首都圏から、親戚もいない知床へご夫妻で移住。大自然の中での生活を楽しみながら、リモートワークでライティングやデータ入力管理などの仕事をし、さらには理想の家を求めて網走にゲストルーム付きの住宅を建てた四ツ倉恭子さん。移住のきっかけ、オホーツクで二人の息子さんを育てながらのワークスタイル、そして今年新たに始めた民泊について、スカイプでお話をうかがいました!
四ツ倉恭子(Kyoko Yotsukura)
横浜で旅行会社に勤務した後、結婚を機に2001年に北海道オホーツクへ移住。知床でのネイチャーガイドを経て、2007年より主にWebライターとしてリモートワークを行っている。これまでに手掛けた業務は、企業・団体のサイトやブログ、メルマガ、Facebookページなどの記事執筆やリライト、運営代行、ブログカスタマイズ、観光情報の記事執筆など。2014年に網走市郊外の山林にゲストルーム付きの住宅を新築し、2016年よりゲストルームを民泊サイトに登録。国内・海外のゲストを迎えている。
ホームページ:http://comeover423.com/
「自然豊かなところで暮らしたい」。夫との一致した思いから知床へ
―四ツ倉さんご夫妻は、お二人とも横浜のご出身であるとうかがいました。首都圏からオホーツクへ、仕事も生活の場も変えることは大きな決断でいらしたと思いますが、きっかけは何だったのでしょうか?
四ツ倉恭子さん(以下敬称略):夫は旅行会社の同僚でした。二人とも横浜の街育ちなのですが、結婚前から、自然が豊かなところで暮らしたいねと話していました。自然を子どもたちに教える環境教育の講座に、二人で一緒に参加もしていました。
旅行会社時代、夫の担当地域が北海道だったことから、彼はこの地に魅かれ、知床での生活を思い描いていたようです。
移住を考えて夫が転職活動を始め、知床の会社に就職することになりました。住まいは社宅が用意されました。若かったのでフットワーク軽く、ダメだったら帰ってくればいいやという勢いで、結婚した翌月に出発しました。
―知床に移住されてからお仕事はどうされていましたか?
四ツ倉:移ってすぐに、知床の自然センターが行っていたボランティア講習会を受けたことから、センターから声をかけられてネイチャーガイドの仕事を2年ほど行っていました。バスツアーで知床国立公園にいらっしゃるお客様に、公園内の観光名所をご案内するような業務です。
その後、リモートワークをチームで行う会社に登録できたことから、ライターとして活動するようになりました。オホーツク観光や地元の情報を発信するサイトのコンテンツ制作業務に携わる機会もあり、取材を含めてライター経験を積んでいきました。
リモートワークを始めて世界が広がった!
―リモートワーカーとして活動を始め、ご自身の中ではどんな変化がありましたか?
四ツ倉:「世の中とつながっている」という感覚を強く持てるようになりました。当時、パソコンは普及していましたが、周囲の誰もが活用しているわけではありませんでしたし、SNSもまだ発達していませんでした。田舎に移住して、自分が狭い世界に来てしまったという感じがあったのです。
でも、リモートワークで仕事をすることで、ネットを通じていろいろな世界を自分で広げているという実感を持つことができました。子育てや地域とのつながりだけでは、こうした感覚は持てませんでした。
―息子さんがお二人いらっしゃいますが、仕事をするとき、お子さんはどうしていましたか?
四ツ倉:リモートワークを始めたとき、長男は2歳ぐらいでした。最初は子どもが寝てから仕事をしようと思いましたが、時間が足りなくなり、また私の体力も厳しいことに。そこで、「この仕事が終わるまで待っててね」と話してビデオを見せている間に仕事をするなど、適宜時間を確保していました。
取材のときは内容にもよりますが、たとえば風景写真を撮るだけの取材なら、車に乗せて一緒に連れていきました。夫が見てくれるときには預けていきました。リモートワークのおかげで、長男とはかなり密着した日々を過ごせたように思います。
2008年に生まれた次男は、パソコンと私の間で寝ていました(笑)。次男が2歳ぐらいのとき、リモートワークでeラーニングを行う仕事に関わることになり、この業務がとても忙しく、お散歩へ連れていくこともなかなかできなくなってしまいました。このときは仕事に集中しすぎて家族に迷惑をかけたかなという思いがあります。次男は年少から保育園に通い、長男が小学校に入ったら、二人がいない時間に集中して仕事ができるようになりました。
山林を購入して自宅を建てる~北海道暮らしの第2章へ
―現在は網走に建てたご自宅にお住まいですが、知床から移られた理由を教えてください。
四ツ倉:4人家族となり、知床での社宅は手狭になってきました。ただ、賃貸物件を探しても似たような間取りで、大きく環境が変わるという感じでもなかったのです。都市機能から離れていて病院なども遠く、小児科で入院するなら80km離れた網走まで行かなければならず、ここに家を建てることは私たちの選択肢にはありませんでした。
本州での田舎暮らしを含めて、新しい移住先を検討していたところ、東日本大震災が起きたのです。横浜の実家との距離は離れていますが、北海道に家を持っていたほうが親やきょうだいに何かあったときに来てもらえる場所があるのではないかと思いました。また、やはりもう少し北海道でやってみようという気持ちになり、土地を探し始めました。
道内の別のエリアも考えましたが、これまでオホーツクに暮らしてやはりここの風土や環境が気に入っていました。そこで、アクセスのいい女満別空港に近い場所を探したのです。
―そして山林を購入されました。
四ツ倉:いい物件がないなら、山林から家を建てようかということになりました。そんなとき、今の家を建てた場所を紹介してもらったのです。女満別空港からは車で30分ほどで、病院などへも近くなりました。それでいて周囲は田園が広がり、オホーツク海や知床連山が望めます。
知床での社宅暮らしのときには、親やきょうだいが遊びにきてくれてもあまりに狭く、ホテルに泊まってもらっていたのですが、今度の家では長期滞在ができるようにしたいと思いました。夫のリタイア後のプランなども考えていろいろ構想していくうちに、二世帯住宅仕様で建てることに決めたのです。2014年春に完成し、引っ越しました。
これまでのリモートワークと並行して、民泊ホストとしての活動をスタート
―民泊ホストになることはいつごろ考えられたのですか?
四ツ倉:ゲストルームができて親やきょうだいがゆっくり滞在できるようになりましたし、友人も遊びにきてくれましたが、実際のところ、空いている日のほうが多いわけです。もったいないと思ううち、Airbnbのシステムを知って民泊が気になりだしたのが昨年でした。
できるかどうか迷いもずいぶんありましたが、半年ほど考えた後、思い切ってやってみようという気持ちになり、今年の春にAirbnbに登録しました。実はこのころ、ちょうど今まで請け負ってきたリモートワークの一部がクライアントの都合で一段落し、時間ができたことも、新たな働き方にチャレンジするきっかけとなりました。
―ご自身のホームページに民泊ホストの様子を掲載されていらっしゃいますが、海外からのゲストもこれまでに多く滞在していますね。
四ツ倉:Airbnbに登録したときには、まさかこんなに海外ゲストが来てくださるとは思っていませんでした。アジアの方たちからの問い合わせが入ってきて、あわてて説明を付け加えていきました。Airbnbでは、まだオホーツクエリアの登録物件が少ないので、目を引くところもあると思います。
―送迎はどの程度されているのですか?
四ツ倉:基本的にはレンタカー利用をお勧めして来ていただいています。住んでいるところはGoogleマップに反映されていないので、予約を完了された方が見られる情報画面には、アクセス情報をていねいに記載しました。北海道一周など大きな旅をしている途中で立ち寄られる方がこれまで多かったです。
JRやバスでお越しの方も中にはいらっしゃいますので、そういう場合は最寄り駅までの送迎を行っています。私たちの都合が合うときには、一緒に網走市内の公園や温泉、観光施設に出かけることもあります。
―お子さんたちはゲストとの交流をとても楽しんでいらっしゃるようですね。
四ツ倉:子どもたちは海外からのゲストがきても動じないですね。英語が話せるわけではないのですが、ゲームや遊びなど別の手段で仲良くなろうとします。お迎えすると、急にテンションがあがるのが玉に瑕です(笑)。親としては、どんな国の人とでも先入観なくフランクに接することができる人間になってくれればいいなと思います。
リモートワーカーだからこそ得られる柔軟性を常に持ち続けていたい
―こうしてお話をうかがうと、Airbnbに登録して民泊ホストになったのは、今までのリモートワークでパソコンやネットを使いこなしていらした面も大きいように感じました。
四ツ倉:そうですね。リモートワークでライティングの仕事をしていたからこそ、民泊サイトへの登録もスムーズに行えたと思います。集客もネットがあるからこそですね。今まで培ってきたことが役立っているようです。
民泊を始めてつくづく感じましたが、この仕事は本当にコミュニケーションが大切です。ただ泊まるだけならホテルでいいところを、ホストとのコミュニケーションを楽しみにいらっしゃいます。
他の仕事や家庭の状況に合わせて仕事量を自分でコントロールできるのがリモートワークのメリットだと思いますが、Airbnbでの民泊も自分が無理のないように受け入れ日を設定できます。自分のライフスタイルに合わせてやっていこうと思っています。
―四ツ倉さんがポリシーとされていることがおありでしたらお聞かせください。
四ツ倉:どこにいても、常にフットワークは軽くありたいと思っています。今は家を建てたことでホームグラウンドができ、ベースをここに置きながら、世界とつながっていけるという安心感があります。
自分自身が常に外を向いて、どんどん新しいものを取り入れていきたいですね。子どもたちの成長にともなって、また暮らし方に変化を求められることがあるかもしれませんが、これからもしなやかに生きていきたいと思っています。
―移住は決して簡単なことではありませんが、実に軽やかにそのハードルを乗り越えた四ツ倉さん。都会育ちで憧れだったという大自然の中での暮らしが、リモートワークを持つことでさらに充実感を増しているように思いました。お写真を拝見すると、とても素敵なゲストハウスで、私もいつかお邪魔したい気持ちでいっぱいです。
この記事の著者:鈴木ユキ(Yuki Suzuki)
金融機関と外資系メーカー勤務を経て、アメリカの大学院へ留学・卒業。15年以上、ライティングを中心にリモートワークで活動している。
ネットワーク上でチームを組んで行うコンテンツ制作に多数携わり、Webメディア、雑誌記事、書籍、マニュアルなど幅広く経験。
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