【ワシントン発】 11月30日午前、ホワイトハウス近くにあるオフィスで勤務していたところ、突然衝撃的報道が駆け巡った。レックス・ティラーソン国務長官を数週間以内に事実上更迭し、後任にはマイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官を指名し、また、CIA長官の後任にはトム・コットン上院議員(共和党、アーカンソー州選出)の登用をホワイトハウスが検討中だと、複数の政府高官の情報により、米主要メディアが一斉に報じたのである。
ティラーソン氏は、数カ月前から辞任が憶測されており、少なくとも1年務めるまでは国務長官を辞任しない方針を周囲や友人らに示唆しているとも以前から報じられていた。それだけに、今回の報道に接し、筆者は「やはり」という印象を受けざるを得なかった。
大統領も本人も否定
ところが翌12月1日、ドナルド・トランプ大統領は報道について、ティラーソン氏との間には特定の政策上の立場の違いがあることは認めつつも、近い将来更迭するという報道は「フェイクニース(fake news)」であると全面否定。今後もティラーソン氏と協調して取り組んでいくとの見解をツイッターで明らかにした。ティラーソン氏自身も、国務省にリビア国民統一政府のファーイズ・ムスタファ・アル=シラージュ首相を迎えた会談後の記者会見で、一連の報道について「馬鹿馬鹿しい(laughable)」と一蹴している。ちなみにティラーソン氏は、12月4日の週からブリュッセル、ウィーン、パリの欧州歴訪中である。
両者の軋轢
トランプ大統領とティラーソン氏の関係については、大統領自身も認めているように、主要な外交政策を巡り立場の違いがあり、決して良好とは言えない状況にあると考えられる。対北朝鮮政策、イラン核合意、気候変動対策、アラブ湾岸諸国内における対立を始めとして、両者の政策上の立場には乖離があることが今までにしばしば表面化してきた。
具体例として、ティラーソン氏は緊迫が高まる北朝鮮情勢の膠着状態打開のため、関係国も巻き込んだ懸命の外交努力を展開していた中、トランプ大統領はツイッターで「時間の無駄(wasting the time)」と投稿した。他方、ティラーソン氏もトランプ大統領を「間抜け(moron)」と非公式の場で批判していたと10月に報じられ、政策上の立場の乖離だけではなく、信頼関係まで悪化していることが窺われた。
さらに、国務省の再編に取り組むティラーソン氏にとって、同省の高官人事が未だ固まらないことも状況を厳しくしている。ちなみにこの点については、国務省内の制裁監視関連の部局が政策立案局内に編入、統合される動きなどが出てきている。
懸念される政権内バランスの崩壊
大統領、国務長官両者とも更迭を否定はしているが、果してティラーソン氏が今後も国務長官を続けられるのかは疑問である。
と同時に、更迭であれ辞任であれ、国務長官のポストからティラーソン氏が離れた場合、最も懸念されるのは、トランプ政権の外交・安全保障政策に関する関係閣僚や政府高官の微妙なバランスが崩れかねないことだ。
ティラーソン氏は国務省高官人事の空白が続く中、ジョン・ケリー大統領首席補佐官やH.R.マクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、ジェイムス・マティス国防長官との良好な関係を梃(てこ)にして、トランプ政権の外交を担ってきた。実際、ティラーソン氏はホワイトハウスを頻繁に訪れ、トランプ大統領のみならずケリー、マクマスター両氏との協議を頻繁に図りつつ対応してきた経緯がある。こうした従来までのホワイトハウス、国務省、国防総省の政府高官、閣僚の良好なバランスが、ティラーソン氏が閣外に去ることで大きく崩れることが懸念される。
「超タカ派」のCIA長官
ティラーソン氏が国務長官を辞任した場合の後任として名前が浮上したポンペオCIA長官は、超保守派として知られている。外交では北朝鮮、イランなどに対して非常に厳しい姿勢を鮮明にしており、トランプ大統領がポンペオ氏を国務長官に指名した場合、トランプ外交の保守化は不可避であると考えられる。
オバマ前政権が「P5+1(国連安保理常任理事国の米英仏中ロ5カ国と独)」とともにイラン政府と2015年7月に締結したイラン核合意にポンペオ氏は批判的立場を明確にしており、次期CIA長官に指名される直前、自らのツイッターに、「このような世界最大のテロ支援国家との悲惨な合意を巻き返すことを楽しみにしている」と投稿している。さらには、イラン核合意関連では、オバマ前政権がイラン政府との間で秘密の付属文書を取り交わしているのではないかと米議会で厳しく追求し続けたのが、下院議員であったポンペオ氏と、後任のCIA長官候補と報じられたコットン上院議員の2人である。
大統領の「信頼」と「影響力」
今回の一連の報道をトランプ大統領は否定しているが、ポンペオ氏はトランプ大統領に対して影響力を増大させており、今後も注視しなければならない人物であることには変わりはない。その理由は、トランプ大統領に対して国際情勢などについて行われる毎日の「デイリー・インテリジェンス・ブリーフィング」を通じ、大統領と多くの時間を共有しているためだ。とりわけ、その忠誠心からも大統領の信頼が厚いと見られている。
日本ではあまり報じられることがないが、ポンペオ氏の経歴に触れておこう。
CIA長官に指名されるまでは、カンザス州第4区選出の下院議員であった。オバマ前大統領による連邦政府の歳出拡大路線や2010年3月に成立した医療保険制度改革関連法(通称オバマケア)に猛反発した保守系有権者の草の根運動「ティーパーティー(茶会党)運動」の追い風を受け、2010年中間選挙で当選。CIA長官に就任するまで3期6年在任していた。
茶会党支持勢力の支援を選挙キャンペーン中から受けていたこともあり、下院議員時代には「大きな政府」に反対。連邦政府の歳出削減、減税の推進といった「小さな政府」の実現を目指す財政保守派の共和党下院議員により構成された議員連盟「フリーダム・コーカス」の創設者の1人でもある。2014会計年度予算案にオバマケア関連予算が反映されていたため、2013年秋、共和党主導の下院が同予算案に反対して発生した連邦政府の一部閉鎖をポンペオ氏は支持している。
こうした経歴から、日々のブリーフィングを通じ、トランプ大統領に対して外交・安全保障政策のみならず、オバマケア見直し法案などの内政案件でも大きな影響力を持っていると見られている。
国務省内での孤立
ティラーソン氏の更迭は否定されたが、自らが要請し、同省再編を任せていたマリズ・ビームズ顧問やコミュニケーション担当のR.C.ハモンド顧問は、すでに相次いで国務省を去っており、ティラーソン氏の同省での孤立を印象付けている。
41年間勤務したエクソン・モービル会長兼CEOから国務長官に就任したティラーソン氏が、更迭でも辞任でも、仮に1年も経過せず離任した場合、政権交代を伴わない離任としては、過去約120年間で最短の在任期間の国務長官となる。
トランプ大統領に対するポンペオ氏の影響力が益々増大しつつあるだけに、今後もティラーソン氏の去就を注視する必要がある。(足立 正彦)
足立正彦 米州住友商事ワシントン事務所 シニアアナリスト。1965年生まれ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より、住友商事グローバルリサーチにて、シニアアナリストとして米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当し、17年10月から現職。
(2017年12月6日フォーサイトより転載)
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