夕飯に、寿司を食べたい夫とピザを食べたい妻。あなたがどちらかの立場だったら、相手とどう交渉するだろうか? 自分の主張を通せる自信は?
では、「世界で最も恐れられる法律事務所」の弁護士だったらどうだろうか。
ライアン・ゴールドスティンさんは、「世界で最も恐れられる法律事務所」として知られるクイン・エマニュエル・アークハート・サリバン外国法事務弁護士事務所の東京オフィス代表を務める。アップルvsサムスン訴訟にサムスンの代理人の一人として関わるなど、注目を集めた訴訟に多く携わってきた人物だ。
近著『交渉の武器 交渉プロフェッショナルの20原則』(ダイヤモンド社)では、世界中の企業とタフなネゴシエーションを繰り広げてきた経験から、ビジネスパーソンが交渉を有利に進めるための鉄則をまとめている。そのゴールドスティンさんがハフポストのネット番組「ハフトーク」(3月21日)に生出演し、日常で使える交渉術やトランプ大統領の交渉術について語った。
ゴールドスティンさんによれば、交渉とは「自分の目的を達成するための方法」だ。多くの場合、交渉のゴールを「相手と合意すること」に設定してしまっていることが、不利な交渉を強いられる要因だとゴールドスティンさんは指摘する。
「交渉のゴールは、相手を打ち負かすことでもないし、同じ意見に到達することでもない。自分の目的を達成することさえできれば、それは交渉においては“勝利”なんです」
そのために必要なのは相手をよく知ること。相手の目的は何か、どんな状況に置かれているのか。だからこそ、交渉のコミュニケーションは「話す」ことよりも「聞く」ことが大事だとゴールドスティンさんは言う。
たとえば冒頭の寿司vsピザの例の場合。仮にあなたが寿司を食べたい夫だったとしよう。
「今日は寿司を食べたいけど次の日にはピザを食べてもいいのであれば、そういう交渉もできますよね。そうすれば相手も納得するかもしれません。そして奥さんがピザを食べたいと言う本当の理由を知ることも大事です。例えばお金のことを心配しているのだとわかれば、『その代わりに1週間飲みに行くのをやめるから』という提案もできます」
とはいえ、交渉で難しいのは、相手の話を聞く前に感情がぶつかるケースもある場合だ。だが、感情を必ずしも抑える必要はない、とゴールドスティンさん。
「自分の目的は常に冷静にわかっておく必要がありますが、感情は必ずしも抑えなくてもいい。感情は自分の優先具合を伝えられる道具でもあるんです。トランプ大統領も感情をうまく使っています」
ゴールドスティンさんは、ドナルド・トランプ米大統領の交渉術をどう見るのか。
「敵を作ったり脅しすぎたりするところはかなり減点となりますが、90点ぐらいと言えそうです。決裂しながらも自分の目的は達成している。政治家として好きか嫌いかは別にして(笑)、交渉だけを見ればうまいと思います」
「交渉決裂カード」は、トランプ大統領の常套手段だ。合意が目的ではなく、自分の目的を達成することが交渉の目的であるから、「決裂」もまた長い交渉の中の一つのプロセスでしかない。
例えばトランプ大統領は2月、メキシコとの国境に壁を建設する費用を議会承認を得ずに確保するため、国家非常事態を宣言すると発表した。これは見方によっては、決裂カードを切ったとも言える。
失敗となるか成功となるかはまだわからないが、非常事態を宣言したことで交渉が全く別のフェーズに移行したことは事実だ。そこからまた話し合いが始まる可能性もあり得る。
「非常事態宣言という緊急状態を作ることで目的の真剣度を見せることができました。当然本心はわからないし、それがうまいところでもあるのですが、もしトランプ大統領が本当に壁の建設を目的としているならば、長い目で見れば、彼の目的に向かって(事態は)進んでいると言えます」
最後にもう一つ、日本のビジネスパーソン向けに、交渉の場で明日すぐに使えるアドバイスをゴールドスティンさんが教えてくれた。
それは、交渉のテーブルにつく人数を少なくすること。
「日本人は交渉の場に大勢いすぎます。誰が権限を持っているのかわかりにくいし、人数が多いと弱そうに見えるんです」
その場で決定できずに判断を留保することで、交渉力そのものが疑問視され、相手に優位なポジションに立たれてしまうのだという。
交渉は少数精鋭が鉄則。
そして合意をゴールにせず、目的を常に明確にして臨むこと。明日からのビジネスでの交渉、家庭での交渉にこうした「武器」を生かしてみてはどうだろうか。
(文:高橋有紀)
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次回のハフトークは4月4日(木)夜10時から生放送。
ジャーナリストの伊藤詩織さんをお迎えし、女性の生き方や働き方などについてトークします。
平成を振り返る“大人の再入門“番組「ハフトーク」も、平成の放送は残すところ4回となりました。