シノドスは、ニュースサイトの運営、電子マガジンの配信、各種イベントの開催、出版活動や取材・研究活動、メディア・コンテンツ制作などを通じ、専門知に裏打ちされた言論を発信しています。 シノドス編集長・荻上チキ
シノドスが提供する電子マガジン「αシノドス」(ロゴをクリック)
障害者雇用の新たな制度がスタートするなか、多くの職場には戸惑いがあるのが実情です。障害のある人と一緒に働くためには、何をすればよいのでしょうか? 企業の担当者、就労支援の専門家、弁護士たちが、企業で障害のある人を雇うために必要な知識やノウハウを語った『今日からできる障害者雇用』(弘文堂)から、内容の一部をご紹介します。(シノドス編集部)
【シノドス関連記事】
Q1 なぜ、障害のある人を雇う必要があるのですか?(東奈央)
コンプライアンスとしての障害者雇用
障害のある人には、長い間、差別・排除されてきた歴史があります。現在はさまざまな法律などが、障害のある人を社会に受け入れることを促していますが、障害のある人の社会進出は十分ではないのが現状です。
障害の有無にかかわらず、すべての人が1人の個人として生活できる社会にするためには、社会が障害のある人を積極的に受け入れることや、企業が障害のある人を積極的に雇用することが非常に重要です。そのために、障害者雇用促進法は、企業や地方公共団体などが、障害のある人を雇用する義務を定めています。
企業にとって、コンプライアンスは社会の一翼を担う上でも不可欠です。障害者雇用促進法が定める法定雇用率を下回らない割合で障害のある人を採用することは、企業の社会的責任の1つを果たすことになります。
また、障害者雇用は、企業の社会的なイメージを考える上でも重要です。多くの企業が、障害のある人も働きやすい職場環境を整え、法定雇用率を守って障害者雇用を推進している一方、それができていない企業があれば、企業としてのイメージにも影響します。
社会にはさまざまな人がいる
障害のある人といっても、WHOの統計では10%、日本の統計では6%といわれるように、身近にいても不思議ではありません。
私たちの暮らしは、多種多様な人によって構成されています。子ども、若者、高齢者、男性、女性、セクシュアル・マイノリティと呼ばれる人など、本当にさまざまです。
現在、日本は超高齢社会に向かっています。1980年代後半の65歳以上の高齢者人口は約10%でしたが、2014年には26%となり、75歳以上が13%といわれています。こうした高齢社会が進むとともに、高齢者の就業率も年々増え、高齢者が暮らしやすい制度や環境整備も進められています。30年ほど前には、こんなにたくさんの高齢者が働く社会など、考えられなかったのではないでしょうか。
私たちはそれぞれ、身長も、体の大きさも、性格も、癖も、余暇の使い方も、価値観も、育った環境も異なります。障害の有無、高齢か否かにかかわらず、人の暮らしを豊かにしていくには、人それぞれの個性を尊重し、足りないところを補い合い、能力を活かし合うことが大切です。
高齢社会をきっかけとしたバリアフリーが、その子ども世代の暮らしやすさにもつながっているように、多様な人のニーズに応えることは、多くの人の暮らしやすさを実現することにつながるのです。障害のある人にも、障害のない人にも、誰にとっても使いやすいユニバーサルデザインは、多様な社会が産んだものともいえます。
たとえば、電車内で行き先や停車駅などの情報が表示される電子案内板は、聴覚障害のある人にとってだけでなく、初めてその電車に乗る障害のない人にとっても、非常に便利です。
障害のある人と働くことは、障害がない人や自分には障害はないと思っていた人にとって、新たな仕事のアイデアをもたらしてくれるはずです。障害の有無にかかわらず、1人ひとり、得意なことや癖やこだわりがあります。障害のある人を雇い、一緒に働くことで、障害のある人に向けられた配慮が、他の従業員の働きやすさにもつながるかもしれません。
Q2 採用計画はどのように立てればよいですか?(川地政明)
採用人数はどのように決めるか
これから障害者雇用を始める場合、何からやればよいかわからない企業もあるでしょう。基本は仕事が前提ですので、まず「仕事上必要な人数は何人か」ということから考えるとよいでしょう。
また、障害者雇用の大きな指標となる法定雇用率を達成するという目標を設定し、現状の不足人数を算出した上で、その人数を一定の期間で採用していくといった考え方もあります。
採用する職場や業務内容はどのように決めるか
仕事の内容や量を見極め、必要な人数を見積もりましょう。仕事をリストアップして、仕事を切り出し、振り分ける作業を行うと効率的です。採用人数が先に決まっている場合には、それに合わせて仕事を割り当てていくことも考えられます。
障害のある人の場合、最初の時点では、障害のない人と同じように仕事をこなすことは、すぐには難しいかもしれません。その後の状況に応じて、仕事の内容や量を調整していくとよいでしょう。
採用方法
具体的な採用人数と業務内容が決まった後は、いよいよ障害のある人の採用のステップです。その際、どのような障害の種類(身体障害、知的障害、精神障害など)の人を雇用したいかのイメージがあるとよいでしょう。
採用段階では、まずは、求人票を作成し、無料のハローワークや有料の民間の人材紹介会社に提出します。就職希望者から申し込みがあった場合には、面接・採用に向けた段取りを組みます。面接のみでは判断が難しい場合は、トライアル雇用制度を利用して、実習生として受け入れることも1つの方法です。
トライアル雇用制度とは、障害のない人の紹介予定派遣と似た制度で、2~3か月の期間、有給での契約を結んだ上で、実際に働いてもらい、その仕事ぶりを評価して採用を決められるという仕組みです。トライアル雇用中に問題が発生した場合には、契約期間満了として雇用契約を更新しないこともあります。
さまざまな機関や制度を使いこなす
さまざまな機関や制度を使いこなす採用計画を立てる上では、自社だけでなく、外部の専門機関や公的な支援制度を使うとよいでしょう。企業にとっても障害のある人にとっても、よりよい職場を生み出すことができます。
とくに、ハローワークとの連携や、障害のある人の就労支援機関である障害者就業・生活支援センターとのつながりを作ることも重要です。障害者就業・生活支援センターから就職希望者を募ることもできますし、職場への定着支援の協力をしてくれることもあります。採用後も、就職支援を目的として、地域障害者職業センターからジョブコーチという障害者雇用の専門家を派遣してもらうことで、さまざまな相談をすることもできます。
企業も障害のある人も安心して仕事をするには、就職のあっせんにかかわった障害者就業・生活支援センターや就労移行支援事業所などから、就職前の本人の経歴や特性を聞いておくとよりよいです。
このように、障害者就業・生活支援センターなどの支援機関を採用計画の段階から活用することが、障害者雇用を成功させるためのポイントです。
障害者雇用を始めるにあたって、ほかにもこんな疑問に答えます。
Q 障害のある人と一緒に働くことで、職場にどのようなメリットがあるのですか?
Q 採用前に実習生を受け入れるという仕組みがあると聞きました。実習にあたって、何か気をつけることはありますか?
Q 障害のある人にどのような仕事を用意すればよいですか? また、現在の業務をどのように割り振ればよいですか?
Q3 障害のある従業員を雇うことは何となく不安ですが、どのような雇用形態で採用すればよいですか?(東奈央)
さまざまな働き方がある
雇用形態は、障害のない人の雇用形態と同じように考えましょう。
障害のない人の場合、正社員、契約社員、期間従業員、派遣社員、アルバイトなどの雇用形態がありますが、それらは障害のある人にもあてはまります。
障害のある人の場合、障害者雇用促進法によって、企業の規模に応じて、雇用すべき従業員数に占める障害のある人の割合(法定雇用率)が決められ、その割合を最低限守ることが決められています。
雇用率の対象となるのは、原則として、所定労働時間が週30時間以上の常用雇用労働者(期間の定めのない場合や、期間の定めがあっても契約が更新されるなど1年より長く雇用が見込まれる場合)です。短時間労働者(週に20時間以上30時間未満の労働者)については、1人を0.5人とカウントし、重度障害者の場合は1人を2人とカウントすることがあります(これを、「ダブルカウント」と呼びます)。
所定労働時間数の条件をクリアすることを前提として、雇用率の対象となる雇用形態には制限はなく、正社員も派遣社員もアルバイトもすべて含まれます。
すぐに正社員にしなければならない?
仕事は、その人の生活を支える大切なものです。仕事による収入は生活をしていくために不可欠ですし、それに伴う雇用保険や健康保険などの社会保険も、生きていく上で重要です。
そのため、障害のない人と同じように、収入や地位はより安定した方が望ましいことはいうまでもありません。障害のある人が働くときにも、給料が安定し、社会保険制度などが充実している正社員として就労する方がよりよいことは確かです。できるだけ最初から、正社員として働ける道を用意することが理想です。
ただ一方で、最初から正社員として働くことは、企業にとっては大きな経済的負担になることもあります。また、周囲の同僚とのバランスや経験不足などから、障害のある人自身が、逆にプレッシャーや不安を感じてしまう場合もあります。そうなってしまうと、仕事が安定せず、継続的に雇用されることが難しくなってしまうこともあるでしょう。その点では、まずは契約社員としての雇用やトライアル雇用制度を利用しながら、正社員への登用を行うことも考えられます。
また、職場内で従業員同士がよい関係を築くことや、障害のある人への偏見を防ぎ同僚の理解を得るためにも、正社員登用にあたっては本人の仕事ぶりを点数化して評価するなど、客観的な指標を用いることも1つの方法です。こうしたことは、障害者雇用に限らず、障害のない人の雇用の場合も同様といえます。
ただ現実には、障害のある人については、本人は正社員登用を希望しているのに、いつまでも契約社員や期間従業員として働かざるを得ないケースが多く見られます。障害のある人1人ひとりの希望や仕事の状況を踏まえつつ、正社員になりたい人がなれるような制度づくりが大切なのは、障害のある人も障害のない人も同じです。
採用活動にあたって、ほかにもこんな疑問に答えます。
Q 採用時に障害の種類を限定して募集してもよいですか?
Q 障害のある従業員について、他の障害のない従業員とは別の給与体系を設けてもよいですか?
Q 採用募集を行うには、どのような連携先や媒体を活用すればよいですか?
Q4 障害のある従業員が入社することになりました。労働時間や休憩時間を設定する上で、とくに気をつけることはありますか?(青木志帆)
まずは本人の障害の特徴をよく知ること
障害といってもさまざまですので、必ずしも労働時間や休憩時間の配慮が必要とは限りません。本人や支援者から本人の障害の特性をよく聞いて、休憩時間への配慮が必要かどうか、どのぐらいの配慮があれば無理をすることなく働けるかを考えます。一見、障害のない人には気づかないところで、時間的な配慮が必要な場合も考えられます。
採用する段階で、日常業務の流れを一度シミュレーションしてみてください。思わぬところで配慮の必要性に気づくかもしれません。
労働時間に注意した方がよい障害の例
労働時間の長さに注意した方がよい人としてあげられるのは、精神障害の他、内部障害、難病などの病気に由来する障害のある人です。肢体不自由のある人の場合も、その原因が病気にある場合には、体力的に自信のない人もいます。フルタイム勤務はできるがそれ以上の残業は原則難しい、1日6時間程度の時間短縮勤務ならば大丈夫、などといった事情がそれぞれあります。
また、視覚障害のある人や車いすを使う人の場合は、満員電車での通勤にはどうしても危険が伴いがちです。無理に通勤時間帯のピークに出勤をすると、人が多すぎてホームから転落しそうになったり、物理的に車いすでは電車に乗ることもできなかったりして、通勤が難しい場合があります。そこで、勤務開始時間を考えながら時差通勤を認めることも1つの解決策です。
休憩時間に注意した方がよい障害の例
労働時間の場合と同様に、精神障害のある人や病気に由来する障害のある人など、体力的な配慮を必要とする障害の場合、休憩時間への注意が必要です。また、知的障害のある人や発達障害のある人の場合も、集中力を長時間持続させるのが苦手な場合があります。
本人の実力を最大限発揮できるようにするためにも、どのような特徴があるのか、本人あるいは支援者と一緒によく見極めることが大切です。
一般的に、昼休みは正午から45分から60分の時間、また午後に15分程度の休憩時間が設定されていることが多いです。ただ、疲れやすい人の場合は、1回あたりの休憩時間を短めにして、休憩の回数を増やした方が少ない負担で働ける場合もあります。
個別に労働時間を変更することになったら
障害のある人と日常業務をシミュレーションした結果、変則的な時間設定をした方がよいとなった場合、就業規則とは異なる労働条件を設定することになります。その場合、どのような労働条件であるかを文書にして、障害のある人に伝わるようにわかりやすく説明することが必要です。
入社にあたって、ほかにもこんな疑問に答えます。
Q 障害のある従業員が入社することになりました。休暇などの決め方は、障害のない従業員と変える必要はありますか?
Q 通勤について、企業は、障害のある従業員に何か特別な配慮をする必要はありますか?
Q 配属を決める上で、どのようなことに気をつければよいですか?
Q5 障害のある従業員の仕事の効率は、やはり他の障害のない従業員より低いのですが、これを勤務評価や給与に反映させてもよいですか?(柳原由以)
同じ仕事には、同じ給料を
業務の内容と給料の関係については、「同一労働・同一賃金」という原則があります。これは、同一の仕事をする従業員には、同一水準の賃金が支払われるべきというもので、ILO(国際労働機関)の憲章にもある基本的な人権の考え方です。この原則は、障害のある人にもあてはまるので、障害を理由に給与に差をつけることは許されません。
では、障害のために、同じ仕事をする障害のない従業員より仕事の効率が低い場合、そのことを理由に給与を低くすることはできるでしょうか。
障害のある人が本当に働きやすい環境か
まず、仕事の効率を判断する前に、障害のある人が働きやすい環境にあるか、必要な配慮がなされているかを確認しましょう。たとえば、机やパソコンなどが仕事に必要な場合、障害のある人にとってそれらが利用しやすい状態になっているでしょうか。もしそうでないことで、障害のある人が仕事をしにくい状況ならば、企業側が労働環境配慮義務を果たしていないことになります。
また、知的障害のある人の場合、本人の理解度に合わせたわかりやすい説明をしているでしょうか。仮に、障害のない従業員が使うマニュアルを渡して十分な説明もせずに仕事を依頼し、それによって知的障害のある人が理解できずに仕事ができていないならば、必要な配慮が足りないといえます。
配慮を十分に行った上でも仕事ぶりが改善しない場合は、その理由を洗い出しましょう。その上で、現在の仕事ではなく、障害の特性に応じて、その人の能力や経験に合った仕事に配置転換することも検討しましょう。過去の裁判所の判断でも、障害のある人が特定の仕事をできない場合には、他の配置可能な仕事に就けることを検討しなければならないとされています。
障害のある人の仕事の効率が低いことを給与や勤務成績に反映させるためには、その前提として、最低限、その仕事をこなすために必要な配慮がされているか、その仕事以外に、障害の特性を生かした仕事に異動することができないかを検討する必要があります。
人事にあたって、ほかにもこんな疑問に答えます。
Q 専門職で採用した従業員が中途障害を抱えることになりました。本人の意向に沿わない専門職以外の部署に配置転換してもよいですか?
Q 障害のある従業員が、仕事に来られなくなってしまいました。休職にあたって、どの程度まで配慮すればよいですか?
Q 休職期間の満了日が近づいても、障害のある従業員が職場に来られそうにありません。就業規則に従って解雇してもよいですか?
Q6 障害のある従業員への現場の理解が十分ではなく、何をしていけばよいか困っています。どのように現場の理解を深め、モチベーションを高めていけばよいですか?(関哉直人・堀江美里)
何に関して理解が十分ではないのかを整理する
現場の理解が十分ではないというとき、まずは、何に関して理解が十分ではないのかを明確にしましょう。
障害者雇用そのものに対する理解が不十分なのか、あるいは、障害のある従業員本人に対する理解が不十分なのかによっても、対応は変わります。本人への理解が不十分な場合、その人の仕事の効率に対する理解なのか、あるいは、その人のコミュニケーションや対人関係に対する理解なのか、というように原因を突き詰めて考えていきます。
現場に障害者雇用の経験があっても、そのときのよくない出来事が原因となって、かえって現場に不安を発生させているというケースもあります。障害者雇用の経験の有無にかかわらず、このような問題はしばしば起こります。
障害者雇用そのものに対する理解が不十分な場合
障害者雇用自体への理解が十分ではないことがわかったら、企業の障害者雇用に対する基本的な考えを継続的に従業員に伝えることが必要です。
障害者雇用を進めていくことの意義や、多様性のある従業員を雇用していくことで企業価値が高まるというメリットを伝えたり、障害者雇用を行うことで職場の雰囲気がよくなった事例を紹介したり、その事例の中で障害のない従業員が障害のある従業員にどのようにかかわっていたかを紹介したりすることが大切です。
また、従業員への研修として、外部から講師を呼んだり、障害者雇用を進めている他社への見学会を開催したりして、従業員自身が障害者雇用に触れる機会を提供することも効果的です。この他、ジョブコーチ(職場適応援助者)養成研修などの受講をすすめて、障害者雇用の社内専門家としての相談員を育てた上で、理解を広げるという方法も有効です。
障害のある従業員本人に対する理解が不十分な場合
障害のある従業員本人に対して、理解がある人とそうではない人が、ほとんどの場合では両方いるでしょう。まず考える必要があることは、理解が十分ではない従業員が少数であっても、その従業員が障害のある従業員と接することがあれば、その人間関係が障害のある従業員のストレスになるということです。理解のある従業員を活用しながら、地道に理解を広げていきましょう。
障害のある従業員本人の仕事の効率が低いことに対する理解が不十分な場合、その原因として、障害者雇用に対する企業の基本姿勢が共有されていないことが考えられます。
給料を1つの例に考えても、障害のある従業員が周囲のサポートを受けた上で障害のない従業員と同じ水準の仕事を仕上げた結果に対して給与が同一水準なのか、仕事の効率にかかわらず給料が同一水準なのか、障害のある従業員の効率がよくないことを前提に給料が違うのか、といったように、さまざまな方針が考えられます。企業の方針が明確でないと、理解が不十分になる傾向が強いです。
職場での理解が広がるには、何より本人が職場で仕事ができるようになることが一番の近道です。障害の特性を考慮し、障害のある従業員が仕事をしやすい環境を整えましょう。最初は、障害のある従業員が働きやすい配属先や勤務形態を、職場のルールに沿って採用するとよいでしょう。
また、仕事の切り出しを行い、これまで障害のない従業員が行っていた仕事を障害のある従業員が担当することで、障害のない従業員が別の適性のある仕事を行うことができる場合もあります。この場合、お互いにとってよい状況が生まれます。
さらに、企業には障害のある従業員が仕事のしやすい環境を提供していくことが求められますが、仕事の効率についても同様です。
障害のある従業員の効率を上げるための具体的な配慮や職場環境づくりが、障害のない従業員の人事評価につながるという仕組みを作ると、組織全体が協力的になることもあります。
一方、障害のある従業員本人のコミュニケーションや対人関係に対する理解が不十分な場合、本人の了解を得た上で、障害の特性としてコミュニケーションが得意ではないといったことを、同僚に伝えるという方法もあります。また、その障害の特性に関する社内研修を行うこともできるでしょう。障害のある人を外部から講師として呼んだり、障害のある従業員自身が講師となって社内研修を行ったりしている企業もあります。
人によっては、同僚との必要以上のコミュニケーションを望まない人もいます。ですが、多くの障害のある従業員は、同僚とのコミュニケーションを望んでいます。ただ、これまでの人生経験の中で、コミュニケーションを取ることに自信がもてなかったり、人との距離がうまく取れなかったりする人もいます。本人の障害の特性や性格を考えながら、少しずつコミュニケーションを深めましょう。
職場に不安が発生している場合
これまでの障害者雇用でのよくない経験による不安が職場に存在する場合、障害のある人は仕事ができるということを体感するのが効果的です。そのためには、障害のある人が短時間の職場体験をする機会を設けるなど、少しずつ段階を踏んでいきましょう。
障害者雇用は特別で大変なことだという印象は、もともと障害のある人に理解のあった人に対しても不安や先入観を与えてしまうことがあります。そうした気持ちを取り除くとともに、障害のある人と同じ職場だと仕事がはかどるということを実感できるきっかけとして、職場体験を活用しましょう。
企業の現状を見直す
障害者雇用が社会的に推進されている一方で、過去に障害者雇用がうまくいかなかったために、再度障害のある人を雇うことに消極的になる企業も増えています。不十分な職場の理解の中で障害者雇用を進めることは、障害のある従業員にとっても障害のない従業員にとってもよくない状況です。障害のある従業員が配属されている部署だけでなく、企業全体の状況を把握し直した上で、障害のある従業員も障害のない従業員も働きやすい職場環境を考えていきましょう。
Q7 障害のある従業員のモチベーションは、どのように高めていけばよいですか?(関哉直人)
褒めること、評価すること
褒められること、評価されることは、障害のあるなしにかかわらず、誰でもうれしいことです。とくに障害のある人は、生育歴の中で褒められたり評価されたりする機会が少ない人も多いため、褒める、評価するということがとても重要です。
一方、特別支援学校などでとても評価されてきたのに、企業に入ったら急に評価されなくなったということで、モチベーションが下がる人もいます。
企業とはそういうもの、厳しい企業社会を経験してこそ社会人、といった意見もあるかもしれませんが、障害のある従業員がいかに多くの社会的な困難を経験してきたかは、障害のない従業員には想像しきれないものです。まずはモチベーションを高めるためにも、褒めることを実践するのは大切です。
ある企業では、評価することを具体化した表彰制度を導入しています。さまざまな面で企業に貢献したことを評価し、社長から直接表彰状を渡します。これは、その従業員の能力に対する表彰というより、その従業員のある側面での貢献や努力を評価することによる表彰であり、結果としてモチベーションの向上につながっています。
表彰された自閉症のある従業員は、表彰の直後にはうれしそうな表情は見せなかったものの、表彰状を入れる額を買うために表彰状の寸法を丁寧に測っていたそうです。
キャリアアップ
障害者雇用では、何年働いても、昇給・昇格がないという例も少なくありません。これは、障害のある従業員の能力に対応した措置かもしれませんが、それでは本人のモチベーションが上がらないという点は、障害のない従業員と同じです。
勤務内容や勤務態度、企業への貢献度合いなどを考慮して、定期的に昇給・昇格を行ったり正社員へ登用する仕組みを作ったりすることは、きわめて重要です。場合によっては、障害者雇用独自の昇給・昇格制度を作ることも考えられます。
先ほどの企業では、各業務の現場で、特定の業務での経験などを評価して、リーダー、サブリーダーを任命し、作業の進捗管理や後輩への指導といったリーダー的役割を任せています。また、特定の業務で卓越した技能を習得できた従業員を対象に、社内独自の資格を認定する社内資格制度を導入し、障害のある従業員のモチベーションの向上に努めています。
他にもモチベーションの低下の原因として、業務の固定化ということも考えられます。仕事の幅を少しずつ広げることで、本人の自信にもつながり、他の従業員や部署との人間関係も広がるでしょう。
1人の従業員と向き合う
障害のある従業員の仕事に対する姿勢や働きぶりが気になり始めると、ついその従業員に厳しいことをいってしまったり、その従業員の前では笑顔が消えてしまったりします。そうなると、その従業員のモチベーションの低下が仕事の効率を低下させ、それに対する上司の対応がさらにモチベーションを低下させるという悪循環を生み出してしまいます。
こうした状況では、本人にじっくり時間をかけて向き合い、話を聴き、モチベーション低下の理由を理解し、改善に向けて一緒に取り組み、褒める、評価するということを着実に行うのが大切です。
Q8 障害のある従業員から、「同僚の従業員からいじめを受けている」という訴えがありました。どのように対応すればよいですか?(関哉直人)
まずは話を聴き、適切な対応をする
最初に、同僚の従業員から受けているとされるいじめの内容を確認します。そのいじめの背景に、障害に関する差別や偏見、無理解、勘違いなどがあるのかも合わせて確認します。
初期段階によくあるケースとして、いわれている内容は厳しい指導であったり少し強い口調であったりするものの、他の障害のない従業員も同じような場面があるのだから我慢すべきだとして、明確な対応がなされないことがあります。
しかし、障害のある従業員は、その生育歴の中で、怒られることや厳しくされること、強い口調でいわれることに慣れていないことも多く、また、厳しくいわれるとかえって指示が通らないことも多いです。そのため、厳しい指導方法を見直した方がうまくいく場合が少なくありません。
また、障害者虐待防止法では、職場での障害者虐待をとくに禁止していますが、これは、障害のある人がその障害の特性から、虐待を虐待と認識できなかったり、虐待に対して反論が難しかったりするなど、虐待を受けやすい立場にあり、とくに職場で虐待を受けるケースが多いからだといわれています。この虐待には心理的虐待も含まれ、いじめもこれにあたる場合があります。
職場でのいじめを放置することも、管理職を含めた使用者による障害者虐待(ネグレクト)とされる場合もあり、いじめに対しては迅速かつ適切な対応を取ることが不可欠です。
具体的な対応
いじめの内容が身体的な暴行を伴うものであったり、パワハラやセクハラにあたるものであったりする場合、被害側の保護、加害側の処分を含めた厳正な対応が必要です。
いじめの背景に障害に関する差別や偏見、無理解、勘違いがある場合、いじめたとされる従業員に対し、障害に対する理解を促し、本人の障害の特性を踏まえた指導や対応を求めていくことが必要です。障害に対する理解を促すためには、自社の障害者雇用の理念や考え方を改めて丁寧に伝えるとともに、研修や他社の見学の機会をもつことが有効です。
また、その障害のある従業員の障害の特性をジョブコーチなどの第三者の立場の人から説明してもらい、いじめたとされる従業員と定期的に面談の機会をもつことも効果的です。
いじめの実態が特定の従業員との人間関係の問題である場合、「厳しい指導」、「強い物言い」が原因であれば、本人の障害に対する理解とともに、そのような指導が本当に必要かつ有効かを考えることが必要です。その他の人間関係上のトラブルがある場合、調整が難しければ、一旦お互いの距離を置かせてストレスを軽減させるという対応も考えましょう。また、生活上のストレスが背景にある場合は、支援機関と連携して対応することも重要です。
具体的な対応を考える際には、ジョブコーチや障害者就業・生活支援センターに相談をすることも効果的です。
いずれにせよ、本人が「いじめられている」と訴えていることは、何らかのSOSを発している状態です。SOSを的確にキャッチして、本人が何に困っているのかをよく見極めながら解決に臨むことが大切です。
入社後の定着にあたって、ほかにもこんな疑問に答えます。
Q 障害のある従業員の仕事の効率が上がらず、本人も周囲も対応に悩んでいます。また、別の障害のある従業員は、周囲との人間関係に悩んでいます。このような問題は、どこに相談すればよいですか?
Q ある障害のある従業員は、家庭での心配事を職場でもよく口にします。家庭の問題が仕事にも影響していると思われる場合、どのように対応すればよいですか?
Q ある障害のある従業員の家族から、連絡帳を活用してほしいといわれています。連絡帳については、どのように扱っていけばよいですか?
Q 障害のある従業員から、「同僚の障害のある従業員から一方的に好意を抱かれていて、仕事がしづらい」という訴えがありました。どのように対応すればよいですか?
大胡田誠・関哉直人編 / 弁護士
出版社:弘文堂( 2016-02-24 )
定価:¥ 2,160
Amazon価格:¥ 2,160
単行本 ( 206 ページ )
ISBN-10 : 4335356587
ISBN-13 : 9784335356582
(2016年4月1日「Synodos」より転載)