世界を見透かすような眼差し。華奢な体が放つ、静かな強さ。
髪や肌の露出を控えた「モデストファッション」を東京から世界に発信するクリエーターがいる。
「作品」にはそんな彼女の印象が色濃く反映されている。
ラハマリア・アウファ・ヤジッドさん(25歳)。
国籍はインドネシアで、イスラム教を信仰するムスリム。同時に、東京の下町で生まれ育った生粋の下町っ子でもある。
彼女は、クリエーターという仕事を通じて「社会の『壁』をぶち壊したい」と話す。「壁」とは、マイノリティとして日本で生きてきた彼女が今感じているものだ。
アウファさんは現在、クリエーターとして、ファッションやメイク・デザインの分野で商品のPRなどに携わっている。
アウファさん本人が企画、出演から編集を手がけた作品の一つが、松屋銀座とのコラボレーション動画だ。訪日するムスリム観光客に向けて作成したもので、撮影と編集を兄に手伝ってもらった。
黒いヒジャブとワンピースをエレガントにまとったアウファさんが、銀座の街をハイヒールで軽快に歩く。
デパートに入ると、真剣な表情で靴や帽子を吟味し、風鈴やおしゃれな雑貨を眺めては手に取る。抹茶に舌鼓を打ったり、天ぷら屋の暖簾をくぐったり…。
ブランド名など固有名詞は動画に映らないようにという制約のなか「空気だけでどう銀座を演出するかが難しかった」とアウファさんは振り返る。
「ラグジュアリーで上品な銀座のイメージ」を、ファッションや小物、バックミュージック、立ち居振る舞いや表情などで表現した。
スタイリングに関しては、銀座の高級感を演出するため、全身を黒でコーディネート。その一方で、女性らしい軽やかさを出すために、ヒジャブはシフォン素材のものを使い、ふわっとした巻き方にした。
「外国人観光客にとって、東京観光といえば”桜”や”浅草”となりがち。だからこそ、モダンでスタイリッシュな東京の都会的な楽しみ方も伝えたいとイメージしました」
その他にも、アパレル系企業などとのコラボレーションの仕事などを手がけるアウファさん。日本を訪れるムスリムの外国人が増える中で、彼女を頼る企業が増えてきている。
日本の「もののあはれ」がインスタの世界観
アウファさんのクリエーターとしての原点は、2015年に始めたインスタグラムでの発信だ。2019年9月現在、フォロワー数は8万3000人以上。2018年頃から、このインスタグラムをきっかけに企業などからコラボレーションのオファーが増えた。
コンセプトは、「東京×モデストファッション」。東京の街並みを背景に、ヒジャブをまとったアウファさんの自撮り写真が並ぶ。
「ぜひ撮影風景を見せてほしい」そんなお願いをしたところ、撮影に同行させてもらえることになった。
撮影場所に現れたアウファさんは、夏っぽい涼しげな素材の濃紺のヒジャブを着け、その上に黒いベレー帽を被っていた。深緑のブラウスの下は、紺色のボトムス。
「今日は撮影が上野周辺なので、エレガントよりはマットなスポーティー系の方が良いかなと思って。本当は、ニット帽を着けたかったんですけど、ちょっとカジュアルすぎるかなって」
「街に自分がどう入り込めるか」が、スタイリングのこだわりだ。
撮影する場所を決めると、折りたたみの三脚を組み立てて、カメラを設置する。カメラは、アプリを通してスマホと連動している。
カメラに向かってポーズを取りながら、手元のスマホでシャッターを押し、撮影を始める。撮れた写真をスマホで確認しながら、視線や体の向きを微妙に変えていく。
撮影は1日がかりだ。「今日は“写真の日”というのを決めて、がっつり撮ります」とアウファさん。スタイリングとメイク、撮影、加工にそれぞれ2時間くらいかけ、全ての工程を自分ひとりで行う。
創作活動全般で最もこだわるのは「世界観」だ。
たとえばインスタでは、彼女の目を通した「日本の色」を表現する。
「私の作品はちょっと薄暗いトーンなんですけど、それは、日本の、なんていうんだろう…『もののあはれ』とか『無常』みたいな気持ちと重なっていて。
四季の移ろい方、その儚さとか美しさは、日本ならではのものですよね。たとえば、冬の寒い中にある温かなランプの明かりとか。夏は蒸し暑いけれども、風鈴の音が涼しく感じて…みたいな。そういう音のソノリティも、独特だと思うんです。
インドネシアは1年中夏の国。みんな優しいんですよ。ただ、ずっと陽気でポカポカしていて、悲しむ期間がないというか…。逆にその悲しみの期間、ちょっと淡い感じというのが日本では大切な時期でもあったりもして。そういうちょっと淡い感じが『日本の色』として、ファッションだけじゃなく写真の表現の仕方にも出ているんじゃないかと思っています」
写真の背景は、住宅街やストリートの風景が多い。
「私は、ギラギラしたものがあんまり好きではなくて。ダイナミックなネオンとかで東京を表す人もいると思いますが、私の写真はどちらかというと“哀愁”、どこか“冷たい”東京がモチーフ」
初めてメイクに会った瞬間に「あ、これだ」って思った
クリエーターとして、ヒジャブを身に着けた自分の姿を積極的に発信しているアウファさん。彼女がインスタグラムを始めるきっかけは何だったのか。
「実は、もともとファッションには無頓着で…」アウファさんは、そう打ち明ける。
それどころか、かつて彼女はヒジャブに対して「ある葛藤」を抱いていたのだという。
そもそもヒジャブとは、イスラム教の聖典コーランの教えに基づき、ムスリムの女性が公の場で頭髪を隠すスカーフのこと。一部の国ではヒジャブの着用が法律で義務付けられているが、それ以外の地域では着用するかしないかはコミュニティや家族、そして個人の価値観によって左右される。
アウファさんによると、一般的にムスリムの女性がヒジャブを着け始めるのは思春期が始まったころ。しかし、中学・高校は制服もあったことから、彼女がヒジャブを着け始めたのは高校卒業後だった。
ヒジャブは自ら着けることを決めたというアウファさん。着けること自体には抵抗はなかった。しかし、問題はそのデザインだった。母親がインドネシアで購入したものはピンクやオレンジなど派手なものばかりで、東京の街を歩いていると自分が浮いているように感じたという。
「日本には絶対ないような色やデザインでした。手元には他のヒジャブがなかったので仕方なく着けていたのですが。もともと顔立ちも名前も外国人だし、幼い頃から人からの視線には多少慣れていたんですが、でも(ヒジャブを着けると)それ以上に目立つんですよね。自分のセンスと合わないものを無理矢理着せられて、街に出ているという気持ちがぎこちなかった」
そんな時に出会ったのが、日系ムスリムのデザイナー・HANA TAJIMA(ハナ・タジマ)のモデストファッションだった。東京の街に溶け込むような自然なデザイン。そして、それを自分らしく着こなすHANA TAJIMAの姿に「ヒジャブでも、自分なりに美しい着こなしができるんだ!」と感銘を受けたという。
メイクに興味を持ったのもちょうど同じ時期だった。
「姉の買い物の付き添いで、デパートのコスメ売り場に行ったんです。その時、ついでに私もカウンターでお化粧をしてもらったんですが、自分の変わり様に驚いてしまって。『あ、だから女性ってメイクするんだ』ってそこで初めて納得しました。それまでメイクは必要ないと思っていたんですけれど」
鏡に映る、今まで見たことのない自分ーー。同時に、もう一つの発見をした。
「私はもともとデザインが好きで、小さい頃から『将来は何かのデザインをしたい』って思っていたんです。でも、何のデザインをしたいのかわからないまま、大学も適当なデザイン系の学部に進学したんですけど。
大学生の頃に、初めてメイクに出合った瞬間に『あ、これだ』って思ったんです。自分をキャンバスにし、試行錯誤を重ねることによって、自分の強みや弱みなどの、性質がどんどんわかってくること、磨きがかかることに楽しさを見出せた」
「それからは、ファッションとメイクに自分の本領が発揮できるようになった」とアウファさんは言う。
一方で、考えるようになったのは「ファッションとメイクという”ツール”を使って、何か社会に訴えられないか」ということ。
そうして始めたのが、インスタグラムだった。
「自分の能力や生まれた環境をどうやって”社会”に還元するか」が今のテーマ
アウファさんがインスタグラムで投稿する作品に込める想い、それは「イスラム文化を知ってもらいたい」という願いだ。
「メディアで出るイスラムの話題といえば、テロなどあまりいいとは言えないニュースばかりなので…」。アウファさんはそう話し始めた。
「日本人にとって『宗教』はあまり馴染みのないものだと思います。ましてイスラム教は『男尊女卑』や『厳しい戒律』『原理主義』など、偏ったイメージを持たれてしまっていると感じます。私たちがどんなことを信じていて、どんな思いで生きているのか、本当の姿を知っている人の方が少ない。『知らないということ』が偏見を生み出してしまっているのかなと考えます」
「もう少し柔らかく、誰でも楽しめるような方法でイスラム教を知ってもらえないか」そう考えたときに、アウファさんの目の前にあったのが「ファッションとアート」だった。
「物事を伝える手段はたくさんあります。でも、イスラムの文化を伝えていくのは、そう簡単なことではないと感じました。そこで、誰もが直感的に入り込める『ファッションとアート』を通して、まずは人と社会と繋がってみようと考えました。相手のことを知るだけでも、恐怖心って少し減ると思うんです」
インスタグラムから始めた発信をクリエーターという職業に発展させた今も、アウファさんはこのメッセージを変わらず持ち続けている。
一方で、クリエーターとして今彼女が掲げる大きなテーマは「自分の能力や経験、生まれた環境をどうやって”社会”に還元するか」だ。
自分の経験ーーそのひとつが、マイノリティとして日本社会で感じてきた「肩身の狭さ」だと彼女は話す。
「外国人という見た目のせいでアルバイトの面接すら受けさせてもらえないなど、外見だけで判断されて、本来の自分を見てもらえないこともありました。また、『国籍はインドネシア、宗教はイスラム』という“聞こえ”だけで、日本とは何も関わりのなさそうな立場にいると受け止められてしまうことが、とても悔しかった」
しかしアウファさんは今、「日本人であろうがインドネシア人であろうが、『自分は自分』みたいなポジションにようやく辿りつけた」と語る。
「20代に入り、学業や仕事、人間関係など様々な成功や失敗の経験を繰り返していくうちに、人生について考える機会が多くなりました。また、さまざまなバックグラウンドを持つ人々との出会いのなかで、自分の抱える苦悩がいかに小さいものかにも気付きました」
「では自分はどうあるべきなのか、どうすべきなのか」。そこから芽生えたこうした意識が、いま彼女が「仕事を通して社会に還元したいこと」に繋がっている。
「日本は他人や違いを受け入れる文化がまだ少し弱いのかなと思っています。外国人や『ハーフ』など、様々なルーツをもつ人々がこうして集まって同じ社会で共生している時代なのに、いまだ個性の『違い』に対して、人々の意識には『壁』があります。
そこで、人々の触れやすいデザインやアートという方法で、私なりに人々の意識の『壁』をぶち壊して、多様性の溢れる日本にできたらなって。
日本では、外国人やムスリムが『特別枠』として注目されることが多いですが、そもそもそんな違いが話題にされないくらい、日本人/外国人というボーダーをぼかしていきたいなと、私は思っています」
幼い頃から「新しさを見つけ、磨き上げることが好きだった」というアウファさん。今後もひとつの枠にはまらず、表現の可能性を追求していきたいという。
「今はメイクとファッションを通して、人や社会との繋がりをつくっています。でもそれが永遠に続くわけではないと思っています。これから経験を積み重ねるなかで、もっと表現に厚みが増して、新しい可能性を見出していけるのではと。そういう人生が楽しいなと感じます。まだまだ、いろいろ現在進行中」
ラハマリア・アウファ・ヤジッド
1994年生まれ。インドネシア人の両親をもつ、東京都出身のクリエイター。ヒジャブを使った、モデストファッションを提案。東京らしいセンスを取り入れたメイクやファッションを、Instagramを中心に発信している。スタイリングのアドバイザーとしても活躍中。
【取材・文=吉田遥(ハフポスト日本版)、撮影=ERIKO KAJI】