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在日コリアンへのレイシズムはどのような特性をもっているのか。『レイシズムを解剖する』は博士論文をもとにした学術書ながら、大きな注目を集めている。「古いレイシズム」と「新しいレイシズム」とはなにか。インターネットとの関連性は? 著者である高史明さんにお話をうかがった。(聞き手・構成/山本菜々子)
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差別なんかない?
――在日コリアンへの偏見について扱おうとおもったきっかけはなんですか。
ぼくは、名前が在日コリアンっぽいので、子どものころに、在日を差別するような言葉で罵られることがありました。当時の一般的な感覚としては「在日に対する差別なんかない」という建前が共有されていましたが、ぼくの実感としてそんなことはありませんでした。
また、親が転勤族で、関西の都市に引っ越した時に「よそもの」として扱われるようになりました。特殊な問題を抱えているから排斥されるのではなく、「よそもの」であることだけで排斥される力が働くと幼心におもったんです。
子どもの頃から研究者になろうと考えていましたが、昔は社会的問題と関係のないテーマを扱おうとおもっていました。大学院生だったころ、地下の薄暗い研究室に一人ぼっちでいることが多かったので、研究の合間にインターネットをしながら寂しい自分を慰めていたのですが(笑)、2002年ごろから、在日コリアンに対する差別的な言説がぽつぽつ増えているのを感じました。
在日コリアンに対する偏見について研究をはじめたのは2006年、本に載せた研究の最初のものは2008年でした。ネット上では在日コリアンに対する差別的な言説が盛んに流されていました。
自分の幼いころの実感もあって興味を惹かれたんです。一方では韓流ブームで、社会一般には韓国に対する友好的な雰囲気もありました。他の研究者から、「在日への差別なんかもうないでしょ。余計なことに首をつっこまなくても」と言われることもありましたね。ネットで起きていることは、些細なことだとおもわれていたんです。
しかし、2007年に「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が結成されたり、2011年にフジテレビが韓流に偏っているとして抗議するデモがおこったりするなど、レイシズムが表面化していきます。
――社会心理学で在日コリアンへのレイシズムを扱った本ははじめてだとうかがいました。
日本の社会心理学では人種・民族的マイノリティに対する差別や偏見の問題はほとんど扱われてきませんでしたが、アメリカなどでは黒人へのレイシズムをはじめ、かなり緻密な議論が行われています。
たとえば、マイノリティに対する偏見には、全世界的に共有されている心理的なメカニズムも関わっていると言われています。「日本は素晴らしい」という番組や本が多くなっていると最近よく指摘されていますが、そのような心理は程度の差はあれ世界中のどんな国でも見られます。
たとえば、沢山の点が描かれた画像を短い時間見せてから点の数を答えさせ、「あなたは点の数を多く評価する傾向があります」「少なく評価する傾向があります」といって集団をつくったとします(実際にはランダムに割り振っています)。そういう集団をつくった場合でも、自分の集団の方がなんらかの面で優れていると人間はおもうようです。
「新しいレイシズム」と「古いレイシズム」
――今回の本では、「古いレイシズム」と「新しいレイシズム」がポイントとなっていますね。それぞれについて教えてください。
まず、「古いレイシズム」について考えてみましょう。たとえば、「黒人は劣っている、だからこそ隔離すべきだ」というものがあります。これが、偏見で悪いことであるのは社会的に共有されているとおもいます。学校で「差別しちゃいけない」と言う時に教わるのもこういうものでしょう。
それに対し、「新しいレイシズム」は「黒人は劣っている」というところから出発しません。
まず、「差別なんて存在していない」ところからはじめます。ですから、黒人と白人の社会的な差は差別ではなく単に努力不足でサボっているだけだと考えるんです。加えて、それにも関わらず、黒人は差別がないのに「差別だ」と言って、本来得るべき以上の特権を持っているというわけです。
つまり、「黒人は劣っている」という差別は間違ったものであると認めながら、黒人が「特権」を得ていることを批判したり、むしろ白人が「逆差別」を受けているのは「事実」であるから差別ではないというロジックなんです。
日本のコリアンに対する差別も、この二つの枠組みからとらえることができます。
戦前、戦後においても、「犯罪を行いやすい」「劣っている」などの「古いレイシズム」は存在していました。一方で、「在日特権を許さない市民の会」などの名前がそのまま主張しているように「在日コリアンは特権を持っている」という「新しいレイシズム」の主張も出ています。
――古いレイシズムの替わりに新しいレイシズムが出てきたのでしょうか。
アメリカなどの研究では、現代では古いレイシズムではなく、新しいレイシズムのみを扱うことが多いです。「黒人に対する差別は絶対にやってはいけないものだ」という認識が共有されていて、古いレイシズムを測ってもあまり意味がないと考えられているからです。
ですが、ぼくは、古いレイシズムが新しいレイシズムに完全に置き換えられたとは考えていません。新しいレイシズムが開拓することで、古いレイシズムが侵入してくるように、以前より広めやすくなっている面もあるでしょう。
たとえば、研究の一つではTwitterに投稿されるコリアンに対するツイートを3か月にわたって収集し分析しました。「古いレイシズム」に特徴づけられる「犯罪、事件、逮捕、悪事......」、「新しいレイシズム」に特徴づけられる「特権、生活保護、通名、年金......」などの言葉を用いた言説に分けてみました。
すると、新しいレイシズムの出現割合が12.20%、古いレイシズムは10.75%の出現率でした。少なくともコリアンのインターネット上の言説においては、古いレイシズムと新しいレイシズムが共存していると言えます。だから、本書では新しいレイシズムだけではなく、両方を測定しました。
ちなみに、これは登録した単語を用いられている単語をもとに機械的に分類したものなので、コリアンに対してポジティブなのか、ネガティブなのかはこれだけではわかりません。
そこで、これらのツイートから無作為に150件を抽出して、評定者に評定してもらったところ、いずれのツイート群でもネガティブな発言が90%を超えていました。つまり、単にレイシズムに関連するというよりは、積極的にレイシズムを表出したものがほとんどだったということです。
「真実」、そしてマスコミ不信
――「新しいレイシズム」と「古いレイシズム」は、それぞれどんな文脈で語られているんですか。
かなり簡単に傾向を説明すると、「新しいレイシズム」は、政府や政治家が在日コリアンの権利をどう扱うのか、また、政治家や政党が「反日的」であるという批判が、他者と共有しようという意図を持って、拡散やハッシュタグをつけた形で書かれていました。また、現在の在日コリアンの歴史的地位と歴史的経緯に注目した発言も多くありました。
「古いレイシズム」においては、コリアンの犯罪や劣等性、歴史問題についての隠された「真実」を明らかにする、というような文脈のものがありましたね。
――「真実」ですか......。
この「真実」は「マスコミ」や「2ちゃんねる」と関連する言葉と共に語られることが多かったのですが、それぞれで意味合いが違います。
「マスコミ」の場合「テレビが報道しない真実! 強姦で逮捕された○○は本名××の在日」などと、「真実」を隠す主体とされていました。一方「2ちゃんねる」は「また一つ、在日の歴史捏造が明らかになった #2ch (URL)」などと、情報のソースが2ちゃんねるやまとめサイトであることを示す形で語られています。
つまり、ツイッターの分析からは、コリアンの劣等性や歴史問題について、マスコミが「真実」を報道していないという意識があり、2ちゃんねるが情報源として活用されているということができるかもしれません。
――根底にはマスコミ不信があるのでしょうか?
そうですね。「マスコミ」は「真実」を隠しているだけではなく、「反日的」「売国的」であり、歴史問題について日本の利益を損なう形で報道しているという言説も多くありました。そして、「日本人が在日特権に甘かったせいでマスコミのいいなりになってしまった」とマスコミが在日に支配されているとずる言説もあります。
――このような投稿はどれくらいの数のアカウントが行っているんですか。
コリアン関係ツイートの投稿者としては、43619IDで、そのうち、77.6%のアカウントは捕捉されたツイート数が1件でした。
一方で、捕捉された回数が100件を超えるアカウントが47IDあり、これらのアカウントは明確に差別的な発言を大量にしていました。いわゆるbotと呼ばれる自動投稿プログラムだと考えられます。そして、これらのbotは非常に多くのフォロワーを獲得していました。
――少数のアカウントが大量投稿していると。
もし、TwitterのようなSNSが、差別的な発言を止めようとするのであれば、極端なアカウントを重点的に管理するだけでも、一定の効果が上がるでしょう。Twitterの場合、上位25名に制限を加えるだけで、差別的な投稿を10.1%減らすことができます。
――Twitterの調査だけではなく、大学生へのアンケートも行われていますが、全体の研究を通して意外だったとおもった点はありましたか。
驚いた点はなく、割と実感に沿う結果だったとおもいます。2ちゃんねるの利用と排外主義についての研究などはされていましたが、本では「2ちゃんねるまとめブログ」についても調査しました。
――レイシズムとどのような関係があるのでしょうか?
まとめブログは「新しいレイシズム」とコリアンへの否定的な感情に、2ちゃんねるは「古いレイシズム」と関係がありました。つまり、2ちゃんねるとまとめブログは、レイシズムの異なる側面に効果を与えているわけです。
これは、2ちゃんねるに掲載される情報と、まとめブログの内容が違っていることが一つの原因でしょう。まとめブログでは、広告のクリック数に応じた収入が得られるため、より面白くみえるように編集しています。
そうすと、コリアンの情報は凝縮され、みんなが批判しているように提示されます。そうすると、否定的な感情と「新しいレイシズム」を肯定する形で出てくるのかもしれません。
よく、インターネットでの在日コリアンについての話題は「ネタ」だと言う人もいます。あんなのは嘘だと知っているけど、面白いからやっているんだと。でも、みんなが言っているということ自体が、それを信じるに足りる根拠になることがあります。
誰かに他の誰かを嫌わせたいとき、合理的な根拠を示さなくても「みんな、この人のこと嫌いだよ」と言うだけでいいじゃないですか。論理的に道筋を示して主張するよりも、10人の人が根拠のない「事実」に言及する方が信じられることだってある。
現にまとめブログは、2ちゃんねるの投稿を取捨選択して、「みんなが同じようなことを言っているよ」という形で提示して見せるじゃないですか。人間はそういうものに影響されてしまいます。「どうせまとめブログだから信用できない」とか「これは遊びだ」とおもっていてもです。
――Twitterの分析をされていましたが、やはりSNSの使用時間が長いとレイシズム的な傾向が強まるのでしょうか。
Twitterの使用時間の長さと、レイシズムの関連性は見いだせませんでした。単に時間的制約の問題化もしれませんが、Twitterの利用時間が長ければ長いほど、2ちゃんねるを利用していない傾向が出ています。
また、Twitterでは、自分の仲間内であったり、思想の近い人の投稿をみることになるので、思想が強化される可能性があります。ですから、レイシズムが強い人はより強まり、弱い人は弱まる。それを平均すると効果が見られないのかもしれません。
――本を読むと「こういう属性の人がレイシストです」と言うことに、非常に禁欲的だなと感じました。よく、「ネトウヨは低収入で~」みたいな話が聞こえてきますが、そのような点は意識されたのですか。
たぶん、売れる本にしようとしたら、そういうふうに煽情的にしたほうがよかったのかもしれません。
そっちの方が経済的に合理的なんですけど......。でも、いまおっしゃったみたいに、貧しい人が偏見を持ちがちかというと、そうとも言い切れないんです。偏見や差別の強化につながる保守的イデオロギーには、右翼的権威主義と社会支配志向とがあります。
右翼的権威主義は、権威者に盲目的にしたがう、権威に背くものには攻撃する、伝統と慣習に固執するといった傾向です。この権威主義の場合、知的能力の低い人の方が比較的高いんです。曖昧なことを曖昧なまま受け入れられないことが関わっています。
一方で、社会的支配志向は、社会を競争の場と考え、集団の優劣をつけ、格差の存在を是認する弱肉強食の世界観です。これは、地位が高い人の方が比較的高いんですね。ぼくの学生時代の東大生でも「だって俺たち努力してきただろう。だから見返りを得る権利がある」と主張する人は少なくなかったです。
特にインターネットの使用時間が長ければ長いほど、社会的支配志向が強いことが今回は分かりました。一方で、インターネットの使用時間と右翼的権威主義との関連性はみられませんでした。実際に、「ネット右翼」と呼ばれるような人々は尊王史観や天皇に関する発言をほとんどしていません。
アメリカの場合では、インターネットの使用と排外主義に負の相関があるようです。日本とは逆ですね。2ちゃんねるのような、日本語のインターネットのローカルな文化が関連しているのかもしれません。
レイシズムを解剖して
――読者の方からどのような感想が届きましたか。
出す前は、もしかしたら、レイシズムの脅威に現に晒されている人たちは失望するのではとおもっていました。マイノリティを勇気づけたり直接的に手を差し伸べるような本ではないからです。
でも、科学的にやっていることを評価してくれる人が多くて、ほっとしています。
ぼくたちの仕事は、何が事実で何が事実じゃないのかをきちんと分けることです。極力感情を抑えて学問に対して誠実にやっていく。「絶対にお前の味方だ」というところから出発しないから、優しくないのかもしれませんが、仕事が違うとおもっています。控えめな結論しか出していないんですが、他の人の研究の土台にしてほしいですね。
それと、「日本を愛しているなら批判するな」という人もいますが、同意できません。たとえば、自分のことを可愛がってくれる祖父がいたとしても、もし祖母に暴力を振るっていたら、いくら大好きでも批判するべきです。
ちなみに、「わざわざこんな炎上するようなテーマをやらなくても」と言う方もいます(笑)。
たしかに、私の研究は現に起きていることについてのものなので、本当はもっと抽象的な理論の検証をしたいとか、それも大胆な理論を提唱したいといった気持ちもあります。この分野を他の人が代わりに研究してくれないかなって思わないこともない。ネット上で嫌なことも言われますしね。
でも、自分のやっている問題に、自分が気がついてよかったとはおもっています。科学はやっぱり、人類全体のためになるとおもっている。本ではレイシズムが低減する可能性についても触れています。
本当は自分がこんな研究をしなくてもいい世の中に早くなってほしいんですけどね。
著者/訳者:高 史明
出版社:勁草書房( 2015-09-30 )
定価:¥ 2,484
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単行本 ( 227 ページ )
ISBN-10 : 4326299088
ISBN-13 : 9784326299089
高史明(たか・ふみあき)社会心理学
神奈川大学非常勤講師、東京学芸大学専門研究員。1980年生。博士(心理学)。専門は社会心理学、特にステレオタイプ・偏見。
(2016年3月23日「SYNODOS」より転載)