沖縄県うるま市の伊計(いけい)島で、その事件は起きた。京都市在住の美術家、岡本光博さん(49)が手がけた米軍基地の現状を描くアートが完成直後、地元の反対で非公開になったのだ。地域振興のためのアートイベントでの一幕だ。
作者の岡本さんはハフポスト日本版の取材に、「アートには観光利用できるきれいな面もあるが、それだけじゃない。社会問題を切り取るのもアートだ。島の現状を考えるきっかけにしたかった」と憤る。
美しい海が広がる島で何が起きたのか。
■イチハナリと呼ばれた島で
伊計島は沖縄本島の10キロ先にあり、現在は海中道路や橋で本島と繋がっている。与勝諸島を構成する島々で一番離れた場所にある伊計島は、古くから「イチハナリ」と呼ばれていた。
「イチハナリアートプロジェクト」は、アートによる観光振興をねらって、2012年から伊計島でスタートした。うるま市観光物産協会が主催し、沖縄振興のための一括交付金が使われている。
2017年は「島の記憶」をテーマに、国内外から38組の作家が参加。伊計島と周辺の島に作品を展示した。11月18日から12月3日まで開催している。
このプロジェクトに初参加した岡本さんは、商店のシャッターに「落米(らくべい)のおそれあり」という絵を描いた。幅4.2メートル、高さ2.1メートルと大きな作品だ。
道路標識の「落石注意」にかけて、星条旗の横にパラシュート、戦闘機や戦車、ヘリコプターが墜落する様子を描いている。沖縄でヘリの墜落事故が相次いでいることを風刺している。
■「島で生活する人々にとって必要な注意看板に」
社会問題をえぐった作品だが、当初のプランではもっと刺激的なものだった。
「ミッキーマウスが、太平洋戦争中に使われたマシンガンをぶっ放す絵を描くつもりでした。島の岩山を破壊する工事の削岩機の音がマシンガンのように聞こえたので、景観が変わってしまうことへの警告と、沖縄が太平洋戦争で前線となり多くの犠牲者が出たことへの鎮魂を合わせたメッセージでした」
しかし、これは商店を所有する地元自治会からの「戦争を思い起こさせる」という理由で却下された。そこで岡本さんが描いたのが、「落米のおそれあり」だった。2005年、岡本さんが沖縄県那覇市に住んでいたころの同名の作品が元になっている。
「旧作をリメイクすることになるので、最初は気が進まなかったんです。でも、伊計島に行ってみると上空には米軍の戦闘機やオスプレイが爆音で飛び回り、いつ落ちてもおかしくないように思えました。実際に1月には、米軍ヘリが伊計島の農道に不時着する事故が起きています。実際に島で生活する人々にとって必要な注意看板になるんじゃないかと思ったんです」
2017年版の「落米のおそれあり」は11月8日から10日にかけて制作された。制作風景を見ていた若い島民からは、好意的な反応が多かったという。13日に報道者向けの内覧会があったが、14日に「公開しない」という市の方針が岡本さんに伝えられた。イベント開催の前日である17日、作品はベニヤ板で覆われ、封印されてしまった。
マシンガンの絵に続いて、地元自治会からの反対だった。
地域住民から苦情があったとして、自治会長の男性は「基地問題には色々な意見があるが、作品は作家の政治的な主張をアピールしている。多くの人を地域に呼び込もうという趣旨に合った作品が、この場にはふさわしい」と、朝日新聞の取材に答えていた。
■「政治的なアピールをしているわけではない」
この自治会長の主張に対して、岡本さんは「全く意味が分からない」と、首をかしげる。
「私は『沖縄から米軍基地をなくせ』といった政治的なアピールをしているわけではありません。米軍の兵器が上空を飛び回る島の現状をうつす鏡として、この作品を描いたのです。また地域への集客力ということでいえば、非公開でこれだけ反響を呼んだことでも分かるように、この作品が他に劣っているとは思えない」
その上で、沖縄の人の複雑な地元感情について以下のように推測した。
「おそらくですが、京都在住のよそ者である私が、島の問題を描いたことへの心情的な反発もあるのだと思います。しかし、『島のことは島で決める』として、沖縄以外の地域に住む人の声を排除するべきではないと思っています」