保険料上乗せで1.7兆円の資金確保とあるが、これは消費税1%分に近い。
この金額を保険料方式で現役世代から集めるのか、あるいは借金で将来にツケを回すのか、それとも高齢者を含めた全ての日本人から集めるのか、どれが公平でよりマシな方法なのかは言うまでもない。
北欧神話が大好きな人も、北欧の高福祉が高い税金=高負担によって成り立っている事を知らない人はいないだろう。北欧と同じような制度を実現するために同じような税率にしましょう言ってもまさか反対する人はいないと思われる。
■大卒より有利な資格保有者とは?
自分は普段FPとしてお金の相談にのっている。一番多いものは住宅購入の相談だが、長期にわたる住宅ローンの返済に必要なものは安定した収入と雇用ということになる。
首都圏で住宅購入を考える夫婦のほとんどが共働きで最近では出産を理由に仕事を辞めるという話はほとんど聞かなくなったが、様々な理由で仕方なく仕事を辞める、あるいは仕事をセーブしたいという人もいる。
ただ、一度仕事を辞めてブランクが生まれるとそれだけで再度就職する際には極めて不利になる状況がある。たとえ世間一般でいうところの一流大学を出て一流企業に勤め、高い給料を貰っているたような人であってもだ。
そんな状況でブランクも関係なく、そして地方であっても確実に高い給料を貰えるのは二年制の専門学校でも資格を取得できる看護師だ。全ての人が看護師になりたいわけでもないだろうしなるべきでもないが、学校で学んだことを職場で活かせる看護師と、大学で学んだことがほとんど仕事に関係の無い大学生では差がつくことは当たり前と言えば当たり前だろう。
■大卒はマイノリティである。
以前も大学進学の意味に疑問を投げかける記事を書いたところ、大学に行かないとまともな企業に就職なんて出来ないとびっくりするような、ほとんど差別に近い反応まであった。
ここでいう「まともな企業」は給料が高く安定していて福利厚生も整っている大手企業のオフィスワーカー、つまり就職人気ランキングで上位に入るような企業をイメージしていると思われるが、そんな企業は学歴に関係なくほとんどの人が入れない。これは大学無償化を主張する人にも見え隠れする大きな勘違いだ。
最近になってやっと大学進学率が50%を超えた程度、つまり現役世代全体で見れば大卒はマイノリティである事や日本企業の99.7%が中小企業であることを知らないのだろう。
ワカモノが様々な面でワリを食っていることは間違いないが、それは大学を無償化するだけで解決するほど単純な問題では無い。雇用制度、社会保障の負担と給付、教育と雇用と奨学金の関係など、全ての面で齟齬が生じている。
これを解決することは簡単ではないが、まずは教育費無償化のような聞こえの良い話をする際には、耳の痛い、そして主張した人が確実に批判を受ける「優先順位と財源」もセットで考える所から始めてみてはどうだろうか。
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中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー