放送開始から15年以上、女の子向けアニメとして高い人気を誇る「プリキュア」シリーズ(毎週日曜、ABCテレビ・テレビ朝日系列)。2019年2月から放送中の16作目の「スター☆トゥインクルプリキュア」では、宇宙人のプリキュアが登場したり、キャラクターの肌色などがそれぞれに異なったりと、多様性を意識した内容が話題だ。
だが、そのメッセージ性の高さは、今に始まったものではない。プリキュアは、何と戦い続けてきたのか。「プリキュアらしさ」の核はどこにあるのか。
シリーズ初代から5作目までのプロデューサーを務め、現在もアドバイザー的な立場で企画に携わる東映アニメーションの鷲尾天(わしお たかし)さんにインタビューした。
「女の子向けだから」という決め付けを捨てた
――2004年に放送が始まった「ふたりはプリキュア」は、タイトル通り、中学生の女の子2人がプリキュアという戦士に変身して戦う物語です。女の子向けであるにもかかわらず、本格的なアクションを取り入れた斬新さが注目を集めました。シリーズとして15年以上支持され続けている理由はどこにあると思いますか。
当初はこんなロングランではなく、半年~1年で終了する予定だと聞かされていたんです。私自身、女の子向けの作品を担当した経験もなかったので、とにかく「女の子向けアニメとはこういうモノだ」という決め付けを捨てることにしました。
企画書に書いたコンセプトは「女の子だって暴れたい」。ヒットを狙って逆張りをしたわけではないんです。自分自身がこれまで見てきたこと、感じてきたことを信じた結果、生まれてきた言葉ですね。
私は子どもの頃、身体は弱かったし、足も遅かった。同級生の女子のほうがむしろ活発でした。だから「女の子だからおしとやかにするべきだ」「男の子は泣いてはいけない」などという大人の言葉に、違和感を抱いていました。
受け入れられる確信はありませんでしたが、そういう実感に素直になったことが、結果的に子どもたちの支持を得ました。
「ふたりはプリキュア」で何より大事にしていたのは、主人公の2人がそれぞれ自立した存在であるということです。全く異なる個性を持つ2人が、プリキュアとして戦う中で認め合い、絆を育んでいく。
「アクションもの」ではありますが、力で敵を打ち負かして「最強」への階段を上がっていくような男の子向け作品とは、一線を画していました。
プリキュアの「チーム」には序列がない
――4作目「Yes!プリキュア5」(2007~2008年)から、基本は2人組だったプリキュアが「チーム制」になりました。
物語の設定や登場人物が「代替わり」する仕組みを、その一つ前の作品から取り入れていました。これと併せ、「チーム制」を採用したことはシリーズに持続的な発展性を持たせることになった大きな転換点でした。現在に続くプリキュアの「チーム観」を打ち出すきっかけにもなったと思います。
――その「チーム観」、実はあるヤンキー漫画を参考にしたと聞きました。
「湘南爆走族」(湘爆)ですね。暴走族の高校生たちの友情や恋愛を描いた青春漫画で、1980年代に人気を博しました。
暴走族をプリキュアの参考にしたと言うと驚かれるかもしれませんが(笑)、注目したのは彼らの「関係性」のカッコよさです。「湘爆」の主人公は一応、族のリーダーではあります。しかし、仲間を力でねじ伏せるようなキャラクターではないし、一人ひとりの力関係には序列がない。互いに馴れ合わず、その絆のベースには個としての「自立」がありました。
例えばメンバーの一人が、別の暴走族につかまった自分の友人を助けに行くエピソードがあります。ところが、ここで同族の仲間には声をかけない。これは自分の問題だから、と一人で立ち向かおうとするんです。するとその道すがら、仲間たちがポツン、ポツンと立って待っている。彼らはそれぞれの判断で、加勢する。
決して依存はしないけれど、言わなくても「分かる」。そんな絆で結ばれたチーム像が、自立した女の子同士の関係を描いた「ふたりはプリキュア」の発展型として、ふさわしいと感じました。
「プリキュア5」では、春日野うらら(キュアレモネード)というキャラクターが敵に一人で対峙する状況に追い込まれ、絶体絶命のところで仲間たちが駆け付けるエピソードがありました。
制作陣には「うららの方から、助けが来るのを期待していたように駆け寄るのはNG。絶対に仲間たちの方から駆け寄る画にしてください」とお願いした。それぞれが逃げずに前を向き、同時にお互いを支え合う。そんな関係性が、プリキュアの友情の原点なんです。
――まさに「シスターフッド」(女同士の絆)。「湘爆」的な関係が、男同士に特有のものだとは考えなかったんですね。
マーケティングとして当時の女の子向けコンテンツの傾向は押さえつつ、だからといって「それが全て」という考え方はしませんでした。
もっと、もっと多様であっていいという思いがあった。
政治や社会においてもそうですが、アニメの世界でも女の子はマイノリティー(少数派)です。つまり、単純に「女の子向け」とされる作品の数が少ない。特にアクション系は、男の子向けの作品を女の子も一緒になって見ている状況がありましたから。
戦うのは「勝つため」ではない
――互いに異なること、そして自立していることをプリキュアらしさの「核」として挙げていましたが、確かにプリキュアのチームは一人ひとりの個性が際立ちます。「多様性」という言葉が世の中に浸透する以前から、その可能性を体現していたように感じます。
もちろん、「プリキュア5」などを担当していた当時は、ダイレクトに「多様性」というテーマを意識していたわけではありませんでした。ただ、振り返ると、今につながるメッセージを発信していたのだと実感します。
「敵に勝つために戦う」のではなく、「自分たちの居場所である日常を守るために立ち向かう」という姿勢も一貫していると思います。
――「守るために立ち向かう」。この発想はどこから生まれてきたのですか。
「勝ち負け」によって、能力の序列や価値観の正しさを決めたくなかったんです。これは、初代の構想段階から念頭にありました。一つの物差しで決着をつけるということは、つまり、物ごとを「一元的」に見るということ。逆にいえば、多様性の否定につながります。
私は高校時代、かけっこが遅いというコンプレックスをどうにかしたくて陸上部に所属していたんですよ。陸上の世界こそ一元的な「勝ち負け」の世界だと思うでしょう。でも、実際は違う。レースには負けても、自己ベストが出ればいい。人を倒さなくても、押しのけなくても、自分の成長が実感できればいいと思うんです。なぜなら、努力はそこにあらわれているんですから。
また同じ頃、本多勝一さんの「殺される側の論理」や、近藤紘一さんの「サイゴンから来た妻と娘」など、ベトナム戦争を経験したジャーナリストたちのルポルタージュをよく読んでいて、その影響もあると思います。そこには当時の自分が知らないことばかりが連綿と書かれていて、世界を「強者ではない側」から見る感覚に衝撃を受けたんです。圧倒的多数派の影に隠れてしまっている、マイノリティーの意見、価値観こそが重要なのだと。
マイノリティーの「居場所」を守る
――プリキュアが、強大な力を持つ敵に対して「あなたが力が強いからと言って私たちが言うことを聞くと思ったら大間違いだ」と抗う場面はシリーズを通して何度も出てきますね。
背景にはマイノリティーの居場所を守りたい、という思いも込めました。力は、強い人が振りかざすものではなく、意志を持つ人、勇気を持つ人のところに集まるのだということです。
――子どもたちに引きつけてみても、学校では個性を大切にと言われながら、結局は一元的な物差しで評価されがちで、息苦しい感じがします。
そうですね。テストの点数では測れない個性を持っていたり、学校の外に得意なことや好きなことがあったりする子どもたちもいますが、そういう多様性も含めて受け入れられる場があるといいと思います。
現実でそれが満たされているのが一番ですが、プリキュアという作品を送り出していく側として、能力とは序列ではなく「違い」であり、誰もが尊重されるべき存在なのだというメッセージはこれからも伝え続けていきたいですね。
実は、プリキュアのチームの「真ん中」にいる子は、これといった特技がないというキャラクターも多いんですよ。
――プリキュアが訴え続けてきた「多様性」の大切さは、今や当たり前に重視されるべき価値として世の中に浸透しつつあります。今後、さらに何をメッセージとして伝えていきますか。
プリキュアシリーズのもう一つの転換点となったのが、「Go!プリンセスプリキュア」(2015~2016年)です。この作品では「プリンセス」、その後も「HUGっと!プリキュア」(2018~2019年)では「子育て」……というように、各作品にモチーフを設定するようになりました。様々な世界観をプリキュアの中に取り込む。言い換えれば、世界観は変わっても、「これはプリキュアである」と納得してもらえるだけのメッセージを出していく。
――そのためには何が必要ですか。
女の子が自立していること、りりしくあること。それに尽きます。
例えば、一見すると「プリンセス」というモチーフはプリキュアらしくないと言われるかもしれない。でも、企画当時はディズニー映画「アナと雪の女王」が大ヒットしていたこともあり、やはりプリンセスを好きな女の子は多いのだという実感がありました。ならば、王子様に依存するのではなく、自らの手で道を切り開く強いプリンセス像を新たにつくり出せれば――。そんな風に考えを積み上げて、モチーフ自体をプリキュア流にアップデートしていきました。
現在放送中の「スター☆トゥインクルプリキュア」は「宇宙」をモチーフに、史上初めて、プリキュアのチームメンバーに宇宙人がいるといったチャレンジもしています。多様性というテーマに真正面から取り組んでいます。
――多様な価値観が尊重されるべきものであることは前提としたうえで、近年はそれがコンテンツへの激しい批判にもつながる風潮があります。作り手としてはやりにくくないですか。
フィクションの中に、現実の複雑性をどれくらい取り入れるべきなのか。さらに、子どもたちに向けて何を、どこまで伝えていくのか。「伝わる」ラインはどこか。
どれも常に頭を悩ませている問題ですが、何より大切なのは、作り手側の主体性と責任感。100%の正解なんてない。それでも考え抜いた上で作品を届けていく姿勢を、これからも貫いていきたいと思います。
(取材・文:加藤藍子 @aikowork521 写真・編集:生田綾 @ayikuta)