深刻な社会問題となっている、ネット上での誹謗中傷。2020年5月、プロレスラーの木村花さんが自ら命を絶ったことがきっかけで、ネット規制、SNSの運営体制への見直しを求める機運が高まっています。
今年2月8日、SNS誹謗中傷体験・裁判例の共有サイト「TOMARIGI」が公開されました。発起人は、自身も誹謗中傷に遭った経験があるというウェブサービスクリエイターの関口舞さん。パートナーとして面白法人カヤック、Rethink PROJECT(※)が参画しています。
「TOMARIGI」が目指す新しいネット社会のあり方とは? 関口さんとカヤックの西植弘さんにお話を伺いました。
誹謗中傷受けたとき、情報収集に苦戦した
──関口さんは、ご自身が誹謗中傷の被害に遭った経験からサービス立ち上げを構想されたと伺いました。
関口舞(以下、関口):はい、Twitterで被害に遭ったときにまず「これまで他の人はどうしていたんだろう」と思いました。被害に遭ったらどんな動きが必要で、裁判所はどう判断したのか、どう解決したのか、と。ネットでリサーチしたのですが、なかなかほしい情報が得られなかったんです 。
結果的に弁護士さんに相談しに行きましたが、「ツイートを印刷して持ってきてください」と言われ……自分への誹謗中傷のツイートを自分で印刷するのはかなり辛い体験でした。
関口:弁護士さんに見ていただいたら、「これだったら、過去似たような事例で裁判所が侮辱行為と判断し開示請求が通っているので、今回も大丈夫ですよ」と言われて。
その時、ちょっと気持ちが軽くなりました。それまで、「気にする自分も悪いのかも」「誹謗中傷された自分にも原因があったんじゃないか」と、いろいろ考えて思い詰めてしまっていたんです。
けれど、過去に裁判所が「侮辱行為」だと判断したことをされていたんだ、と客観的な視点で理解できたことで、自分の気持ちと距離を置けるようになりました。まさに、立ち止まって考える、Rethinkすることができたと思います。
若者にとってSNS はインフラ
──弁護士さんに相談に行って、安心できる情報を得られるまでのハードルがあったということですね。
関口:私は大人なので、自分で弁護士さんを探して相談できましたが、被害に遭う方には学生さんもいます。ハードルが高くて泣き寝入りになってしまう方もいると思い、ネット上で簡単に体験談や判例が分かるサイトをつくりたいと思いました。
今、学生さんのSNS利用状況は、LINEとYouTubeが9割、Instagramは7割以上というデータがあるほど(※)で、大切なインフラです。絶対に必要なサービスだ、という課題意識がありました。
──サービスの立ち上げまではどのような経緯があったのでしょうか。
関口:まず、こういうサイトを作りたい、ということをカヤックさんに相談させていただきました。カヤックさんはリアルでもウェブでも面白い企画をたくさん仕掛けていらっしゃるので、きっと理念に共感いただけるだろう、と思ったんです。すると、早速「一緒に作りましょう」というお返事がありました。
──カヤックさんは、関口さんのアイディアを最初に聞いた時にどのような印象を受けましたか?
西植弘(以下、西植):カヤックではこれまで、つながる喜び、発信する喜びを打ち出してきましたが、誹謗中傷という社会課題は、つながる「苦しさ」の部分。インターネット上でのコミュニケーション創出を生業としてきた会社として、何かできることがあるのでは、と感じました。
これはRethink PROJECTさんも関心を持ってくれるだろうと思い、プロトタイプを制作してプレゼンしたところ、快くパートナーとして参画してくださいました。
傷ついた状態で訪れるサイトだからこそ……
──サービスをつくる上で気をつけたポイントはどんな部分でしょうか。
関口:このサイトにアクセスしてくださる方は、辛いことがあって、傷ついた状態であるということを念頭に置いて、共感をキーワードに、少しでも癒される雰囲気を意識しています。
西植:シンプルで機能的であることが大事だと思いました。「裁判例紹介」「トラブル対処法」「みんなの体験談広場」という3つのポイントを軸に、わかりやすく情報を整理しています。
また、弁護士さんが使う言葉は難しいので、理解しやすくするため関口さんと相談し、コピーライターも入れながら表現を検討しました。
出来上がったものを弁護士さんにお送りして、OKかどうかチェックもしていただきました。これにはかなり労力を要しましたが、まだ世の中にはないサービスですし、つくる価値は絶対にあると思っていました。
行政も賛同、すでに大きな反響が
──今後、このサービスをどのように広げていきたいですか。
西植:バズらせる、とはまた違った広め方が必要だと思っています。本当に必要な人に届くように、学校でこのサービスを絡めたワークショップも検討中です。
関口:このサービスが公開されたときにツイートしたのですが、一般の方からクリエイターさんまで、多くの方々から反響がありました。
中でも嬉しかったのが、多くの弁護士さんが「こういうサイトが必要だと思ってたんです」とポジティブなリアクションをしてくださったこと。
関口:また、私は群馬県出身なんですが、群馬県は全国初となる「群馬県インターネット上の誹謗中傷等の被害者支援に関する条例」を2020年に公布、施行したことでも知られています。TOMARIGIをプレゼンしたらとても関心を寄せてくださり、知事の記者会見で紹介する時間もいただくことができました。
知事は誹謗中傷被害にとても問題意識を持っていらっしゃる方で、「被害者を助けたい」「加害者にならないようにという意識を高めてほしい」と発信をされています。
SNSのあり方をRethinkする
──「加害者にならないように」というのは大事な視点ですね。
関口:そうですよね。そもそも誹謗中傷を書き込む人がいなければ、被害者も生まれないわけです。
以前報道で見たのですが、木村花さんが亡くなったときに「自分も書き込みをしてしまったが、罪に問われるのか」といった相談がNPOの窓口や法律事務所にかなり寄せられたそうなんです。
関口:TOMARIGIが広まることによって、今自分がしようとしていることは誹謗中傷なのだと、書き込む前にRethinkすることを啓蒙できると思っています。
SNSがきっかけで仕事につながったり、夢を叶えることができたり、という側面もあります。その楽しい面をみんなが享受できるような社会を目指したいです。
西植:TOMARIGIには、羽を休めてほしい、という願いも込めています。今、SNSのあり方をRethinkする、という視点を多くの人に届けたい。カヤックはずっとSNSの可能性を信じてきました。まさに関口さんの考えと同じく、つながる楽しさを多くの人に感じてもらえるように、今後もサービスを広めていきたいと思います。
■ TOMARIGIはこちら
(文:清藤千秋)