変わりたい。現状を打破したい。そんな時に、勇気を持って一歩を踏み出すのが難しいのはなぜだろう──。自分の中の「当たり前」という思い込みがチャレンジを邪魔することもあれば、時には違う考えの人と衝突して、前に進めないことも。
地域社会の課題解決に取り組む「Rethink PROJECT」では、立ち止まって「当たり前」を考え直してみようというアクションを広げる活動をしている。「Rethink」という考え方は、どう実践すればいいのだろうか? 多彩な分野で活躍する社会学者の古市憲寿さんに伺うと、そのお話の中にいくつものヒントが散りばめられていた。
働く時は「自分への期待値」を下げている?
──古市さんは、社会学者、コメンテーター、作家などたくさんの顔をお持ちですが、キャリアの軸足はどこに置かれているのでしょうか。
古市:「軸足」という考え方は持ってないですね。たとえば、「テレビの仕事だけをします」というふうに決めてしまうと、「テレビの人に嫌われたくない」と思って、好きな事を言えなくなってしまうかもしれない。学生時代から友達のスタートアップに参加したり、大学院に行ったり、できるだけ複数の居場所を作ることを心がけてきました。大人になってからも、自分の仕事が一つの世界だけだったという状態はないですね。
僕は、活動する場所や関わる人を分散させるほうが、人間は自由になれると思うんです。その場に応じて表に出す自分の面も変わってくる。それが自分にとって自然だと感じます。
──多彩なご職業をマネジメントする上で意識していることはありますか?
古市:自分に対する期待値を常に下げるようにしていますね。そうするとしがらみなく挑戦ができます。経験は嘘をつかないですから、まずはトライ&エラーを繰り返して、出したものに対してのフィードバックを見ながら調整していく…そんな働き方をしていると思います。
──最近は新型コロナの影響で社会に大きな変化がありました。古市さんの身の回りではいかがでしたか?
古市:とにかく移動をすることがほとんどなくなりましたが、逆に、それ以外に大きな変化は無いような気がします。
もし30年前に新型コロナが流行っていたら、人はもっと孤独だったはずです。でも、今はテクノロジーのおかげでオンラインで仕事もできるし友達とも会える。だから、僕は新型コロナで社会が抜本的に変わるわけではないと思っています。
そもそも、歴史上、社会に変化が起こるタイミングというのは、大きく人口動態が変わった時と世代交代が起こった時だけ。奈良時代に日本で天然痘が流行った時は人口の3割が亡くなったと言われています。それに比べると、医療水準の発達もあり、新型コロナは人口動態に大きな影響を与えるほどではありません。
とはいえ、社会における格差、企業の古い体質など、それまでの課題がくっきりと浮き彫りになった側面もあるので、いろんな人が解決を本気で考えるようになったという「きっかけ」にはなったかもしれません。
イノベーションが生まれるのは「無」からではなく…
──そんな中、古市さんは小説『アスク・ミー・ホワイ』を4月からTwitterで連載されるという新しい試みをスタートされました。
古市:これまで僕が小説を発表する時は、文芸誌に全編掲載するという最も保守的な発表のスタイルをとってきましたが、それだと読者からのフィードバックがほとんど得られないんですよね。ちょうど4月から6月は、みんなが家から出られない、海外にも行けないという状況下だったので、「#うちで旅する」というハッシュタグをつけてせめて物語の中では外国を舞台にしたものが書きたいと思って、Twitterで連載を始めました。
社会全体が不安に溢れた時期だったので、優しい雰囲気は意識しました。昔から書こうと思っていた話ではあったんですが、新型コロナの影響がなかったら全く違うものになっていたかもしれません。
一歩踏み出すことの大切さ、勇気みたいなものはテーマの一つですね。例えば誰かを見て「あんな風になりたい」「あの人と一緒にいたい」と思ったら、自分から動いた方が実は楽。声をかけてもらうのを待つことのほうが、実はすごくストレスがかかると思うんです。
──古市さんの著作は、社会や歴史をテーマにした学術書でも、小説でも、様々な人の立場に立ちながらていねいに編まれている印象があります。その想像力の源泉はどこにあるのでしょうか?
古市:やっぱり大切なのは「知識」だと思います。社会学者の上野千鶴子さんが著書の中で「オリジナリティは情報の真空地帯には発生しない」(*)と書いています。人は「無」からイノベーションが生まれると思いがちですが、実はそうではない。知識や経験など、いろんな情報が集まった状態の、その空白を埋めるように、新しいものは生まれると思っています。
人と分かり合えない時はどうするか
──『アスク・ミー・ホワイ』は「ニュースにはいつも続きがない」という一文から始まります。一過性の報道で世間が盛り上がることへの問題提起だと思いますが、それも知識を土台にしたものの見方ですね。
古市:メディアは、何か犯罪が起こった時、それをたった一つの常識にのっとって全面的に糾弾する方向に流れがちです。僕はそれをしたくない、というのが根底にあります。その糾弾にはどれくらい正義があるんだろうと思ってしまう。その犯罪は、国によって、時代によって、受け取られ方が変わっている場合もある。例えば、人を殺してはいけない、ということは世界中でルールになっているけれど、それでさえも、戦争や死刑という「例外」があります。
ホモ・サピエンスの歴史は、文字に残っているものだけでなく活動の痕跡を含めたら数十万年分に及びます。今この瞬間だけでも、生活スタイルや家族のあり方、倫理観や道徳観まで個人やコミュニティによってバラバラです。それにもかかわらず、自分がたまたま生まれた国の、たまたま住んでいる場所の常識だけ信じて生きるというのは、あまりにもスケールが小さすぎるように思います。
──異なる常識がぶつかって、私たちは時に理解し合えないことがあります。古市さんは自分と考え方の違う人とコミュニケーションをとる時、気をつけていることはありますか?
古市:僕はそもそも、人と人は完全にわかり合うことはできないという諦めからスタートしています。その上で、ギリギリ何だったら分かり合えるのか? を探って、見極める作業は大切にしています。それに、本当に理解したい、理解されたい相手なのであれば、たった一回で諦めないで、小さなコミュニケーションを積み重ねていくべきですよね。
歴史上、最初は異端だとされていた意見も、10年〜15年経って社会に受け入れられるというのはよくある話です。だから、1ヶ月や2ヶ月、1年や2年で諦めちゃいけないと思います。
どの100年を生きたとしても激動
──Rethink PROJECTでは、より良い社会を築いていくために、今の常識を見つめ直してみるアクションを発信しています。とはいえ、変化を起こす、受け入れるというのは難しいテーマでもあります。
古市:「変化を受け入れるのは難しい」「変化が怖い」という人がいるかもしれないですが、それは思い込みなんじゃないですか。例えば、今の90代の人たちは、戦前、戦後、高度経済成長期を経て、家にはテレビや冷蔵庫など最新の家電が増えていくという、大きな変化をいくつも経験している。この世代だけでなく、歴史はどの100年を生きたとしてもそこそこ激動です。人類は常に、そうして変化を重ねながら生き延びてきたと思います。
転換点は、人生の中にいくつもあります。同じ出来事一つとっても、暗く捉えて絶望するか、チャンスと捉えて変革のきっかけにするか──考え方次第でどうとでもなるはずです。だから、視点を変えてRethinkしてみるというのは、人生を豊かにしてくれることだと思います。
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日常の中の小さな出来事の中にも、「Rethink」するきっかけはたくさんある。古市さんはインタビューの最後、「身の回りのものを全部変えようというのはさすがに難しいから、変えられるものと変えられないものを見極めて、自分のちょうどいいバランスを探ることも必要」と教えてくれた。
ハフポストに寄せられたRethinkには、こんなものも……。
Rethink PROJECTは現在、公募キャンペーンも実施している。まずは身近なところから。あなたの小さな気づきも、ぜひ「#Rethinkしよう」で教えてください。