企業における女性活躍を推進する取り組みが進む現代、性別に基づくバイアスの払拭や、ライフイベントとキャリアを天秤にかけずに働ける仕組みづくりなど、そのアプローチ方法はさまざまだ。一方で、女性が活躍する上で基盤となる「女性の健康課題」は見落とされがちだ。
朝日新聞とハフポスト日本版は2024年、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)をテーマに、新たな社会変革プロジェクト「未来を創るDEI」を発足。課題の解決策を共創する小規模対話型イベント「ラウンドテーブル」を通じて、DEIの高い壁に直面する企業の担当者とともにヒントを探ってきた。
2025年2月14日に行われた第4回ラウンドテーブルのテーマは「女性の健康とキャリア」。朝日新聞健康保険組合の保健師・西畠文江さんによる講演「職域における女性の健康課題」と、がん研有明病院の植木有紗さんによる、女性の遺伝性がんについてのトークセッション、参加者同士のグループワークを通じて、本テーマへの学びを深めた。

女性の月経回数は70年前と比較して約9倍に?!
第二次世界大戦後、日本の女性が生涯で経験する月経回数は50回前後であったのに対し、現在は450回前後まで増えている。また、当時の女性の平均寿命は54歳であったのに対し、現在では87歳となっており、約70年の間に急速に伸びている(※1)。しかし、閉経年齢の平均はわずかな上昇はあるものの大きな変化はなく、月経回数の増加の主な理由は「ライフスタイルの変化」だという。
西畠さんは「戦後の女性の多くは若いうちに結婚や出産を経験していましたが、現在は働く女性が増えるなど、ライフスタイルが多様化しました」と解説。現代における女性の健康課題について「平均寿命が劇的に伸びたので、閉経後の人生もとても長い時代です。月経回数の多い中で健康を守ること、閉経以降の健康問題に向き合うことが、女性の健康寿命やQOL維持・向上には欠かせません」と説明した。

そうした現状に対して、現代の女性たちはどう向き合っているのだろうか。朝日新聞健康保険組合加入者のレセプトデータ分析によると、月経関連疾患や更年期などへの自覚症状が約4~6割であるのに対し、受診につながっているのは、月経関連疾患では20~25%、更年期障害では5~10%と、積極的な受診を呼びかける必要がある状況だという。
西畠さんは、情報発信を通じたリテラシー向上と生理休暇を取得しやすい職場環境を作ること、そして何より、婦人科に定期的に通院する習慣作りと、それができる職場環境作りが大切だと話す。
「保健師でありながら恥ずかしい話ですが、私自身、生理が重たいのを薬で騙し騙しやっていて、あるとき救急車を呼んでほしいくらいの痛みに襲われたことをきっかけに子宮内膜症だと判明しました。子宮内膜症は未受診のまま放置すると不妊のリスクもある月経関連疾患です。生理が重いときに病院に行くのではなく、婦人科に主治医を持ち、定期的にチェックし、早期に治療を開始することが、QOLの向上や将来の選択肢を守ることにつながると思います」と実体験を交えて呼びかけた。
続いて、西畠さんは、朝日新聞健康保険組合加入者のレセプトデータ分析においてがん種類別医療費・がん種類別患者数共に最も多い乳がんについて「40歳以上の働きざかりに罹患しやすいがんです。管理職に昇進するタイミングと重なるリスクなどを考慮すると、女性活躍推進の点からも優先的に対策すべきです」と警鐘を鳴らした。
また、発がん予防において重要だというアルコールの摂取制限についても言及。特に女性は、一般的に男性と比較して体内の水分量が少なく、分解できるアルコール量も男性に比べて少ないことや、エストロゲン(女性ホルモンの一種)等のはたらきにより、アルコールの影響を受けやすいことが知られている。乳がんについても、国際的に発がんのリスクを高めるとされており、西畠さんが健康相談室マネージャーを務める朝日新聞社内でも、適正飲酒に関する情報発信に注力しているという。

プレゼンテーションの内容を受けて、朝日新聞ジェンダープロジェクト担当補佐・井原圭子さんが「実際に西畠さんのところへ乳がんの相談に来られる人の飲酒量は多い印象ですか?」と問いかけると、西畠さんは「レセプトデータと健診データを確認したところ、一定量よりも多い傾向にありました。『お酒を飲んではいけない』というわけではないのですが、適正飲酒を呼びかける情報発信は続けていく必要があるなと感じます」と回答した。
HBOCは「バッドニュースではなく個性」
イベント後半では、植木さんが「女性の遺伝性がん」をテーマに、井原さんとトークセッションを実施した。

遺伝性のがんは若年発症のケースが多く、20~30代でがんを発症した場合は遺伝性を疑うきっかけの1つになるという。中でも最も発症の頻度が高いと言われているのが、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(以下、HBOC)だ。日本における乳がん患者の5~10%、卵巣がん患者の10~15%はHBOCによるもので、80歳までに当事者の70%が乳がんを発症するという。乳がんの一般的な発症率が10%であることを考えると、非常に高い割合だが、検査によって早い段階でHBOC当事者であるか否かを知ることで、向き合い方の選択肢が開けるという。
井原さんが「『遺伝子検査の結果を知って後悔するのが怖い』という人も多いのではないでしょうか」と尋ねると、植木さんは「確かにそう感じていらっしゃる方もおられますが、HBOCは検査しなければ消えてなくなるものではありません。早い段階で正しい情報を知り知識を身につけることで、今後の術式や薬の種類を決める指針となり、ご自身の今後の選択肢や家族の健康を守ることにつながります」と返答。植木さん自身も「遺伝カウンセリング」を実施しており、遺伝性の疾患や当事者の家族に、背景を整理しながら正しい情報を伝えて、心理・社会的な支援を継続して行っているという。
さらに植木さんは「人間は2万種類の遺伝子をもっていて、その変化によって目や髪の色などの個性が決まります。HBOCだということは、決して『良い、悪い』で色付けできるものではなく、あくまでも遺伝子による個性の1つです」と呼びかけた。
最後に「仕事や家庭生活の中で、常に責任感を持って生きている女性が多い印象を受けます。社会的にも負担がかかる立場に置かれやすいですし、つい自分の健康を後回しにしてしまいがちですが、自分の健康を守ることが家族みんなや周囲の人の幸せを守ることになるので、気軽に受診してほしいです」とコメントし、トークセッションを締め括った。
若年性乳がん、診断後さらにつらかったことは...
イベント後半では、それぞれのテーブルを囲んでいる参加者同士がファインディングス(セッションで学びになったことや考えたこと)と、その現状に対するアクション案を共有。その後、グループの代表者がディスカッションの内容を抜粋して全体と共有した。

参加者からは「歯医者に行く頻度として『虫歯治療よりも定期検診が大切』と言われているように、月経も重いときではなく、定期的に病院に行くことが大切だと思いました」「個人のヘルスリテラシーを高めたり、男性を巻き込んだアクションを起こすためには、研修など、ある程度の強制力を持って臨むことが大切だと感じました」など、さまざまな声が集まった。
ある参加者からは「『生理休暇を取ります』と言いづらい人も多いのではないでしょうか。例えば『健康休暇』という形に変えて、どんな人でも取れる制度にしたり、名前を工夫したり、色々と試行錯誤できることがあるように思いました」とアクション案が共有され、多くの参加者が深く頷いていた。
若年性乳がんサバイバー当事者の参加者は「私自身がHBOCの遺伝子検査を受けたときは、そのことを自分で家族に伝えることがとてもプレッシャーだったので、そうした側面でのサポートは重要だと感じます」と体験談を共有。また「そもそも日本には遺伝カウンセラーが300人程度しかいないとのことなので、カウンセリングの資格保有者を増やすことで、今よりも遺伝カウンセリングが身近になるかもしれません」と話し、具体的な一手を提案した。
イベントを振り返り、植木さんは「私はこのような現場に来る機会があまりないので『遺伝カウンセリングの情報発信をどうしていくのか』『そこで生まれる悩み事にはどんなものがあるのか』を考える上で大きな学びになりました。月並みな表現ではありますが、『困ったときはお互い様』という気持ちを持って働ける環境づくりのために、皆さんと歩みを進めていければと思います」と総括した。
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今回のラウンドテーブルの会場となったのは、日建設計東京本社ビル3Fに位置する「PYNT(ピント)」。「さまざまな専門性や課題意識をもつゲスト」と「建築や都市の専門家」をつなげ、まちの未来に新しい選択肢をつくる“共創の場”だ。
東京スカイツリーや東京ミッドタウンをはじめ、国外では中国、ドバイ、スペインなどでも建築設計に携わってきた同社は現在、女性社員が約3割、外国籍の社員が約1割所属している。2024年にDE&I推進宣言を出し、多様な価値観・経験・才能・ライフスタイルを持った人財が、自らの持てる力を最大限に発揮できる環境の実現を目指している。女性活躍推進の提案などを担うプロジェクトチームを設置したほか、今年1月にはDE&I推進室を発足した。

同社経営企画グループDE&I推進室の室長・高田絵美さんは今後の取り組みについて「『価値ある仕事によって社会に貢献していく』というビジョンの元、現場の働き方への理解とヒューマンリソースへの理解を掛け合わせてDE&Iを推進していきます」とコメントした。
朝日新聞とハフポスト日本版では、引き続きさまざまなプロジェクトを通して、DEI推進へのヒントを探っていく。
(撮影・朝日新聞社 、取材・文:泉谷由梨子、林慶、主催:株式会社朝日新聞社、共催:BuzzFeed Japan株式会社、協賛:ミリアド・ジェネティクス合同会社、イベント協力:株式会社日建設計)