『Q〜こどものための哲学』はEテレで放送されている子ども向け番組で、小学3年生の少年Qくんとぬいぐるみのチッチが対話しながら、日常生活で感じた疑問の答えを模索する人形劇。小学校中学年が対象で、教育分野で注目を集める“アクティブ・ラーニング”に必要な「思考力」や「対話力」を育てることが狙いだ。
「ふつうってどういうこと?」や「そもそも自分らしさって何?」、「お金で本当に幸せになれる?」など、大人でも答えを見つけられずにいるようなテーマが並ぶ。
こうした難しいお題に、対話形式でアプローチしていくというチャレンジングな試みの脚本家として抜擢されたのが、古沢良太さん。長澤まさみ、東出昌大らが出演した月9ドラマ『コンフィデンスマンJP』や大ヒットシリーズ『リーガル・ハイ』などを手がけ、いまドラマ・映画業界において名前で人を呼べる数少ないクリエイターの1人だ。
同番組はテーマごとに本にもまとめられていて、そのなかの1冊『Q〜こどものための哲学 なんで勉強しなきゃいけないの?』を、小学校4年生になる息子のクラスの「読み聞かせ」の時間に読んでみた。
以下は、その時の様子だ。
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Qくん「あー、ゲームやりたいなあ、テレビ見たいなあ、
ぼくにはやりたいことがいっぱいあるのに、それなのに
いつもお母さんは、『さきに勉強しなさい!』『もっと勉強しなさい!』
『勉強してから勉強しなさい!』もう勉強ばっかりじゃないかー!
てか、そもそもさ、いったいなんで勉強なんかしなきゃいけないのさ!
なんでさ! なんでなのさー!」
(そうだ、そうだー、ゲームの方がいい! いや、勉強しなきゃだめでしょ。 勉強、マジつまんないし。)
チッチ「なんで、勉強しなきゃいけないんだーって思ったのかな?」
Qくん「えー、だって、ぼくは勉強がきらいだから」
(おれもおれもー。 勉強が好きな子どもなんているわけないし。)
チッチ「じゃなんで、勉強がきらいなんだろう?」
Qくん「えー、なんで勉強がきらいかって、そりゃ、つまらないからさ」
チッチ「じゃなんで、つまらないんだろう?」
(……。)
『Q〜こどものための哲学 なんで勉強しなきゃいけないの?』より抜粋
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カッコの中は子どもたちの反応だ。テーマがテーマゆえ、最初はみんな好き勝手に自分の思いを口にして盛り上がっていたが、読み進めるうちに、子どもたちは面白いくらいどんどん引き込まれていった。
実生活では10歳の息子さんと7歳の娘さんの父親である古沢さんだが、子ども向け番組の脚本を手がけるのは『Q〜こどものための哲学』が初めて。そもそもなぜ子ども向けコンテンツの脚本を引き受けようと思ったのか、子ども向けだからこその難しさや、作品を通して子どもたちに伝えたいことなど、話を聞いた。
━━子ども向け作品の脚本を手がけるのは初めてだそうですが、引き受けようと思われた理由は?
『Q〜こどものための哲学』のプロデューサーは、NHKの佐藤正和さんという方で、『デザインあ』や『シャキーン!』『ピタゴラスイッチ』など、数々の面白い番組を手がけてこられた優秀なプロデューサーなんですね。
その佐藤さんから、「子どものための哲学番組をつくりたい」という相談を受けて、日本ではあまり見ない「子ども×哲学」という組み合わせの面白さにひかれて、引き受けました。
当初は、哲学のようなものは1人で思考するものだから、Qくん1人が考えながら進行するスタイルでスタートしました。ただ、やはり登場人物が1人だと話が広がっていかないので、ぬいぐるみを登場させて、ヒントを与えたり、話し相手になることで会話劇の面白さを取り入れました。
「面白いか、否か、以上」。子どもはつくり手にとって世界一厳しいお客さん
━━子ども向けだからこその難しさはなんでしょう。
やっぱり、子どもって世界一厳しいお客さんなんですよ。面白くなかったら見てくれないので。
この作品の軸は、身近な疑問を哲学的な手法で深掘りしていくことなのですが、その過程が笑えたり、ちょっとバカバカしかったり、子どもの目からみて面白いと思ってもらわないとダメなんです。飽きずに最後まで見てもらうことが一番難しくて、それができれば成功! という感じでしたね。そのためには、若干下ネタを入れるとか(笑)の工夫もしました。
お題、つまり、問いを選ぶのも難しかったですね。まず、子どもが分かることじゃなきゃいけない。さらに、その問いは、答え=結論が出ないものを選ぶようにしていました。結論を出さないようにしつつ、でもとりあえず、いまのところ僕はこう思う。ひょっとしたら違うかもしれないけど、この先はみんなが考えてね、というところにもっていく。
試行錯誤した末に断念したのが、「きれい(美しい、美人)って何?」というお題。「この人はきれいだとか、そうでないとか、みんな何を基準にそう思ってるんだろう」と、僕自身が疑問に感じていたんですよね。
例えば、男性だったらたくましいとか、女性だったらふくよかとか、肉体的、生殖能力的に優れているのであれば、遺伝子レベルで魅力を感じるのは分かる気がしますが、「この人は顔がきれい」とかって根拠がないじゃないですか。でもなんとなく、みんながそれを共通認識として感じている。それはなぜ? って。
美醜って、時代によっても、国や地域や文化によっても違うし、人は何をもってきれいとか、そうでないとか感じるのか? でも、そうしたことをふまえ、子どもたちに考えてもらう道筋づくりが難しかった。
そもそもそうした感覚が大人になっていく過程での刷り込みなのであれば、「きれい(美しい、美人)って何?」というお題は、子どもではなく、大人のためのQですね。
子ども向けの作品って、どうしても大人目線で「子どもにはこんな風に考えてほしい」とか「こういう子どもになってほしい」といった思いを入れがちで、そうすると道徳の教科書みたいになってしまう。哲学は真逆にあって、親や先生から言われて正しいと思い込んでいることが、実はそうじゃないかもしれないってことを、一度立ち止まって考えてくれたらいいな、というところを目指しています。
テレビっ子だった子どもの自分が楽しめるものをつくる
━━ご自身が父親になったことは、脚本を書くうえで何か影響はありますか?
ないと思う。ないなぁ。
僕って、ほかの人と比べると、子どもの頃の記憶が鮮明なんですよ。だから、自分の子どもを見ていても、行動や思考が自分のことのように分かるんです。自分もこうだったなぁって。その時の感覚を思い出すというよりは、共感に近い。
脚本を書く時に意識しているのは、ドリフターズや欽ちゃん(萩本欽一)が大好きで、アニメも片っ端から見ていた子どもの頃の自分。自分の子どものためというよりは、テレビっ子だった子どもの時の自分が楽しめるものを、つくっている気がしますね。
僕自身が大人になっていないのかもしれない(笑)、ずっと子どもの時の感覚のまま仕事しているような気がします。
面白いことに、子どもの頃は大人びてるって言われてたんですけどね(笑)。
━━そう考えると、何をもって大人になったっていうんでしょうね。
僕もよく分かりません。でも、大人って自由だなぁとは思います。
大人とはいえ人間なので、間違ったりミスしたりすることもあるんだけど、大人がそれをしてもそんなに怒られないのに、自分の子どもが同じことをすると、めちゃくちゃ怒ったりしますよね。
子どもは自分に従属している存在だと思っているから、反射的に怒ったり、怒鳴ったりしていいと思っていて、子どももそれを当たり前に受け入れると思っている。でも僕は子どもの頃、大人にそうやって怒られたりしたことを「あの時は本当は自分が悪かったわけではなく、単にあの人の機嫌が悪かっただけだ」とか、いまだに根深く覚えている。
それに、子どもって自分のペースで生活できていないから、可哀想なんですよね。食べ物だって自分が食べたい物ではなく、親が出したものを食べなきゃいけない。本当に不自由な生き物だなぁって思います。着替えなさいって言われたら、着替えなきゃいけないし、出掛けるよって言われたら、出掛けなきゃいけない。ほんと子どもの頃、不自由だったなぁって。
━━完全に子ども目線ですよね。
だから、子育てにおけるこだわりなんてとくにないですけど、例えば外出した時に、子どもが行きたい方向とは違うところに行きたがったり、あるいは立ち止まって「これ見たい!」となったら、急いでいたとしても、なるべく「わ、わかった…」って付き合うようにはしていますよ。そこで出会ったものや見たものが、これから先の彼らの人生を大きく変えるかもしれないですし。
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子どもの時の自分が感じていたモヤモヤを、そのまま作品に投影し、それがいまを生きる子どもたちに届いている。人気脚本家による“同じ目線”でつくられた稀少な子ども向けコンテンツ『Q〜こどものための哲学』は、新作の放送がスタートする。
お題は「なんで裸は恥ずかしいの?」「ウソをつくのは悪いこと?」「ともだちってたくさん必要?」など。「裸だとドキドキするから?」「ウソをつかれると悲しい気持ちになるよね」「友達は1人いればOK!」…子どもも大人も一緒に、考えてみたい。
『Q〜こどものための哲学』(Eテレ)
3月26日〜29日9時〜、31日 14時55分〜