参院選挙期間中の7月15日に、JR札幌駅前であった安倍晋三首相の街頭演説にヤジを飛ばした市民が警察官に取り押さえられ、現場から排除されたと、朝日新聞など複数の報道機関が報じた。
「安倍やめろ、帰れ」などと連呼した男性と、駅前の別の場所で「増税反対」と叫んだ女性が複数の警察官に体をつかまれるなどして移動させられたという。
また、8月24日に、埼玉県知事選の応援演説をしていた柴山昌彦文部科学相に対し、大学入学共通テストに反対するやじを飛ばした男性が県警に取り押さえられる事案があったと共同通信などが報じた。
柴山氏は27日の記者会見でこの事案について、「表現の自由は最大限保証されなければいけないということは当然なんですけれども、主権者の権利として、選挙活動の円滑ですとか自由も非常に重要な権利だと思います。当該演説会に集まっておられた方々は、候補者あるいは応援弁士の発言をしっかりと聞きたいと思って来られているわけです」「(演説会場で大声を出すことは)権利として保障されているとは言えないのではないか」などと発言した。
札幌で排除をされた男性がハフポストの取材に応じ、当時の状況を振り返った。
警察側から繰り返し「迷惑」と伝えられた男性は、日本社会に根付く「表現の不自由」についてこう語る。
「『人に迷惑をかけるな』というのを、とにかく教えこまれてきている」
■「安倍やめろ」と声をあげると
札幌市在住のソーシャルワーカー大杉雅栄さんはこの日、友人2人と一緒に札幌駅前の街頭演説会場を訪れた。安倍首相は自民党公認候補の応援演説に来ていた。
日頃、政権運営に疑問を持っていた大杉さんは、安倍首相に直接抗議ができる機会だと考えていた。通りの反対側に選挙カーが見える位置から、安倍首相の演説中に、1人で「安倍やめろ」などと声をあげた。拡声器などは使っていない。
大杉さんによると、ヤジを飛ばすとすぐに複数の制服警官や私服警官とみられる人たちに囲まれ、腕をつかまれるなどして、選挙カーから離れる方向へと連れていかれたという。
警察官に囲まれ問答を繰り返すなどした後、タクシーで札幌三越前の別の街頭演説会場に移動した。
そこで再び、安倍首相の演説中にヤジを飛ばすと、スーツ姿の警察官とみられる男性3人ほどに腕をつかまれるなどし、離れた場所まで連れていかれ、問答となったという。
後者の演説現場で大杉さんが移動させられたとする距離を私が歩いてみると、76歩分あった。
■警察官「罪じゃないけど、迷惑でしょ」
大杉さんは、警察官に演説場所から引き離され、囲まれた際、制止の根拠について繰り返し尋ねた。
そのやりとりを友人の大学院生桐島さと子さんが録画していた。制服警官が白い手袋をはめた手でレンズを隠そうとする場面もあったが、大杉さんを取り囲む警察官らからは以下の説明などがされているのを確認できた。
「危ないことをするんだったら事前に私たちは止めないと」
「選挙の自由を妨害するようなことになっちゃう」
「うちらを困らせないよねというお願い」
「罪じゃないけど、迷惑でしょ」
「周りに迷惑かけてますから」
「静かに聞いてる人がいる」
「時と場所を考えなさい」
「『やめろ』っていう声でびっくりする人いるかもしれない」という私服警官とみられるイヤホンをつけた男性に、大杉さんが「『びっくりさせる罪(ざい)』じゃないでしょ?」と問い返すと、男性が「びっくりして、死んじゃうかもしれない」と答える場面も映っていた。
このような説明を受けた大杉さんは「(警察にとって)理屈はなんでもよくて、とにかくやめさせるというゴールにたどりつけばいいのだと感じました」と振り返る。
■抗議行動は「迷惑」なのか?
ヤジを飛ばす大杉さんが警察官に移動させられる動画はSNSで拡散された。一部の新聞やテレビなども取り上げ、大杉さんの行動は選挙妨害にはあたらないなどとする刑法の専門家や弁護士らによる説明を紹介しながら、警察の対応を疑問視した。
ただ、大杉さんはある観点から、「『ヤジを飛ばすのは違法行為ではない』という議論をどこまでしても、しっくりこない人は少なからずいるだろう」と感じていると話す。
「『でも、人が話してるのに邪魔したらいけないんじゃない?』『聞きたい人がいるんじゃない?』と、つまり『迷惑』の議論になる」
実際に大杉さんの行動について、「迷惑」だと指摘する声はSNS上でも出ている。警察官に囲まれた際も、その言葉を聞かされた。
「秩序に亀裂を入れることは『迷惑』ということで排除される。政治的な抗議行動や主張を『迷惑行為』として処理することで、あらかじめコンフリクト(争い、対立)が起きる元になるものを排除している。今回のことは分かりやすい形だったけれど、本当はもっと目に見えないところで黙らされている人が山ほどいると思います」
そして、「抽象的な言い方をすると、日本人の身体感覚の問題だと思っています」という表現を使いながら、自身の考えをこう語った。
「『迷惑だ』という議論はすごい根深いです。『人に迷惑をかけるな』というのを、(日本では)とにかく教えこまれてきている。自分の身体をいかに人の邪魔にならないようにするかという論理を内面化している社会において、『違法じゃないんだ』『権利なんだ』というのは重要な議論だけど、上滑りしている部分もあると思うんですよ」
大杉さんは言論や表現の自由を語る時に、日本人が内面化した「迷惑」や「マナー」へのとらえ方について考えることも重要ではないかと問いかける。
「身体レベルのところで、『規制』のための『決まり』が埋め込まれている。そのことが、表現の不自由の本質であるという風に考えています」
■道警「トラブル防止のための観点から措置を講じた」
北海道警察はハフポストの取材に対し、「現場でのトラブル防止のための観点から措置を講じたものでありますが、札幌地検に告発状が提出されたものと承知しており、これ以上のお答えは差し控えさせていただきます」と回答した。
朝日新聞によると、この問題をめぐっては、東京都の男性が7月19日付で札幌地検に告発状を提出しているという。
UPDATE:2019/08/28 14:30 北海道警察から取材への回答があったため、道警の回答を加筆しました。