「お前、そんなこともできないのか?」苦悩の末に見つけた、新しい道。  

変わりゆく「発達障害者」就職のリアル(2)
変わりゆく「発達障害者」就職のリアル(2)

◇「お前は、新卒より使えないな」

「普通、周りを見ていればできるだろう。常識だよ、常識!」「お前、そんなこともできないのか?」鈴木太郎さん(仮名、24歳)は、度重なる上司からの叱責に、肩を落とした。同じく入社したばかりだというのに、同僚たちはそつなく仕事をこなしている。どうして、自分ばかりが怒られるのか? そもそも、なぜ怒られているのか、いまいち見当がつかない......。

大学卒業に必要な単位をどうにかクリアし、卒論を提出して、就職活動もままならないまま、3月ギリギリに精密機器を売るメーカーに潜り込んだ。大きな会社ではないので、きちんとしたマニュアルはない。社内研修すらなかった。あくまで上司の背中を見て仕事を覚えるというのが、会社の方針だ。

入社してすぐに、いわゆるルート営業として工場をまわり始めた鈴木さんだったが、程なくして、上司から罵声を浴びせられるようになった。いつまで経っても、工場のおっちゃんたちとテンポの良い会話を交わすことができない。営業成績は、入社以来ビリを更新し続けていた。自分なりに頑張っている。しかし、頑張れば頑張るほど、から回っている気がした。当然、上司からの叱責は増えるばかり。「どうして、愛想よく振る舞えないんだ、それでも営業か!」

叱責を受けつつも、どうにか1年ほどを耐えて過ごし、春を迎えた。昨年の自分と同じ新卒の社員が数名入社してきたが、鈴木さんの立場は逆に脅かされるばかりだった。加えて、決定的な言葉が上司の口から飛び出す。「お前は、新卒より使えないな」......。しばらくして、鈴木さんはうつ病を発症した。その際に訪れた医療機関で、発達障害(ASD,ADHD)という診断を受ける。

体調不良をおして一般枠での転職も試みたが、何社受けても面接で落とされてしまった。鈴木さんは医師に相談し、障害者手帳を取得する。障害者枠での就職を試みることを決意したからだ。「もう、あんな叱責は受けたくない......」。手帳を取得することに、ためらいはなかった。

◇増える「発達障害者」の雇用枠

発達障害者を取り巻く就職事情に驚きを隠せなかった私は、年が明けてしばらく経ったころ、有田さんの勤めるパーソルチャレンジを訪ねた。すでに管理職となっている彼女から現場の担当者を紹介してもらい、年末のランチでの話の"続き"を聞くことにしたのである。

冒頭の鈴木さんのケースは、彼の担当者から聞いた、実際の話である。

「障害者手帳を取得し、弊社にご相談くださる発達障害者の方々のなかで、もっとも多い経緯がこの鈴木さんのパターンだと思います」そう話すのは、キャリアアドバイザーとして現場を仕切る、大村直子さん(仮名)だ。

「これまでもご登録がなかったわけではありませんが、ここ1〜2年のあいだに、発達障害者の方からのお問い合わせやご登録が、驚くほど増えています」やはり、有田さんが言っていた通りだ。では、その背景にあるものは、いったい何なのか? 私は、ここ1〜2年の"大きな変化"について聞いてみた。

「もちろん、急速に『発達障害』への認知が広まりつつあることは大きいと思います。ただこれまでは、発達障害と診断を受けられていても、手帳を取得しようとは考えてみたこともなかったという方がほとんど。ましてや診断や手帳の取得が障害者採用に結びつくという発想自体がなかったわけです。それが、ここ1〜2年の間に、"診断 手帳取得 障害者採用"という一連の流れができつつあるように感じています」

有田さんも言っていた通り、"診断 手帳取得 障害者採用"という流れが、一つのシステムとして機能しつつあるらしい。ちなみに、今年の(平成30年)4月には、新しい「障害者雇用促進法」が施行されるという。これまでの身体・知的障害者に加えて、新たに「精神障害者」が雇用枠に入り、その「精神障害者」の雇用が"義務化"されるのだ。この「精神障害者」の枠には、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動障害)などを代表とした「発達障害」も含まれている。障害者の法定雇用率引き上げを前に、発達障害者の雇用事情が大きく変わりつつある。

大村さんは続ける。

「お問い合わせが増えると同時に、障がい者雇用枠の中で、ここ1、2年は発達障害を抱えた方々がーーいわゆる売り手市場と申しますかーー企業さま側からも"採用したい"というお声が多くかかるようになっているんです」

◇診断は受けていたけれど......

何度も転職をくりかえし、自身をかえりみる。「なぜ、自分は仕事が続かないのか?」「どうして自分は......」。耐え忍んで仕事を続けるも、二次障害であるうつや適応障害などを発症。医療機関にかかり、はじめての就職から何年も経って「発達障害」の診断を受けるケースが多い現在の30〜40代以降の発達障害者。彼らにとって、メンタルクリニックの門をたたき、さらには手帳を取得することは、どうしても心理的なハードルがつきまとった。抵抗感のない人の方が少ないだろう。当事者である私には、その気持ちが痛いほどよくわかる。

ところが、就職を前に大学の学生相談室で"示唆"されて医療機関を受診した学生や、冒頭で紹介した鈴木さんのように、20代前半くらいの若年層の発達障害者にとっては、このハードルが一気に低くなっているように感じると、大村さんは話す。「まずは、手帳を申請するか否かで迷っていらっしゃる40代くらいの発達障害者の方が多いのに対し、20代前半くらいの若い方々は迷いなく手帳を取得されている印象ですね。『自分の特性に合った仕事を見つけるため』と、ポジティブに捉えているように感じます。"発達障害"への認知が広まるにつれ、抵抗感も薄れてきているのではないでしょうか?」

◇コミュニケーション・サポート・プログラム(CSP)

発達障害の傾向にある人々が、「特性」に合わない仕事に就いて涙を流すことなく、最初から自分の「特性」を理解した上で、就職活動にのぞむことができたなら。うつ病や適応障害、パニック障害などの「二次障害」を未然に防ぐことができたなら......。そんな思いからスタートした、同社の新しい試みがある。発達障害のある学生の特性や課題を踏まえて、学生に寄り添った支援を行う、コミュニケーション・サポート・プログラム(CSP)だ。

「サークルなど周囲の学生とうまく関われない」「就活で、書類選考は必ず通過するのに面接で落ち続けてしまう」「アルバイト先で同じミスばかり繰り返してしまう」......。障害者手帳や診断の有無にかかわらず、コミュニケーションに問題を抱える学生、誰もが参加できるプログラムである。職業適性検査や事務業務体験、そして自身の特性を知るための個別面談など、充実した内容の1日研修をはじめとして、その後も掘り下げたプログラムが続く。希望者には、その後、就職支援も行っている。私が就職活動を行った20年前にはありえなかった、きわめて画期的な取り組みだろう。

同プログラムは2016年春(2月)より開始され、東大生4名の参加からスタート。以降、東大をはじめ一橋、千葉、筑波、東京理科、東京工業、早稲田、中央、法政、青山学院、明治などの有名大学で実施されており、累計参加学生数は100名を超えるという。

障害のある学生の修学支援に関する実態調査

(出典:独立行政法人日本学生支援機構「平成27年度(2015年度)障害のある学生の修学支援に関する実態調査」)

このグラフを見て欲しい。診断書のある発達障害の学生の推移だが、ここ数年で急増している。それだけ自分の「生きづらさ」「困り感」を自覚している学生が増えているということだ。彼らが不要な「二次障害」を発症することなく、それぞれの「特性」に見合った職場で活き活きと働く。それが最も望ましい未来のかたちであることに、異を唱えるものはいないだろう。

ところが、どうしてもモヤモヤとした"違和感"のようなモノが、私の頭にこびりついて離れない......。

「最も望ましい未来のかたち、か......。世の中は、私たち発達障害者にとって、より良い方向に進んでいるに違いない。じゃあ、このモヤモヤは、何?」 

私は、その"違和感"の正体を、探ってみることにした。

                                     (この項つづく)

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