私は、イベントやテレビ出演の時にSDGsバッジをつけることがある。
これまでは人前で付けるのがどうしても恥ずかしく、もらった物を引き出しにしまったままだった。しかし、あることに気づき、時々つけるようになった。
それはSDGsとはコミュニケーションツールだということだ。メールや英語やエクセルと一緒だ。それは使えば使うほど、手垢がつけばつくほど、効果を生むものなのだ。そこに気づいた。
SDGsに企業が関わっている意味とは
SDGsは「エス・ディー・ジーズ」と読む。2015年に国連で採択され、ジェンダー、教育格差、環境や人権問題への課題解決を世界全体で取り組むための目標だ。
これまでこうした課題は、国連などの国際機関や政府、あるいはNGOなど非営利セクターが取り組むものだというイメージがあった。
営利セクターである企業は「利益」を追求することがミッションであるため、SDGs的な社会の課題解決には向かないとされた。
しかし、企業のビジネスをお金で支える投資家や金融業界が「社会的な課題解決」を重視する中、環境や社会問題にコミットすることが経済合理性に合うようになった(ちなみに私は環境や社会問題は経済合理性がなくても取り組むべきだという立場をとるが、ここではこの議論に深入りしない)。
ビジネスの会話が変わった
SDGs起点の新商品も生まれ、それが収益にもつながり始めている。ジェンダー平等を意識していない広告は受け入れられなくなった。
もちろん、SDGsバッジをつけているだけで満足してはいけない。環境問題に取り組んでいるポーズだけを取り、実際は環境を破壊しているSDGsウォッシュを厳しく監視することも必要だ。SDGsだけではダメで経済システムそのものを見直すべきだという主張も存在感を増している。
だが、確実に、さまざまな面で遅れている日本のビジネスの現場でも「環境」「人権」「ジェンダー」について会話をすることが増えてきた。
ある企業の役員と話した。最後に「これもSDGsですよね…」
この前、こんなことがあった。
ある企業の役員と話している時に、採用戦略の話題になった。その人は採用面接におけるオンラインとリアルのコストの違いや、採用にかける費用と実際に企業が得られるメリットを数字をもとに語ってくれた。
会話が終わりに近づいた時、私はこんな質問をした。私のジャケットの胸元には木製のSDGsバッジ。
「ところで、最近の転職者や新卒の若い世代はSDGsを知っていますか?」
役員の声のトーンが変わった。
「それが、すごいんですよ。『脱炭素に向けて何をしていますか』『管理職の男女比はどうなっていますか』『男性の育児休業の割合を教えてください』という質問が明らかに増えた。竹下さんもバッジをつけていますが、全部SDGsですよね」
さらに話が続く。
「こういうことを聞かれると、面接官も熱く自分たちの会社のことを語るんですよね。採用を希望する人も本音で話すようになる。こうした価値観が共有できた方が、長期的にみて組織はうまくいくんです」
環境問題や働きやすさについて面接で語る人も、そして何より私とこの役員との会話そのものも「SDGs」というコミュニケーションツールを起点に生まれた。
このエピソードは、大した話でもないかもしれない。
企業がちょっとした変化を起こしただけでは間に合わないぐらい地球環境は悪化していて、資本主義が限界を迎えている可能性もある。
それでも、お互いの価値観を一致させることが時には難しいビジネストークにおいて、SDGsについて話せるだけでも大きな前進だ。
SDGsの「日本語化」には、コピーライター的発想があった
実はこのSDGsは最初からコミュニケーションツールとしての「使いやすさ」を狙ってつくられたものだ。
慶応大の蟹江憲史教授が書いた「SDGs」(中公新書)によれば、SDGsのカラフルなアイコンの日本語訳に貢献したのは、博報堂の川延昌弘さんやコピーライターの有志たちだった。
SDGsの17の目標を説明する日本語の文章は柔らかい。たとえば目標14の「海の豊かさを守ろう」のように、「〜しよう」という呼びかけになっている。「持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」という言葉よりスッと頭に入る。
私の個人的感覚では、英語圏の人と話すときは、SDGsよりは「サステナビリティ」という言葉が通用する印象がある。みんなと同じバッジを付けるのも、政治家や役人みたいで恥ずかしいのも確かだ。バッジを大量に作るばかりでは、ゴミになる可能性も高く、本末転倒だ。
ただ、普段ならビジネスの話をするような人に対して、人権や環境、グレタ・トゥーンベリさんについて語るということが私自身にも起こっている。
SDGsという言葉に、手垢が付けばつくほど、会話が増えたことを意味する。これだけは、日本人の「横並び意識」が功を奏していると思えなくもないのだ。
(文:竹下隆一郎)
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