「人的資本経営」というキーワードが注目を集める昨今。人的資本経営をいち早く導入し、共創によるイノベーションを目指すのが、世界トップクラスの半導体材料メーカー 「レゾナック・ホールディングス」だ。社長が率先して研修を受けるなど、そのユニークな改革に注目が集まる。
同社の最高人事責任者(CHRO)・今井のりさんが、朝日地球会議2023のセッション「サステナブルな社会とキャリア〜Z世代と語る人的資本経営のこれから〜」に登壇。Z世代のオピニオンリーダー・長谷川ミラさん、ハフポスト日本版の泉谷由梨子編集長と、これからの働き方や人的資本経営について意見を交わした。同社が人的資本経営を目指す理由や具体的な取り組みを、前編・後編に分けてお伝えする。
日本の人事は大きく変わっていく時代
セッション冒頭では、まず今井さんが、当時は珍しかった女性総合職の新卒採用や米国での出産など、自身のキャリアを紹介。人事未経験でありながら最高人事責任者に就任したことにも触れ、「日本の人事の役割は大きく変わっていく」と話した。
長谷川さんは、Z世代は多くの社会課題の中で生まれ、親世代と働き方などの価値観にギャップを感じていることを説明。また、働き方の選択肢が広がる時代、「バリバリ働きたい人と、ライフワークバランスをとりたい人」でZ世代が二極化していると続けた。
泉谷編集長は、日本の企業が長期的に停滞し、社会課題を解決するイノベーションを生み出せていないという問題意識の中で「人的資本経営」が注目されていることを紹介。
先が見えない時代に、人的資本経営が注目される理由
では、「人的資本経営」とはどのようなものだろうか。今井さんは2つの考え方を紹介。1つ目は、人を費用(コスト)ではなくて、未来をつくる投資と見なすこと。2つ目は、企業の経営・事業戦略と連動していることだ。
人的資本経営が注目される背景として、まず、今の私たちは先が読めないVUCA(*1)の時代に生きていることを指摘。「たとえば、(これまで重視されてきた)財務諸表は、過去の事業の結果が数字として表れたもの。どんどん物事が変わってしまう時代、そこから未来予測はできません。投資家らが注目するのは、企業の無形資産である人材や企業文化です」(今井さん)
さらに、「戦略やポートフォリオはコモディティ化する」という考えも紹介。「どの企業も合理的な考え方のプロセスに則ると、みな同じ(戦略やポートフォリオの)結論に達します。そこで差別化要因となるのは、『やりきれる人材がいるかどうか』です」(今井さん)
泉谷編集長は、自身のメディア業界においても、スマートフォンがある時代とない時代で、状況が大きく変化したことを例示。「未来を予測して計画を立てることが難しい中、長期計画よりも、本当にそれをやり切れる力があるかどうかが大事になってきています」と今井さんに同意した。
半導体の材料供給で世界トップシェア。統合の狙いと新戦略
では、レゾナック・ホールディングスは人的資本経営をどのように生かしていくのだろうか。まずは同社の事業や歴史を振り返る。
レゾナック・ホールディングスの連結売上高は1兆3926億円(2022年度実績)で、従業員数約2万5000人を誇る大企業だ。2023年1月、昭和電工(1939年設立)と日立化成(1962年設立)という日本の化学産業をリードしてきた老舗企業の統合により誕生した。
旧昭和電工は、原料・素材に近い、サプライチェーンの川上~川中を得意とする企業として知られてきた。一方、旧日立化成は、最終製品に近い川下に強い企業として、半導体や自動車の材料を提供してきた。
両社が統合したメリットについて「バリューチェーンが繋がり、幅広い技術プラットフォームを有することにより、お客さまの要求に従ってカスタマイズする力がさらに強くなります。いろいろなものを取り揃えた総合化学メーカーから、世界で戦える機能性化学(*2)メーカーへ変革していく。さらに大きなイノベーションを起こせる企業になったのでは」と今井さんは語る。
同社は機能性化学を、「日本の強みが生かせ、世界で勝っていける分野」と見込んでおり、実際、会社統合のシナジーは大きい。半導体の材料供給で世界トップシェアを持つ企業として成長を続けている。
新たな戦略に、人的資本経営がもたらす役割
「機能性化学メーカーとして、多様な人たちと共創して生み出すイノベーションがレゾナック・ホールディングスの価値の源泉」と話す今井さん。「私たちは、熱に強い材料がほしい、高い接着性のあるものがほしい、など、半導体や自動車などの材料に求められる機能を生み出していきます。そのような機能を生み出すためには、原料にさかのぼるだけでなく、最終製品に加工する装置メーカーの方々などと様々なすり合わせをしながら、ニーズに合ったものを生み出していく必要があるのです」(今井さん)
この「すり合わせ」に必要不可欠なのが、会社や部門を超えて自律的に繋がり、共創を通じて創造的に変革と課題解決をしていく共創型人材だ。
つまり、総合型化学メーカーから「機能性化学メーカー」への変革という事業戦略を実現する共創型人材を育てることが、レゾナック・ホールディングスの人的資本経営となる。共創型人材を育てることが、次のイノベーションにつながる。「人的資本経営は、事業戦略と合致するものでなければならない」とレゾナック・ホールディングスは強調する。
1人ひとりの心に火をつける
長谷川さんは「上の世代の教育をどうしていくのかが、これからの企業の課題なのかな」とコメントする場面も。Z世代は、「(今までの働き方などの慣習などに対して)それは当たり前じゃないんですよ」と声をあげられる世代だと述べた。「そのうえで、(声をあげることで)環境を変えつつも、成長の場を奪わないでほしいな、とも思っています。同時に、この両立はすごく難しいとも感じています」と続けた。
今井さんは、「経営戦略に合わせて、皆さんのポテンシャルを解き放っていくこと。現場の変革を進めるために寄り添って、1人ひとりの心に火をつけることが最高人事責任者である私の役割」と熱を込めて話した。「ただし、実際に人々を動かしていくには、いろいろな施策が必要になってきます」とも語る。
では、はたしてどんな施策が必要なのだろうか。レゾナック・ホールディングスが人的資本経営を目指す理由に迫った前編に続き、後編では、同社が人的資本経営のために実践している具体的な施策などを紹介する。
▶︎後編:イノベーション人材はどう育てる? 社長が360度評価を受けるところからスタートしたレゾナックの「人的資本経営」
▶︎レゾナック・ホールディングス
(撮影=野村雄治、取材・文=磯村かおり/ハフポスト日本版)