働き方改革を推進しなければならない本当の理由はどこにあるのでしょうか。そしてどうすれば実現できるのでしょうか。
会社員でありながら世界一周リモートワークに挑戦した伊佐知美さんが、ライフネット生命保険創業者の出口治明さんに聞きました。日本は毎年貧しくなる。働き方改革を進める理由、生産性を上げなければならないワケ
伊佐:こんにちは! 今日は「働き方改革」と「女性活躍」について、個人的に思うことも含めていろいろ伺えたらと思います。
出口:どうぞ、何でも聞いてください。
伊佐:ありがとうございます。ずっと気になっているものの、答えがわからないことがいっぱいあるんです。
出口:みなさん、きっとあれこれと難しく考えすぎるのかもしれませんね。「働き方改革」も「女性活躍」も、必要な理由はとてもシンプルですよ。
伊佐:ぜひ、教えてください!
出口:最初に、全体像を見てみましょうか。今、日本は世界で一番高齢化が進んでいるでしょう。すると、何もしなくても、1年が過ぎると一歳年を取るので、社会がどんどん貧乏になっていくんです。
伊佐:高齢化社会だと、国が貧乏になる?
出口:国の予算だけで考えても、介護・医療・年金などで、対前年比5000億円以上のコストが毎年プラスして必要になります。しかも高齢化に伴い毎年その額は大きくなっていく。この分を取り戻さなければ、日本は貧しくなっていくしかないんです。
伊佐:も、ものすごい金額ですね......。
出口:この分を取り戻そうと思ったら、GDPを上げるしかありません。GDPは「人口×生産性」。人口は簡単には増えない。むしろ減っていく。そうすると生産性を上げるしかないでしょう?
つまり、われわれの前にあるのは「みんなで貧乏になる」か「生産性を上げる」かの二択なんです。
伊佐:へぇ! すごくシンプルですね。
出口:ところが日本の(労働)生産性は、OECD加盟35カ国のうち22位(2015年)。G7では、もう24年も連続して最下位です。
日本人は年間平均2,000時間も働いています。それでも、この3年間の経済成長率は1%ありません。
ヨーロッパの人は年間平均1,500時間以下しか働きません。それでも日本の倍くらい経済は成長しているんです。
伊佐:いかに日本の生産性が低いか、ですね。
自由に働き、きっちり成果を出す社員を職場や上司は本当に評価するのか
出口:伊佐さんは編集者やライターとして活動されているんですね。僕が「生産性」について話をするときによく使う例で、2人の書籍編集者の話があるんですよ。
出口治明(でぐち・はるあき)さん。ライフネット生命保険株式会社・創業者。1948年三重県生まれ。72年日本生命に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。2008年、戦後初の独立系生保会社として同社を開業、社長に就任。13年から会長。17年6月に退任。
出口:Aさんは、朝8時から夜10時まで働いて、昼食もデスクでサンドイッチを食べている。でも机にしがみついているのでアイデアが煮詰まって、あまりおもしろい本が作れない。
一方、Bさんは朝10時に会社に来る。誰かと喋っていると思ったら、そのまま昼食に行ってしまう。夕方6時には帰って飲みに行く。でもいろんな人に会って、刺激やアドバイスを受けているので、ベストセラーを年に何冊か出す。
AさんとBさん、どちらが評価されますか?
伊佐:生産性の高いBさんであってほしい......ですが、Aさんが評価される職場も日本にはまだまだたくさんある気がします。
出口:そう、本来はBさんが評価されるべきなんです。「成果を上げたら給与をもらう」。世界の常識です。
生産性を評価されていないと思ったら、進言すべし。1人で言えない時は、まずは社内に仲間を作ることから
伊佐:昔はデスクに座っているのが善とされている時代があったのかもしれません。でも、「会社のデスクに座っているのが仕事じゃない、成果を出してこそだ」と思っている人は、今の時代、たくさんいると思うんですよ。
出口:思ってはいるけれど、そういう働き方ができない人がいるということですよね。
伊佐:それはやっぱり、会社や上司の評価が気になるからですかね。
生産性を高めるための気分転換に散歩や昼寝をしようと思っても、上司の目が気になったり、「職場の風紀を乱している」なんて注意を受けたりすることもあると聞いたことがあります。
伊佐知美(いさ・ともみ)さん。灯台もと暮らし編集長、ライター、フォトグラファー。1986年新潟県生まれ。横浜市立大学卒。三井住友VISAカード、講談社勤務を経てWaseiに入社。「灯台もと暮らし」を立ち上げ編集長を務める。2016年は世界一周しながらのリモートワークに挑戦。これまで国内47都道府県・海外40カ国を旅した経験をもつ。著書に『移住女子』(新潮社)。
伊佐:たとえ結果を出していても、給与査定などで「職務態度が悪い」なんて評価されるんじゃないかと思うと、なかなかBさんのように働けない人が多いんじゃないでしょうか。
私の実体験を省みても、やはり「早く来て遅く帰る方が頑張ってる」みたいな風潮は根強く残っていると感じます。そういう働き方も、評価につながる「頑張ってるアピール」のうち、というか。
出口:もし「生産性を評価されていない」と思ったら、どんどん進言すべきですよ。誰だって、言われなきゃわからないのです。
変化の激しい時代ですから、今までと仕事のやり方を変えたいと思ったら「こんな評価の仕方はおかしいですよ」と伝えればいいんです。
伊佐:大賛成です。私もどんどん伝えたい。
でも、出口さん。やっぱり雇用されている身で「ここを変えたほうがいい」と自分から言い出すのは、一般的にはなかなかハードルが高いのではないでしょうか?
「面倒な人だ」と思われてそれこそ評価が下がったり、組織の中で孤立してしまう可能性もあるとかないとか。
出口:もし不安だったら、まず社内で仲間を見つけましょう。1人では進言できないことでも、何人か集まれば強いですから。同志になるような人がいないか、まわりをよく見まわしてみてください。
伊佐:たしかに、同僚の働き方、生産性についての考え方を聞いてみるのはよさそうです。みんな、言わないだけで意外と同じ悩みを抱えているかもしれないですし。
「残業が多く見えるけど、本当は優秀すぎて仕事が集中しているだけで、生産性がすごく高い人なんだな」とか、「あの人、トイレや喫煙ルームに行きすぎ!と思っていたけれど、実は気分転換の仕方がうまいのね」とか、いろいろ発見があるかもしれませんね。
「会社を辞める人」が社会を成長させる。長時間労働による達成感は脳の錯覚
伊佐:そういえば、会社に働き方改革の進言をするときに、知っておいた方がいいことってありますか?
出口:おじさん世代からよく聞くのが、「若いころに徹夜をして、長時間働いて仕事を覚えていくのは、ものすごく達成感がある」という話ですね。
伊佐:働き方についての意識の違いですね。そう言われたら、どう切り返せばよいのでしょうか。
出口:これは現代の科学で、すでに解明されています。長時間労働をやって脳が疲れたときには、人間は脳を守るためにモルヒネのようなホルモンを出すんです。人間はそれを達成感と勘違いする。単なるホルモンによる錯覚なんです。
伊佐:......! あまりにもつらいことだから、脳が自衛するんですね。
出口:なので、上司には「疲れた脳みそでどんなに頑張ってもミスが増えて効率が悪くなるだけです」とはっきり言いましょう。仕事するだけでくたくたになっていたら、勉強する時間も取れませんよ。
伊佐:もし、上司や社長に話しても、何も変わらなかったらどうすればいいですかね。
出口:その職場を見限るしかないですね。そういう古い体質の企業は退場していくのが市場のメカニズムです。社員が見限ってどんどん転職すれば、自然に淘汰されますよ。
伊佐:確かに友人、知人の中でも、大手企業から転職したっていう人が何人もいます。
出口:いいですね、それが続けば世の中が良くなりますよ。躊躇せずに転職サイトにどんどん登録して、広い世界を自分の目で見たらいいんです。
戦後の日本が、なぜあれだけ高度成長できたのか。地方の農村から、都会に出てくる「集団就職」......労働の流動性の高まりが、その原動力になったんです。トヨタや松下(現・パナソニック)の生産性は、農業に比べればはるかに高かったので。
伊佐:人が移動しやすい社会は、人も社会も成長しやすい社会なんですね。
出口:どんどん辞めて、古い体質のところから新しい成長分野に人が流れていかないと。集団就職と同じぐらい思い切った人の移動がない限り、日本は成長しない。だから自分の気持ちに正直になってもっと自由に辞めていいんです。幸いにも労働力不足という好環境ですから。
伊佐:辞めていい! 20代で3社を経験した私にとって、とても心強い言葉です。
たった1人でも社会は変えられる。イノベーションが生まれるのは楽しい職場
伊佐:出口さんの話を聞いて、働きやすいように自ら動いていい、苦しいだけの会社ならガマンしなくてもいいよってたくさんの人に伝えたいと思いました。
出口:だって、イノベーションは楽しい職場から生まれるんですから。考えてみてください。毎朝、会社に行くのが憂鬱な人だらけの職場と、会社に行くのが楽しみで仕方がない人だらけの職場、どちらがイノベーションを起こせると思いますか?
伊佐:楽しいほうです!
出口:職場が楽しくないとアイデアなんか生まれない。アイデアが出なければ生産性は低いまま。イノベーションも起こせるはずがない。それが世界中で出ている答えです。
出口:さっき「まずは仲間を見つけてみたら」と言ったのですが、本当は、たった1人でも社会は変えられるんですよ。
伊佐:「たった1人でも、社会は変えられる」? そうかもしれませんが、勇気が必要そうです。
出口:どうしても行動が起こせず怖いという人には、小林せかいさんの『やりたいことがある人は未来食堂に来てください』(祥伝社)の一節を送りましょう。
環境が、あなたの行動にブレーキをかけるのではありません。あなたの行動にブレーキをかけるのは、ただひとつ、あなたの心だけなのです。
伊佐:本当に......その通りですね。ハッとしました。
後編に続きます。
文:玉寄麻衣 編集:田島里奈/ノオト 撮影:栃久保誠