同性パートナーを殺害された男性が、同性であることを理由に「遺族給付金」を支給されないのは違法だとして不支給取り消しを求めていた裁判で、名古屋地裁の角谷昌毅裁判長は6月4日、請求を棄却する判決を言い渡した。
裁判でポイントになったのは、長年生活をともにした同性パートナーが「内縁関係」に当たるかどうかだったが、裁判所は「同性カップルには内縁関係は認められない」という判断を示した。
判決の後、SNSには「差別的な判断ではないか」「異性同士なら事実婚でもいいのに、なぜ同性カップルはダメなのか」といった怒りや疑問、さらに「私たちはいつまで否定されなければいけないのか」という悲しみの声が投稿された。
裁判を担当した弁護士らは4日夜、オンライン報告会を開いて「司法の役割を放棄した判決だ」と指摘した。
どんな裁判だったのか
給付金の支給を求めて愛知県を訴えていたのは、名古屋市に住む内山靖英さんだ。内山さんは2014年、20年以上生活をともにしたパートナーを殺害された。
内山さんとパートナーは、一緒に親の介護をするなど夫婦同様の生活を送ってきた。
しかし2016年に内山さんが遺族給付金の申請をした際、県公安委員会はふたりが男性同士であることを理由に給付を認めなかった。
遺族給付金の支給対象には「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」と書かれており、婚姻届を提出していない内縁関係のパートナーも含まれることが明示されている。
内山さんは婚姻したカップル同様の生活を送っていたにも関わらず、「男性同士」という一点において支給が認められなかった。
「社会通念」での判断は人権の砦としての役割の放棄
裁判で争点になったのは、「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に同性同士が含まれるかだった、と内山さんの代理人を務める堀江哲史弁護士は説明する。
判決で、裁判所は「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当するためには「同性間の共同生活が、婚姻関係と同じとみなすだけの社会通念が形成されていなければいけない」と指摘。
支給されなかった2017年当時、「同性間の共同生活を婚姻関係と同じとみなすだけの社会通念は形成されていなかった」として、訴えを退けた。
裁判所が判断の基準にした「社会通念」とは、社会一般の人たちがどう考えているかということだ。
性的マイノリティである同性愛者の法的保護について争った今回の裁判で、裁判所が「社会通念」を基準にしたことについて、「人権の最後の砦としての役割を放棄している」と寺原真希子弁護士は、強く非難する。
「国会は多数決で物事が決まるため、マイノリティの意見が通りにくく、それを踏まえて裁判所というものがあります」
「そのため、裁判所は少数者の人権の最後の砦と言われていて、一般の感覚がどんなものであっても正しいものは正しい、違うものは違うと判断する場所です。それなのに『社会通念』を前面に出していては多数決と変わらない、司法の役割を放棄していると思いました」
寺原弁護士はまた、判決は「同性カップルの内縁関係を社会一般は認められないと思っている、だから認めない」という判断になり、差別と偏見がある状況を是認していることにもなる、と警鐘をならす。
宇都宮地裁の判決との違いはなんなのか
同性カップルの内縁関係が認められるかどうかについては、2019年に宇都宮地裁が「同性間でも内縁が成立する」とする判決を下し、同性カップル間で不貞行為があった場合に、異性間の内縁関係と同様の権利が認められるとした。東京高裁も2020年に、その判決を支持している。
堀江弁護士はこの裁判で内縁関係が認められたのであれば、「社会的・経済的弱者の救済のためにある社会立法である犯罪被害者等給付金は、むしろ給付が認められやすいと思っていた」と話す。
「社会立法という分野はそもそも、内縁関係というものを広く解釈してきました。だから宇都宮の判決が出た時に、社会立法である犯罪被害給付制度の方がより法的保護が認められやすいはずだと思いました」
「なので、社会立法という性質を考えれば、今回の請求棄却はなおのこと、不合理ではないかと思います」
今回の裁判では裁判所が「税金を財源にする以上、支給の範囲は社会通念によって決めるのが合理的だ」という判断も示した。
このことについて寺原弁護士は「税金をマジョリティだけに使うとも受け取れる、恥ずべき考え方」だと指摘する。
「今回の判決は、税金でできている制度である以上、国民の社会通念で保護の範囲を決めなければいけないという考えを示しています」
「しかし(原告の方も)税金を払っています。マイノリティの方々も税金を払っています。今回の判決は言い換えると、みんなで払っている税金を、マジョリティのためだけに使うということですよね」
原告は控訴する予定
NHKによると、今回の判決について愛知県警察本部は「主張が認められたと理解している」とコメントしている。
しかし原告らは、すでに控訴する意思を固めている。「今回の判決には何より原告のご本人がショックを受けていて、控訴する決意をされています」と堀江弁護士は話す。
寺原弁護士は、今回の判決は給付金が支給されるかどうかだけではなく個人の尊厳の問題だと語る。
「判決はセクシュアルマイノリティを、県や国や裁判所が保護しなくてもいい人たちだと拒絶した風にも見えます」
「マジョリティ、マイノリティ、セクシュアリティに関わらず、すべての人がきちんと包摂される社会であるべきです」
また、内縁関係が認められない根本には、同性カップルが婚姻できない問題があり、同性婚の実現も必要だと訴えた。
堀江弁護士も、裁判所が性的マイノリティの人たちを堂々と差別したままで終わらせてはいけないと語る。
「原告の方は、20年以上一緒に生活をしてきたパートナーとの関係が否定された判決に悔しさを感じていました。(今後の裁判で)そこを伝えていきたい」
「性的少数者に対する差別を、裁判所が堂々としてはいけない、このまま終わらせてはいけないと思うので、控訴してきちんとした判断をしてもらいたいと思っています」