CMやメディアに露出した企業に対して、視聴者から批判が殺到する「炎上」騒動。
度々起こるこの事態に、企業はどう対処すべきだろうか。
環境に対する意識をめぐって批判にさらされ、大胆に改革を展開した大阪の老舗洗剤メーカー「サラヤ」の対応は、その答えを探す役に立つ。
広報宣伝統括部の廣岡竜也統括部長に、サラヤの取り組みについて聞いた。
サラヤは1952年に創業した、消毒液や洗剤等衛生用品の製造メーカー。
社名を聞いてピンとこなくても、学校や職場の洗面所で使われている、緑色の液体石鹼などで、誰もがどこかでお世話になったかもしれない。
サラヤのロングセラー商品が「ヤシノミ洗剤」だ。
ヤシノミ洗剤の誕生は1971年。
60年代後半からの高度経済成長期。石油系洗剤が川などの環境を汚染していると問題視されていた。それが、植物由来の洗浄成分を使った「ヤシノミ洗剤」が誕生した背景にある。
無着色、無香料で手肌と地球に優しい。そんな触れ込みで、「ヤシノミ洗剤」はサラヤを代表する人気商品となった。
当時珍しかった「詰め替えパック」も発売。廣岡さんによると、この商品はサラヤの「環境思想」を詰め込んだ商品だったという。
しかし、「環境に優しい」はずだった商品で、サラヤは思いがけない騒動に巻き込まれる。
テレビ取材、あえて受けてみたら……炎上
2004年、テレビ朝日系列の番組「素敵な宇宙船地球号」(2009年に終了)から、取材の依頼がきた。
内容を聞いて廣岡さんは驚いた。
その企画は、サラヤもヤシノミ洗剤で使用している「パーム油」が、東南アジアの熱帯雨林を破壊し、そこに住む野生の象への害をもたらしているという内容だったのだ。
サラヤにとって、寝耳に水の事実だった。
パーム油
アブラヤシの実から採れる油で、別名「見えない油」。特に菓子類やインスタント食品など多くの生活用品に使われている油で、原材料名には「植物油脂」などと表示されている。供給が安定しているため、ネスレなどの世界的な食品メーカーなども大量に使用している。
「素敵な宇宙船地球号」は、パーム油を多く使用する食品会社を中心に取材を依頼していたようだが、ことごとく断られていたそうだ。
取材を受ければイメージは悪くなる、当然の判断だろう。
困り果てた番組関係者のツテで、サラヤの社長の元に取材依頼が舞い込んだ。
当時広報を担当していた廣岡さんは「うちも取材を断った方がいいと思う」と、上司に進言した。
サラヤは商社を通してパーム油を購入していたため、熱帯雨林破壊の現実を知らなかったのだ。とはいえ、番組に出演すれば批判は必至だ。
ところが、更家悠介社長は、インタビューを受ける決断をした。
「逃げると何か隠していると邪推される。知らないことは知らないと言い、対策を考えた方がいい」
番組は2004年8月に放送された。熱帯雨林が減少したためにアブラヤシの畑に侵入してしまうゾウ。住民が仕掛けた罠にかかって苦しむ映像と一緒に、サラヤ社長のインタビュー映像が放送された。
番組を見た視聴者から「環境に優しいと信じていたのに、もう買わない」「ヤシノミ洗剤を作るのをやめて」といったメールや手紙が届くようになった。
批判を転機に
ここで、「もうパーム油を使いません」と宣言することは簡単かつ世間へのアピールにもなる。
しかしサラヤ社内ではそれはしない、という意見でまとまった。
仮にサラヤが使用をやめたとしても、 パーム油は日常生活のありとあらゆる場面で使われ続けるだろう。それでは熱帯雨林の破壊を止めることはできず、何の解決にもならないからだ。
だったら、パーム油のあり方を変えていく方向へ舵を切ろう、ということになった。
「パーム油は現地に生きる人々にとっても大切な産業になっています。単純に否定するだけでは世の中は変わらない」。
パーム油そのもではなく、無秩序な伐採をやめることを目指すことにした。そして、購入を続ける会社だからこそ発言権があり、生産ルールの改善ができるとサラヤは考えた。
2005年1月、サラヤはRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議:Roundtable on Sustainable Palm Oil)に加盟した。ユニリーバや環境保全団体のWWFなどが2004年に設立した団体で、世界中でパーム油が無理なく供給されるよう、適切なルールを作るために話し合う国際会議。サラヤは日本に籍を置く企業として初めて参加した。
さっそくゾウの生息環境の保全とアブラヤシの持続可能な生産を具体化する「緑の回廊計画」を、RSPOに提案した。
ボルネオ島のキナバタンガン川沿岸で、野生生物が生息するために最低限必要な沿岸の開墾地を森に再生し、分断された熱帯雨林をひとつにする計画だ。
一度は地主などの猛反対で計画は頓挫しかかった。
しかしサラヤは諦めなかった。
200億はかかると試算された計画実行のため、賛同する企業や団体などの力を結集することにした。
ボルネオ島のサバ州の野生動物局の職員や研究者などの協力を得て、2006年9月に「ボルネオ保全トラスト」を設立。10月にはNGOとして州政府から認定を受けた。
サラヤのこうした取り組みは、同じ番組で再び取り上げられた。
それは、批判を受け止め、パーム油を利用する企業としての責任を果たすため行動に移したからに他ならない。
社会貢献をビジネスにする
またサラヤは、ヤシノミ洗剤やその関連商品の売り上げの1%をこのボルネオ保全トラストの活動支援金に充てることを決めた。
こうしたマーケティング手法は「コーズ・リレイテッド・マーケティング」と呼ばれる。
自社の商品やサービスの購入を通して、社会貢献活動につながることを顧客に訴求し、売り上げを上げていくマーケティング手法のことで、Volvicの「1L for 10L」(終了)などが当てはまる。
「たった1%と思われるかもしれないのですが、特にうちのような非上場かつ中堅企業にとって、その負担はとても大きい。社内でも反対の声がいくつもあがりました」
しかしサラヤは、新ブランド「ハッピーエレファント」や「ココバーム」も誕生させ、その売り上げも徐々に拡大していった。
なぜこういった大胆な企業改革が可能なのか。
非上場のため動きやすいことも理由の一つ。そして何より、創業当時から社会課題の解決とビジネスを結びつけてきた企業理念があったからだという。
終戦後に開発したのは伝染病予防を目的にした石鹼液。ヤシノミ洗剤ももともとは排水の汚染を防ぐのが目的だった。
事実、コーズ・リレイテッド・マーケティングを始めて以降も、業績は非公開ながら右肩上がりなのだという。
「環境などへの取り組みをすることで、消費者に選んでいただいている、という意識です」
大企業を変えるのは、消費者の声
パーム油を使用しているのは、85%が食品業界だと言われている。
しかし、肝心の日本の大手食品企業はRSPOにほとんど加盟していない。
「理由の一つとして考えられるのは、消費者が多くの食品にパーム油が使われていることを知らないというのが挙げられると思います。
パーム油は加工して使用されることがほとんどのため、食品の原材料の表示では『植物油脂』や『植物性油』と記載されてしまうのです」
食品以外にも洗剤や歯磨き粉、化粧品などに使用されるパーム油も含めると、日本人のパーム油の年間消費量は5キロとも言われている。
もはや「知らない」では済まされない。
「2015年にSDGsが採択されてから、株主の見る目は変わりました。上場企業も変革を起こすことは可能なはず。何より、企業を動かす1番の力は消費者の声。お客さんから関心を持って、『本当に大丈夫なんですか』と聞いて企業を動かして欲しい」。
批判が殺到する炎上を受け止め、前向きなアクションへつなげること。それは他の会社にもできるはず。廣岡さんは、そう語った。