ジェンダーギャップが大きい国として知られる日本。課題は山積みのはずなのに、「もう女性差別はない」「管理職や政治家に女性をと言うが、女性たち自身がなりたがらない」「うちの会社にジェンダー不平等はない」などの言説に直面したことがある人は少なくないはず。
日本の中でも、さらに地域ごとに焦点を当てると、都道府県別に特有の課題があることがわかってきます。
今回お話を伺ったのは、公益財団法人さっぽろ青少年女性活動協会で札幌市男女共同参画センターの運営や女性の支援などを行う3人。賃金格差、非正規雇用の多さ、DV被害、貧困など、数々の課題と向き合い女性たちを支援しながら、根底には「社会構造そのものを変えなければ」という強い課題意識があります。
札幌でジェンダー平等を目指し奮闘する3人の声から、現在の日本社会の問題を見つめ、それを乗り越えるための希望を探ります。
都道府県別ジェンダーギャップ指数で最低レベル? 北海道の事情とは
実は、2022年から発表されている都道府県別ジェンダーギャップ指数で、北海道は2024年の順位が「行政」「教育」「経済」が47位で全国最下位(※1)。この背景にはどんな問題があるのでしょうか?
さっぽろ青少年女性活動協会・係長の菅原亜都子さんは、「要因は明確には分かっていないのですが」と前置きした上で、興味深い事情を教えてくれました。
「北海道は家父長制の影響などが比較的弱いと考えられているにも関わらず全国で最低レベルなのは、『距離』の問題も一つにあるかもしれません」
北海道では隣町に行くのもかなりの移動距離になってしまい、道内企業や道庁の転勤には転居が伴います。専業主婦のパートナーがいないと働き続けられないような構造があると菅原さんは指摘します。
「また、一度は東京に働きに出た女性たちが『子育ては北海道でしたい』と思っても、今ほどやりがいのある仕事がない、給与が低い、とUターンを渋る事例を何度も見てきました」
札幌市にはすすきのというアイコニックな街もあり、第三次産業が盛んで仕事はたくさんあるものの、女性たちが長期的なキャリアを築ける職場の選択肢は少なく、非正規の割合も高いのが現状です。
「でも、ある調査では『そんなに生活に困っていない』という回答が多かったりするんです。自然が厳しいせいで適応力があるのか、官依存・中央依存の体質があるのか……いろんな要因があると思うのですが、なかなか自ら声をあげたり怒りを表さない傾向を感じています」
「ガラスの天井」「ベタつく床」というアプローチ
札幌市男女共同参画センターのお話で興味深かったのが、「ガラスの天井 / ベタつく床」という2つのフレームワークの存在です。
ガラスの天井は言わずもがな、女性の活躍を阻む見えない障壁のこと。そして「ベタつく床」は、貧困や暴力など、女性たちが抱えるさまざまな困難のことを指します。
菅原さんは「男女共同参画センターは、リーダー育成などのエンパワメントと、困難を抱えている女性たちの支援を両輪で担わなければならない」と語ります。
ガラスの天井を打破する目的で、札幌市男女共同参画センターはビジネス分野での女性たちのキャリア支援を行なっています。この分野を統括するのが主任の阿部更さん。「現在の社会構造を変えるためには、意思決定層の女性を増やすことがとにかく大切」と語ります。
「以前、センター内に設置しているコワーキングスペースの利用者さんにスタートアップ支援の話をしたら、『自分とは違う世界の話みたい』とおっしゃったんです。でも、別の機会でスタートアップの事業報告をする女性の話を聞いていたら、『自分にもできるかもしれない』と考えが変わったのが印象に残っています。女性たちがどんどん前向きになって自分の夢を形にしていく様子を見ることができるのは、本当に嬉しい。自分の可能性を低く可能性に蓋をしないで、というメッセージをセンターから発信し続けなければならないと思います」
困難の要因は、複雑に絡み合っている
そして一方、「ベタつく床」へのアプローチとしては、若年女性を支援する窓口の設置や自立支援、食料や生理用品の配布、居場所サロンの提供などがあります。この分野の主任、橋本彩加さんは、若年女性支援事業の発端となった2019年のある事件のことを教えてくれました。
「札幌で2歳の女の子が衰弱死する事件がありました。逮捕された母親が、さまざまな困難を抱え子育てで孤立していたことがわかったんです。公的な相談機関の重要性が再認識されました」
若年女性の支援だけでなく女性の相談窓口は複数持っており、ニーズやターゲットごとに細かく網目を張り巡らせています。
「相談してくれる方たちの困難は、精神疾患や、虐待ほか過去の辛い経験など、たくさんの要因が絡み合っているのが特徴です。自分の直面している課題が多すぎて、どこに相談したらいいのかわからない、と迷われている方も多い。その最初の窓口になって、問題を解きほぐすお手伝いをさせていただいています」
「縦割り」支援の間を埋めるように、さまざまな方法で
お話を聞いていると、ソフト面からハード面まで多岐にわる事業を展開していることがわかります。菅原さんは、札幌市男女共同参画センターの特徴を二つ教えてくれました。
「一つは、事業の多様さです。行政の対応はどうしてもセクションごとの支援になってしまうので、その支援からこぼれ落ちてしまう人たちになんとか届けたいと、さまざまな方法を模索し実行しています」
「二つ目は、ビジネス部門に強いこと。例えば経済産業省の事業などを男女共同参画センターの運営者が関わっていく、という事は重要でしょう。経済分野での男女格差はこの国の大きな課題ですから、男女共同参画センターがビジネスの支援に弱いのは致命的です。阿部さんが『自分とは違う世界の話みたい』という利用者さんの言葉を紹介されていましたが、私は、アクセシビリティの問題でしかないと思っています。東京の男性ならばすぐにアクセスできる情報やコミュニティに、地方の女性は大変な労力と時間をかけなければ手が届かないんです」
「うちの会社は男女平等」伝わらないジレンマ
「ガラスの天井」も「ベタつく床」も、具体的なアプローチは異なりますが、問題の根本にあるのは同じ社会構造の歪み。阿部さん、橋本さんはそれぞれ、働く中で感じるジレンマを教えてくれました。
阿部さんは、女性のリーダー養成研修で出会う経営者や管理職の男性たちが「ジェンダー不平等が社内にあるということを自覚していないことが多い」と表情を曇らせます。
「自分達が若かった頃よりは断然良くなっているし、うちの会社は男女平等、という声を何度も聞きました」
橋本さんも、事業の取材を受けたり、講演会をしたりする中でギャップを感じることがあるそう。
「困難を抱える女性たちの話をすると、『甘えているだけじゃないのか』と言われてしまうことがあるんです。目の前の女性たちを支援すると同時に、社会を変える働きかけもしなければならない。その狭間で葛藤があります」
「女性たち自身が管理職になりたがらない」は本当なのか?
2人が吐露する言葉から、ジェンダー不平等という社会の問題がいかに女性たちの「個人の頑張りの問題」にすり替えられているかがわかります。
企業の管理職や政治家の女性比率が低いのは、「女性自身がやりたがらないから」という言葉もよく聞きます。しかし、「女性は管理職になりたくないんじゃなくて、今のあなたたちのような管理職になりたくないだけです、と言いたいです」と菅原さん。
「社会が女性を必要としているんですよね。だったら今の労働環境や、選挙のやり方を変えていくべきです。道内では今、江別市や浦幌町は女性の議員が増えていて、そういう地域はやっぱり活気がある。浦幌町は2019年〜2021年の3年連続で20代の流入超過です。街の人口減少や持続可能性が不安なら、自治体はまずジェンダー不平等の解消に取り組むべきです」
人と人で繋がることができれば
自治体という単位だからこそできる、こまやかな支援を担う札幌市男女共同参画センター。2024年からは「ジェンダーベースドプラットフォーム構築事業」に挑みます。
菅原さんは、「何か問題が起きてから、対処療法で個別の事業化する構造を脱したい」と語りました。
構想しているのは、行政、企業、大学などの研究機関、メディア、たくさんのセクターを巻き込み、みんなで学んで問題を解決していくプラットフォームづくりです。
「2015年のSDGs採択以降、環境問題に取り組む人たちと交流が増え、私は環境問題に対する認識が変わりましたし、彼ら、彼女らも『ジェンダーの話を聞いた時に菅原さんの顔が頭に浮かぶようになった』と言ってくれるんです。人と人とで繋がり、ジェンダーの思い込みを少しずつ解消することが地域から着実にできれば、社会構造の変革に一石を投じられるのかな、と思っています」
(※1) 都道府県版ジェンダー・ギャップ指数(地域からジェンダー平等研究会・共同通信社が作成)
(取材&文・清藤千秋 編集・磯本美穂)