日本では、社会のセーフティネットからもれてしまう、子どもたちの「貧困」が大きな問題になっている。厚生労働省の調査では、18歳未満の子どもの6人に1人が相対的に貧困とされる状態にある。経済的に苦しい家庭の小中学生に、給食費や学用品費を補助する「就学援助」を利用した公立小中学生は、2012年度は約155万人にのぼり、過去最高の15・6%になった。
公立中学の1割強には給食がない
ただ、就学援助に含まれる「給食費」は、給食があることが前提だ。弁当を持参するケースでは、原則として給食費にあたる費用は支給されない。生活保護や就学援助を受けていても、学校で給食がなければ、年間5万円前後の給食費相当額は加算されないことになる。
ほぼ100%の公立小学校で給食が出ているのと違い、中学校では地域でばらつきがある。文部科学省によると、2013年度、給食がある公立中学校の比率は86%。前年度の83.8%から少し増えた。中学校での給食の導入はじわり進んでいる。大阪市は14年度からデリバリー弁当を使った給食をだすようになり、川崎市や神戸市も数年内に始めると表明している。
〈写真:完全給食を実施する北九州市・尾倉中学校の給食 photo/Goto Eri〉
給食がないため不登校に
川崎市多摩区に住む50代のシングルマザーの息子は一時期、学校に弁当を持っていけなくなったことから、不登校になった。一家は生活保護を受けているが、今年初め、保護費が入った茶封筒を紛失してしまったという。支払いが遅れていた電気代が払えず、ほどなく電気を止められた。食材も尽き、弁当が作れない。貧困世帯に企業などから寄付された食品を届ける「フードバンクかわさき」を紹介されるまで、10日間、息子は「弁当がないから」と登校しなかった。
横浜市を始め、神奈川県の自治体の多くは、公立中学校で給食を提供していない。出るのは牛乳だけで、主食やおかずは生徒が家から持ってくる。川崎市では2年前、中学校での主食・おかず・牛乳がそろった「完全給食」の実施を公約にする新市長が誕生し、17年度までの給食の実施をめざしている。ただ、前述の女性の息子の卒業には間に合わない。
学校には、注文制の業者弁当もあり、生活保護の受給者はあとで申請すれば代金が戻ってくる。だが女性は「ぎりぎりの生活なので、一度立て替えなければならないのが負担。それに、息子の学校で注文する生徒はとても少なく目立つそうで、息子が嫌がる」として、利用していない。「給食があれば、休まず学校に行けたかもしれない。食べ盛りの息子に、せめて1日1食は給食でまともな食事を食べさせてやりたい」と女性は言う。
おとなりの韓国では
韓国ではここ数年で学校給食を無償化する自治体が相次いだ。背景には、2010年の全国地方選挙で、野党の候補が「無償給食」を公約に掲げて相次ぎ当選したことがある。翌年には、無償給食に慎重だったソウル市長が、住民投票で是非を問おうとしたものの、投票そのものを成立させることができず、辞任に追い込まれた。新しく選ばれた革新系市長は、小中学校給食の完全無償化に踏み切った。
首都ソウルの決断の影響は大きく、全国に無償給食が広がった。給食を無償化した小学校の割合は09年の24%から14年には94%に、中学は10%が76%へと飛躍的に増えた。
〈写真:ソウル市内の小学校の給食風景。配るのは給食係の児童だ。photo/ Goto Eri〉
無償化前の月々の給食費は平均で約5万ウォン(約5千円)。子育て世代には小さくない出費だ。仁川市に住む、夫婦に子ども2人の、あるサラリーマン世帯は、「給食無償化は本当に助かる。浮いたお金を他の教育費に回せる」と喜んでいた。
〈写真:ソウル市内の小学校の給食。この日の主菜はリブ付き肉 photo/Goto Eri〉
韓国は1980年代に猛スピードで経済成長を遂げるいっぽう、社会福祉は後回しにされてきたと、専門家は指摘する。社会福祉支出はOECD諸国で際だって低かった。1997年の金融危機以降、非正規雇用も増えた。
完全無償化が広がる以前から、生活保護世帯は申請すれば無償給食を利用できたのだが、教師や友人に知られるのを嫌がり、対象になっても申請しない世帯は少なくなかったという。ソウル市の学校給食を管轄する教育庁青年保健部のキム・ヨンスク事務官は、「級友との所得の差を学校現場で意識させてはいけない。無償給食は民主的な市民を育てるための未来への投資だ」と言う。市教育庁の無償給食予算は小学校で実施した11年の1816億ウォンから15年は2866億ウォンに増え、市の教育事業費全体の1割強を占める。
ただ、今年に入って風向きが変わりつつある。財政的な裏付けがないまま全国に広がった給食無償化に、とうとう待ったがかかったのだ。
〈写真:今年4月7日、慶尚南道の無償給食中止に抗議する住民たち /Yonhap/ アフロ〉
慶尚南道の知事が「政策の優先順位が違う」と4月に無償給食を中止。副知事のユン・ハンホンは「経済的余裕のある家庭からは給食費を徴収すべきだ。浮いた予算を学校設備の充実や低所得層向けの学力向上支援に使いたい」と話した。韓国の世論も揺れている。
―関連する記事はGLOBE特集「給食のつくり方」で読めます。