2022年上半期にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:3月30日)
ウクライナ侵攻に関して「ロシアもウクライナも両方悪い」とする国内の一部の人の主張は「不適切」。国際政治学者の細谷雄一教授が3月26日、連続ツイートで指摘したことがSNS上で大きな注目を集めている。
最初の投稿だけで2万件を超える「いいね」が集まったほか、「極めて明快」「理路整然として分かりやすい解説」「WEBで読める決定版と言える論考」と反響が広がっている。
■れいわ新選組は「あくまで中立」を日本に求める。鈴木宗男氏は「ウクライナにも責任」
ウクライナ侵攻をめぐっては、日本の政治家や知識人の一部から「戦争はどちらも悪い」などとして侵攻したロシアだけでなく、侵攻されたウクライナの側にも問題があると指摘する声が一部で出ている。
また、日本維新の会の鈴木宗男参院議員は13日、「原因をつくった側にも責任がある」と述べ、ウクライナの対応を批判している。
■「侵略から国民の生命を守るために自衛的措置をとる行動は、合法であり正当な行動」と細谷教授
こうした動きに関して、国際政治学者として知られる慶應義塾大学の細谷雄一教授(@Yuichi_Hosoya)は26日、「なぜ『ロシアもウクライナも両方悪い』という議論が適切ではないのか」から始まる連続ツイートをした。
ロシアの軍事侵攻について「国際法を無視した侵略的な武力攻撃、さらには無差別な一般市民の殺戮は悪」と断じた。一方でウクライナの反撃に関して「侵略から国民の生命を守るために自衛的措置をとる行動は、合法であり正当な行動」と指摘した。
その上で「あらゆる戦争が悪であると述べることは、正しいようでありながらも、20世紀の国際法と国際的規範の歩みを全否定すること」と説明。「情緒的及び感覚的に『戦争はどちらも悪い』と論じることは適切ではないと考えている」と綴った。
■細谷教授の連続ツイート全文
なぜ「ロシアもウクライナも両方悪い」という議論が適切ではないのか。それは国際社会にもルールや規範があるから。ロシアの行動は、国連憲章2条4項の国際紛争解決のための武力行使を禁ずる国際法違反。ウクライナの行動は、同51条の個別的自衛権行使に基づくもの。国連総会も日本政府も、それに賛同。
ウクライナにネオナチがいるとかゼレンスキー大統領に問題があるとか、そういったプーチンや反米親露のメディアや知識人の主張に耳を傾ける前に(基本的に武力行使禁止の免責条項にはならない)、まずは国際法上違法性の高いロシアの武力攻撃が、どういう論理で合法性の担保が可能か考えるべきでは。
あらゆる戦争が悪であると述べることは、正しいようでありながらも、20世紀の国際法と国際的規範の歩みを全否定すること。道徳的な高みになって、「あらゆる戦争は悪であってどちらが正しいというわけではない」と論じることは、20世紀の平和への努力を蹂躙すること。
国際法を無視した侵略的な武力攻撃、さらには無差別な一般市民の殺戮は悪であるが、そのような侵略から国民の生命を守るために自衛的措置をとる行動は、合法であり正当な行動であるということを理解してほしい。だからウクライナの行動が国際的に支持され、国際社会から支援されている。
これらの前提を知らずしてか、無視してか、「ロシアもウクライナも、戦争をしているのはどちらも悪いのであって、片方を支持するべきではない」というのは、国際的には全く共感されず、単なる国際法の無知とされてしまう。
もちろんより重大な問題として、常任理事国が拒否権を持ち、ロシアの妨害で国連安保理決議が採択されないこと。だからこそ、ゼレンスキー大統領は日本での演説で、国連改革の必要を解き、イギリス政府は国連安保理からのロシアの除外を求めている。現状の国際社会は完璧ではないが、法と規範も存在。
とはいえ、もちろん、国際法は「白と黒」で分かれているのではなく、多くのグレーゾーンがある。また、冷戦後の30年間で、アメリカが国際法や国際的な規範を踏み躙るような行動を幾度もこない、アメリカへの不信感や、国際法の信頼性が大きく後退したのも事実だと思う。その隙間をついたのがプーチン。
なので今回のロシアの行動を放置すると、国際法や国際的規範に基づいた国際秩序が瓦解すると思う。そうなれば、「法の支配」ではなくて核兵器の数によって国際紛争が解決される時代へ。アメリカ、ロシア、中国がこれまで以上優位に立ち、日本の主張は悉く無視され主権と利益が侵害されるはず。
言い換えれば、アメリカもロシアも中国も自らの圧倒的な数の核戦力に基づく軍事力で自国の主権や利益を守れるが、そうでない中小国はウクライナの例のように、自国の主権や利益を守れなくなる。そうなれば、世界中が核開発競争になる。そして平和国家の日本の主権と利益は蹂躙され続けるだろう。
結論。なので私は、情緒的及び感覚的に「戦争はどちらも悪い」と論じることは適切ではないと考えている。また、テレビなどのメディアに携わる方、発信する方も、そのような国際法上の武力行使の合法性をぜひ理解した上で主張してほしいと思う。言論の自由のある日本では多様な主張が可能だが。
■細谷教授との一問一答。「中国が台湾を武力統一しても『両方悪い』となりかねない」
ハフポスト日本版では、細谷教授に今回の連続ツイートをした経緯を取材した。
細谷教授は、まずロシアの行動が「国際秩序の根幹を揺るがす」ものだったからだと振り返った。この行動を放置する言動が広まれば、「北朝鮮が韓国を侵略しても、中国が台湾を武力統一しても『両方悪い』となりかねない」と警告した。
今回の連続ツイートは最初の投稿だけで30日現在、2万件を超える「いいね」と8000件を超えるリツイートがされた。これに関して、細谷教授は「多くの方にご覧頂いていることは、とても有り難いこと」として感謝を述べた。
反響の背景について「戦争中は、交戦国の双方が自国に都合の良いプロパガンダを発信する傾向がありますので、多くの方はそのようななかで、バランスのとれた見解を求めているのだと感じています」と分析している。
詳しい一問一答は以下の通り。
―― 3月26日に「ロシアもウクライナも両方悪い」という議論に関する連続ツイートをした背景には何があるでしょう?
20世紀の国際社会は、戦争違法化の努力を蓄積して、国際連盟規約(1919年)、パリ不戦条約(1928年)、国連憲章(1945年)と、着実な歩みを見せてきました。また、ロシアはウクライナの領土保全と国境線を尊重するというかたちで、1994年のブダペスト覚書、そして1997年のロシア・ウクライナ友好協力条約を締結しました。
2014年のロシアによるクリミア半島の併合や、今年のウクライナへの軍事侵攻は、それらの国際的な合意を反故にするものであり、国際秩序の根幹を揺るがす行動です。
これを放置すれば、これからたとえば北朝鮮が韓国を侵略しても、中国が台湾を武力統一しても、「両方悪い」となりかねず、武力攻撃のハードルが下がります。そのようなことを、日本が認めるべきではないと考えました。
―― 鈴木宗男参院議員は、ロシア軍の侵攻は「ウクライナにも責任」があると主張。れいわ新選組は、日本の立場を「ロシアとウクライナどちらの側にも立たず、あくまで中立」にするべきと訴えています。日本の政治家・政党がこうした主張をすることをどう受け取っていますか?
「ウクライナにも責任」があるという点については、もちろん対立が生じたときには、一般論として片方が100%悪いということはないのだろうと思います。しかしながら、「ウクライナにも責任」があることは、ロシアの軍事侵略を免責するものにはなりえません。
他方で、侵略国と被侵略国の区別を付けず「中立」であるとして、戦争は「両方悪い」ということであるのならば、そもそも第二次世界大戦でのナチス・ドイツの侵略や、日本の戦争責任についてもすべて免罪することになりかねず、戦後秩序の根幹が崩れます。
ニュルンベルク裁判も、東京裁判も、「侵略国」に責任があるとしているので、その正当性への批判があり得るにせよ、「武力による威嚇や武力行使」を禁止してきた20世紀の国際社会の歩みについての、あまりにも無感覚で無責任な発言といわざるをえません。そこに危惧を感じます。
―― ウクライナ侵攻の原因について、れいわ新選組は「米欧主要国がソ連邦崩壊時の約束であるNATO東方拡大せず、を反故にしてきたこと」を挙げています。こうした主張をどう捉えていますか?
これについては、すでに色々なところで書いてきましたが、国際社会での拘束力のある約束は「署名がある明文化された合意」である必要があります。
確かに1990年2月にベイカー米国務長官は、それに近い発言を会議中に発した記録が残っていますが、会議での発言の記録全てが自動的に国際法上の拘束力のある合意にはなりません。
ですので、それをもって「約束を反故にした」というのは、複雑な外交の歴史についてのあまりにも安易で、ロシアにとっての都合の良い歪曲といわざるをえません。れいわ新選組のような、適切に背景を理解しないような中途半端な歴史の「利用」は危険です。
―― 今回のツイートには2万件を超える「いいね」と8000件を超えるリツイートがされています。こうした反響をどう感じていますか?
多くの方にご覧頂いていることは、とても有り難いことと感じています。同時に、戦争中は、交戦国の双方が自国に都合の良いプロパガンダを発信する傾向がありますので、多くの方はそのようななかで、バランスのとれた見解を求めているのだと感じています。
SNSというメディアの性質もあり、私自身も十分に情報があるわけではないなかでの暫定的な発信にならざるをえませんが、ヨーロッパの国際政治史をこれまで研究してきた立場から、やや広い視野から自らの考えを伝えていければと思います。