佐渡島庸平氏(後編)~モノサシがなければ才能を開花することができない~

大手出版社である講談社を飛び出し、クリエーターを独自でマネジメントして、創作活動をサポートしていくエージェント「cork」(コルク)を立ち上げた、佐渡島庸平氏。

大手出版社である講談社を飛び出し、クリエーターを独自でマネジメントして、創作活動をサポートしていくエージェント「cork」(コルク)を立ち上げた、佐渡島庸平氏。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、さまざまなヒット漫画を世に送り出してきた敏腕編集者は、どのように才能を見つけ、育ててきたのだろうか。ビジネスに役立つ心構えを聞くインタビュー後編は、数々の才能に触れてきた佐渡島氏だからこそわかる「才能がある人と、そうでない人の差」や「才能の育て方」などについて話を伺った。

佐渡島 庸平(さどしま ようへい)氏

株式会社コルク 代表取締役社長

本当に考えるためにはモノサシが必要

-佐渡島さんは、数々の作家さんの才能を見出してきました。才能がある人と、そうでない人の差はどこにあるのでしょうか?

佐渡島:前編でも話しましたが、自分でどれだけ考えられるか。そして、どれだけ努力できるか。作家に限らず、どの職業も同じだと思います。何十年の作家生活があるなか、最初の数年間における努力の仕方が違うだけで、まったく違う人間になってしまうんです。「毎日をどう過ごすか」ということを心がけるだけでも、大きな差が出てきます。そのときに必要なのは素直さです。素直さがないと情報を吸収することができませんから。下手なプライドを持つよりも、まずは言われた通りやってみる素直さが大切だと思います。

-「考える」と一口で言っても、いろいろな段階があると思います。本当に考えている人とそうでない人では、どこが違うのでしょうか?

佐渡島:ほとんどの人は、本当の意味で考えることができていないと思います。「もっと必死に考えないと」と思っているだけで、思考が深まっていない。思考を深めようとするならば、問いかけの順番が上手くいっていないと駄目だと思っています。たとえば、写真の中になにかが写っていたときに、別の比較対象が存在しないと、それが大きいのか小さいのかはわかりませんよね。モノサシがない限り、思考することができないんです。

-モノサシですか。

佐渡島:自分の考えを深めようと思ったら、モノサシになるものを見つけて比較し、思考していくしかありません。先ほど、「言われた通りやってみる素直さが大切だ」と言ったのは、「まずは言われた通りやってみて、モノサシを作らなければいけない」ということです。モノサシがなければ、考えることもできずに、右往左往してしまうだけですから。つまり、「仮説がないままものを考えても無理だよ」ということです。そして、同時に観察力も必要になります。観察力がないと、情報を吸収しようにも、人の心や世の中を正確に見ることができないからです。その観察力の基準となるのがモノサシなのです。

-モノサシは「まずは言われた通りやってみる」という経験を通して獲得していくものだと。

佐渡島:そうです。僕は作家が悩んでいるときに、すぐに電話したり、相談に乗ったりしないようにしています。新人作家の場合はモノサシが完成していないので、「こういうふうにやってみてはどうだろう」とアドバイスすることもあります。でも、モノサシが完成しているベテラン作家の場合は、他人から提供された基準が雑音になってしまう可能性がある。だから、僕がいちいち口出しするよりも、プロとして信頼して、作家に自分のモノサシとじっくり向き合う時間を持ってもらったほうがいい。そのようなシチュエーションのときに作家に電話するということは、「作家をプロとして信頼していない」ということを伝える行為なんだと思っています。ほとんどの人は、口にしたことだけがメッセージだと思っているかもしれないんですけど、「行為」自体がメッセージになってしまうことがあります。すぐに電話して相談に乗るという行為は、「あなたのことが不安だ」というメッセージになってしまうのです。そうすると、作家に「自分は不安になるような才能なんだ」と思われてしまいます。

作家に惚れ込んでもらえるエージェントに

-作品を制作することに加え、「売る」ということも重要だと思います。「売る」ということについて、どのような工夫をされているのでしょうか?

佐渡島:工夫の仕方がない時代になってきたと感じています。面白い作品を作るのも難しいのですが、知ってもらうことのほうが難しいくらい情報が溢れているのが現在です。ですから、どのように知ってもらうかという仕組みを作らなければいけないと思っていて。特に現在ではインターネットやスマートフォンが普及していますので、インターネット上で作品を発表して、多くの人に気づいてもらう仕組みが必要だと考えています。それの作り方がわからないから、現在いろいろ試しているといった感じです。漫画でも小説でも音楽でも映画でも、まずは「気づいてもらう」ことが大切になります。インターネットの情報はフロー(流れていく)と言われていますが、Facebookの「いいね!」など、ストックできる情報もありますよね。一方、リアルで本を生むこともフローと言えばフローです。これからは、どれだけ顧客リストをストックしていけるかが重要だと思います。

-そんななか、『宇宙兄弟』は1600万部以上売れています。

佐渡島:でも、まだ『ハリー・ポッター』には敵いません。僕は『宇宙兄弟』が、『ハリー・ポッター』よりも面白いと思っていますので、もっと多くの人に認知させたいですね。

-コルクとして新人を発掘していくこともあるのでしょうか?

佐渡島:もちろんです。すでに持ち込みをしてくださる新人さんもいらっしゃいます。まだマンパワーが足りないので大々的には応募はしていないんですけど、魅力的だなと思える応募の文章を書いてきてくれる方とは可能な限り会いたいと思っています。僕らも作家と長期間付き合っていくので、相性が大切なんですよ。僕らが作家の才能に惚れ込むだけではなくて、作家側も僕らと一緒にやりたいと強く思ってくれないと駄目なんです。コルクとしてどのように新人発掘していけばいいかについては、今いろいろ模索している最中です。

-コルク自体の知名度が高まれば、たくさんの新人候補に見つけてもらえるようになりそうです。

佐渡島:それもあるでしょうね。作家としてデビューして良い作品を作りたいという思いがあるのはもちろんですが、同時に才能に見合った収入を得たいという思いも当然あると思うんです。だから、大きい出版社でデビューしたいと思う新人がたくさんいる。大きい出版社の週刊コミックス誌に載れば、成功が保証されているという感じがしますから。コルクも新人をヒットさせて、大成功する事例が増えてくると、デビューの窓口としてコルクを選んでくれる新人が増えると思います。

時代が変わる分水嶺の直前を楽しく生きる

-大手出版社では、まずはインターネット上に作品を掲載した後に、紙のコミックスで刷ってヒット作を生むという流れが出てきました。やはり、収益を確保するためには、紙のコミックスに落とし込む方法が当分は主流になりそうでしょうか?

佐渡島:過渡的にはそうなると思います。しかし、いずれはデジタル上で収益をあげる仕組みができてくると思います。こういう変化は、馬車が車に変わったときと同じで、時間はかかりますが、確実に移り変わっていくものだと思っています。たとえば明治維新は、世の中の50%以上の人が「江戸幕府ではないほうがいい」と思って起きたわけではありません。ほんの一握りの人が行動して、明治維新が起こりました。それと同じように、世の中を変化させるためには過半数を動かす必要はない。頭で考えると、「ちょっとずつ変化を望む人が増えていって、過半数を超えると世の中が変わる」というふうに思ってしまいますが、これまでの歴史を振り返ってみるとそうではなく、10%くらいのところに分水嶺があるように僕は思っています。その分水嶺を超えると、雪崩のように変化していく。現在はその分水嶺の直前。だから、やっていて楽しいですよ。

-コルクの代表として、社員をマネジメントしていくうえで心がけていることはありますか?

佐渡島:人とのコミュニケーションでは、基本的に齟齬(そご)が起きるものです。世代も違えば、生まれ育った環境や価値観も違う。しかし、コミュニケーションは80%通じているだけではトラブルが起きてしまいます。99%くらい通じていなければいけないけれど、それはとても難しいことですよね。ですから、「自分の思い通りにはならないもの」という前提でマネジメントしています。僕にできることは、社員の働きやすい環境を作ることだけです。仕事はどんな立場でも他人のためにするものであり、自分が他人のためにやるから、他人も自分のためにやってくれるという関係が基本になります。

-講談社の編集者だった時代と比べて変わった部分はありますか?

佐渡島:サラリーマン時代も他人のために働いていましたが、リスクは取っていなかったように思います。サラリーマンが取っていると思っているリスクと、経営者が取らなければいけないリスクとではずいぶん違うと、やってみて感じました。僕も今のところ、まだ十分にリスクを取れていないですけれどね。かなり安全な道を歩いていますので。もっと大胆なリスクを取らなければ、世の中を変えていく仕事はできないと思っています。分水嶺に差し掛かっている時代には、運も必要です。しかし、リスクを取らなければ、運もついてきません。リスクを取っているということが前提としてあるからこそ、運を引き込めるのであり、リスクを取っていないのに運がいい人なんてどこにも存在しない。ですから、今後はもっとリスクを取って、世の中を変える仕事をしたいと思います。

-本日はありがとうございました。コルクの作る未来に期待しています。

佐渡島:こちらこそ、ありがとうございました。

(インタビュー・文=宮崎智之)

注目記事