伊藤さつき 平晶五輪に照準を定め加速する女子モーグル・スキーヤー

スキーを始めたのは2歳。物心がついた頃には、もう両親や姉たちの後に付いてスキーをしていたという。

日本人も活躍できるフリースタイルスキー

スピードや華麗さを競うウィンター・スポーツにおいては、長身で手足が長いアスリートに利があると考えられがちだ。だが、フリースタイルスキーの場合は事情が異なる。

敏捷性や安定性が重要なため、外国人のトップクラスにおいても意外と長身の選手は少ない。W杯6連覇を果した"絶対王者"ミカエル・キングズベリーも重心が低い。

また、今年3月のW杯でキングズベリーを下し初出場で見事に優勝した堀島行真(ほりしま いくま)も身長も170cmと小柄だ。つまり、フリースタイルスキーは、欧米人に比べて体格に劣る日本人にも活躍できる余地がある種目のひとつだといえる。

女子モーグルにおいても注目の選手は多い。そのうちのひとりが伊藤さつき(豊田鉃工株式会社)だ。かつては、同じくモーグルで活躍する姉2人と比較されることも多かったが、実はそのスピードやスタビリティーにはプロからの評価も高い。スピードに乗れば世界レベルで戦える実力を備えたアスリートである。

5歳でモーグルにデビュー

スキーを始めたのは2歳。物心がついた頃には、もう両親や姉たちの後に付いてスキーをしていたという。

ちなみに、長女あづさは4歳、次女みきも3歳からスキーを始めている。父親がモーグルを滑っていたこともあり、モーグル三姉妹が誕生したのは自然の成り行きと言ってよいだろう。

コブの斜面を滑りながらターン技術やエアなどを競うフリースタイルスキー・モーグルに、三女さつきは5歳でデビュー。

「子供たちを試合に出してみよう」という父の方針で、小1からは公認大会にエントリーした。同年代はおらず大人に混じっての初出場だった。「お姉ちゃんが優勝しても私はビリみたいな感じ(笑)。」「とにかく、滑れば楽しかった」と、当時を懐かしそうに振り返る。

その後はスキーひと筋。他のスポーツをしようと思ったことはない。「姉たちがやっていたので環境はよかったですね。」と語る。

さつきの長所は常に前向きで楽観的なところだ。「姉たちがやっていたのでそれなりにいいところまで行けるだろうと、自然にモーグルに進んでいった感じです。」

靭帯断裂の苦難

真っ直ぐな性格のさつきだが、競技に専念するようになればもちろん楽しいことばかりが待っているわけではない。ナショナル・チームに所属することを目標に掲げていたが、同世代のライバル達に揉まれ、なかなか芽が出ない時期も経験した。

中学2年生のときには前十字靭帯を断裂し、長期間スキーから遠ざかった。ブランク時の悔しさも味わい、次第に競技への真剣味が増していった。怪我を克服した後は徐々に成績を上げ、高校1年生で遂に念願だったナショナル・チーム入りを果たした。

それからは順風満帆とも思われたが、好事魔多し。高校3年生のときに再び前十字靭帯断裂の憂き目に遭ってしまう。前十字靭帯は大腿骨と脛骨をつなぎとめる役割をしているが、フリースタイルスキーのように急な方向転換や着地の衝撃を伴う競技では負荷がかかりやすい。

膝下から突き上げる衝撃が瞬間的に膝に一点集中すると、靭帯は張力に耐えられず断裂してしまう。前十字靭帯断裂はモーグル選手に好発する、いわば職業病ともいえるスポーツ障害だ。

リハビリの年、大学1年生からはウェイト・トレーニングにも取り組み競技に戻った。ところが、1度目の復帰時とは異なり、ナショナル・チームから落選してしまう。「中学生で怪我から復帰したときは周りも同世代だけでしたから勝てましたが、このときは選手層が厚く厳しかったです。」

技術強化の日々

テクニカル・スキルが足りないことを実感し、トランポリンなどで技術強化にも努めた。合宿には参加せず、大学でトレーニングに専念する日々。この結果、体幹の安定性が高まってスピードを生かせるようになり成績も上がっていった。

2013年にはU.S.Freestyle Ski Championships7位など、国際競技大会でも活躍できるようなった。2014年からは3年連続でW杯に出場。以下の好成績を残している。

2014 世界ジュニア選手権8位

2014 W杯第9戦 シングルモーグル6位

2015 W杯第8戦 秋田田沢湖大会デュアルモーグル2位

2016 W杯第8戦 秋田田沢湖大会デュアルモーグル10位

先述のとおり、伊藤さつきの持ち味はスピードだ。速く滑ることは怪我を負うリスクも生じるが、彼女は攻めの姿勢を崩さない。それには、予選落ちし続けた過去の苦い経験が生きている。

「スピードを抑えたほうが落ち着いた滑りができると思い、何戦か自分の滑りをセーブしたことがありますがダメでした。」

「下位クラスの試合では8割で滑っても予選を通過できることもあります。でも、W杯はたとえ会心の滑りをしても予選を通過できないこともありました。このとき、W杯はとにかく全力で滑らなくてはいけないな、と実感しました。スピードを抑えることなど考えずベストの滑りを心がけています。」

現在、伊藤さつきの視野には、来年のピョンチャン冬季五輪出場が入っている。世界の頂点に立つことに照準を定め、ウォーター・ジャンプなどで更に技術を磨きながら体力強化にも励んでいる。コンディションも昇り調子で、まだまだ進化が止まらない。

「今、できることをしよう!と、スキーに専念しています。」持ち前の積極性とスピードを武器に、全力で斜面に臨むフリースタイル・スキーヤーから当分、目が離せない。

(敬称略)

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