体の健康と等しく重要な「心」の健康。
コロナ禍によりうつ病患者が増えたことや、ウェルビーイングの価値観の普及により、改めてその重要性に光が当てられている。
10月10日の世界メンタルヘルスデーにあわせ、米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソンの医薬品部門ヤンセンファーマが統合失調症治療やその当事者が望む社会の実現について考えるイベントを開催した。
統合失調症の当事者が、社会参加をめざすには何ができるのか。医療従事者、当事者、企業、それぞれの立場からの見解や取り組みを紹介した。
全てのリカバリーの真ん中に「パーソナル」がある
はじめに登壇したのは、慶應義塾大学医学部 予防医療センターの三村將特任教授。統合失調症の基礎知識や、今後求められるケアについて、医療従事者の立場から語った。
三村さんは統合失調症の症状として広く知られている、幻覚と妄想について説明した。
「私が考える幻覚の定義は、存在なき知覚(存在しないものをあると感じること)です。一口に幻覚と言っても、その中には幻視や幻聴、幻触など、様々な症状があり、統合失調症の症状としては幻聴が多いのが特徴です。妄想症状については『ありえないことを信じて疑わないこと』と定義しています。統合失調症では、自分が悪く思われている、悪口を言われているという被害妄想などが多く見られます」
また、幻覚や妄想があるからといって必ずしも統合失調症とはいえないということについても言及し、診断においては、話の内容だけではなく話にまとまりがあるか否かに注目しているという。
「妄想や幻覚症状のある方の中には、理路整然とその内容をお話しする人がいます。最近ですとそういった方も統合失調症と診断される場合も多いですが、私は病名をつける前に思考が散乱して考えがまとまらない状態になっているか否か、つまりは錯乱状態にあるか否かにも着眼しています。また、こういった症状と並んで、感情や思考が平板になる、意欲が低下する、引きこもりになるなどの陰性症状、そして注意力や記憶力、判断力が低下する認知障害もよく現れます。
統合失調症のリカバリーについて考えるのも大切ですが、まず対応において否定も肯定もしないことが重要になります。例えば、現実味のない話を聞いたとしても説得や訂正、否定をせず、まずその人の世界を理解することが治療の第一歩です」
次に、三村さんは統合失調症のリカバリーには大きく分けて「臨床的」「パーソナル」「社会的」の3種類があると語り、その全てが繋がっていると説明した。
「臨床的リカバリーはカウンセリングや薬などの治療、パーソナルリカバリーは患者さん自身の『こういうふうに生きたい』を回復するためのアプローチです。また、誰しも社会を一人で生きていくことはできません。そこで当事者が社会と繋がっていくためのアプローチであるソーシャルリカバリーが求められるのです。
こういったリカバリーの真ん中にあるのは『個人が個人らしく生きていくこと』なので、常に『パーソナル』を重視することも重要です。当事者一人ひとりにどのような症状があり、どのような場面で、どのような難しさに直面しているのか。当事者とそのご家族、他業種の方々と共に、それぞれに合った介入の支援の仕方に取り組んでいます。また、最近では『病気からの回復』ではなく『病気があっても回復していく(recovery in illness)』という考え方が一般的になっており、この領域を学会としても医療者として進めていきたいと考えています」
同じ土俵に立てない。当事者が感じる、社会の「参加枠」
次に登壇したのは、統合失調症の当事者であり、一般社団法人精神障害当事者会ポルケの堀合研二郎理事。
22歳で統合失調症と診断された堀合さんは、4回の入退院を繰り返し、その後は横浜市の障害者支援施設に通所。当事者をエンパワーメントする様々な活動を経て、現在は神奈川県大和市で市議会委員を務めている。
堀合さんは統合失調症の当事者として、(当事者同士や周囲の人が)つながること、(ニーズや現状を)伝えること、(制度や社会を)変えていくことを議員活動の三本柱としており、研究者や家族、他の障害と生きている当事者などと協力することを重視しているという。
事前に寄せられた「当事者としてどういった社会の実現を求めていますか」という質問に対し、堀合さんは「最低限の自己決定が保障されていること」と回答した。
「やりたいことにチャレンジできる社会を実現してほしいです。そもそも統合失調症の当事者が、そうでない人同じ土俵に立つことさえできない社会を変えていきたいです。また『病気があっても回復していく』という価値観に通づるところでは、医療のみで精神疾患を完治まで持ってくのは難しいのが現状かと思います。障害を抱えたままでも生きていける社会や仕組みを作っていく必要があると強く感じます」
また「それぞれの人に合った社会参加が実現されるには何が必要ですか?」「社会参加というと就労のイメージが強いです。就労における課題は何だと思いますか?」という質問に対しては、社会への適合以外の選択肢についても考えることが大切だと語った。
「統合失調症というと『心を病んでいる』と思われがちですが、無理をして社会や学校に適合しようとして症状が悪化する人もいるんです。そういった人たちには、まず安心できる場所を確保することが大切です。就労においても、私は就労やそれを目指すことで症状が悪化しかねない状態の人に『頑張って就労しよう』とは言えません。そういった人たちをサポートする制度は整っていますし、それを活用することは決して恥ずかしいことではないという理解を、当事者や周囲の人には持ってほしいですね。
障害者雇用においては、業務内容が限定的で単純なものが多く、賃金も安く昇給が期待できないものが多いのも現実です。もちろん経営側としての難しさはあると思いますが、それがいき過ぎてしまった結果、あえて障害を隠して無理をして働く「クローズ就労」を選択している人もいます」
無知な優しさが、個人の可能性を狭めてしまうことも...
医療従事者、当事者に次いで、企業という立場で登壇したのは、ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ統括産業医の岡原伸太郎さん。
岡原さんは三村さんと堀合さんの話を受けて、改めて「企業でもパーソナルリカバリーの重視や対話の重要性を感じています」とコメントした。
「治療、職場、社員、家族、仕事、制度など、リカバリーの内訳を細かく見ていくとその多様性や繋がりに改めて気がつきます。私たちは製薬企業として、医薬品という形でのアプローチに力を入れていますが、『この症状にはどの薬が必要』といった理論だけではなく、当事者にも一人ひとりのストーリーがあるという事実も大切にしながら、順序立てて取り組みを進めています」
一企業としても、統合失調症をはじめとした当事者が社会参画するためにできることについて考えて歩みを進めています。お二人のお話にも通ずるところですが、大前提として当事者も多様な『個人』です。また企業側の体制が職務内容や企業規模によって異なることも事実です。治療と仕事の両立に絶対的な正解はありませんが、そうである以上、対話によってより良い答を『創る』ことが大切です。
当事者や症状に関する知識がない人が「無理しないほうがいいんじゃないか」「この仕事は難しいんじゃないか」と思いやりのつもりで言った言葉が、その人の可能性を否定してしまうこともありえます。自己決定を支えるためには、病気への理解と並行して、対話を通して、個人としての理解を進め合うことが大切だと感じます」
統合失調症に関する医療の研究も進んでおり、ヤンセンファーマのインテグレイテッド・マーケットアクセス本部の桐谷麻美さんからは、RWD(リアルワールドデータ)から得られた、働く統合失調症の当事者に関するエビデンスについての共有があった。
研究では、第2世代抗精神病薬の持効性注射剤(SG-LAI)が入院期間の短縮に寄与するという結果が出たという。しかし、その一方で分析対象集団が小さく、日本の統合失調症患者さんへの一般化は難しいなどの現実もあり、今後も研究を深める余地が大いにあるそうだ。
当事者だけではなく、社会を生きる私たち全員に関することとして向き合っていくべき統合失調症。企業や医療などの組織的なアプローチはもちろん、私たち一人ひとりに出来る、足元からのアプローチもありそうだ。