夏バテには豚肉=ビタミンB1が「効く」のか?

おかずもしっかり食べよう
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 カレンダーでは9月に入り、記録的な暑さだった夏もようやく終わりかけています。「夏バテにはビタミンB、とくに豚肉がおすすめ」とよく言われますが、豚肉には本当に夏バテ予防効果があるのでしょうか?

 さまざまな健康情報の信憑性を、世界中の膨大な栄養学の論文から読み解いて解説した話題の本『データ栄養学のすすめ』の著者、佐々木敏さんに聞きました。

――今年の夏は暑かったですね。夏になると、インターネットや雑誌、新聞等で、栄養士が「夏バテ防止」に、ビタミンBが豊富な「豚肉」をすすめている記事を見かけます。佐々木さんは著書のなかで、これに異議を唱えていらっしゃいますね。そもそもビタミンBはどんな栄養素なのでしょうか。

佐々木 ビタミンBは、「炭水化物からエネルギーができるまでの代謝を助けるビタミン」です。消化・吸収された炭水化物は体内でいろいろな物質に変化して最後に活動のためのエネルギーを出します。ビタミンBは、この物質の流れをスムーズにする働きをしています。

――ビタミンというと、野菜や果物を思い浮かべます。「豚肉」に多いというのは本当なんですか?

佐々木 ビタミンが野菜や果物に多いというのは、ビタミンCに限った話です。ビタミンBは野菜や果物には総じて乏しく、むしろ、「肉や魚」に豊富に含まれています。

――ビタミンBとビタミンCでは、ずいぶん違うのですね。

佐々木 表をごらんください。ビタミンBが「豚肉」に断然、多いのがよくわかります。ほかには、「ハマチ」や「玄米ごはん」にもかなり含まれています。一方、ビタミンCはこの表の中では、事実上は「みかん」と「小松菜」にしか含まれていません。

――この表を見る限りでは、ビタミンBは豚肉以外の食品にも入っていて、いろいろな食品を摂っていれば不足しなさそうな気もします。ビタミンBはどのくらい摂ればいいのですか?

佐々木 それには、厚生労働省が定めている「日本人の食事摂取基準」というガイドラインのなかの「推奨量」がひとつの目安になります。ただ、自分が「推奨量」を満たしているかどうかは、計算をしなければわかりません。

 そこで、2つの研究で別の観点から考えてみましょう。まず最初に、ビタミンBが「充分に摂れている」とはどのくらいの量で、それ以上摂ると「どうなるか」を確かめた実験です。

――ビタミンBを摂りすぎると、どうなってしまうのですか?

佐々木 ビタミンは水にとける「水溶性ビタミン」と、油(脂)にとける「脂溶性ビタミン」に分けられます。ビタミンBは水溶性です。そのため、たくさん摂取した場合、多かった分は尿から捨てられます。その様子を確かめたのが図1です。そして、体にはなにも起こりません。よいことも悪いこともなにも起こらないのです。

――たくさん食べても、意味がないということですか?

佐々木 はい、上の図1を見てください。

 健康な若い女性6人に、炭水化物の量は同じでビタミンBの量が異なる4種類の食事を1週間ずつ食べてもらい、毎週最終日に尿の中のビタミンBの量を量りました。その結果、ビタミンBの摂取量が最も少なかった0.53mgのときだけ尿中にほとんど排泄されず、それ以外は摂取量に比例して排泄量が増えていました。

――ということは、多く食べても尿から排出されるだけ......1日あたり0.53mg程度以上を摂取していれば、摂取量は充分だというわけですね。

佐々木 そういうことになります。

――あとは、私たちがこの量のビタミンBをきちんと摂取できているかどうかの問題です。

佐々木 そこでもう一つ、研究からご紹介しましょう。健康な日本人の成人男女392人のビタミンBの摂取量を調べたのが図2です。図1の0.53mgを分かれ目とすると、これ未満だった人は赤色の16人(4%)で、残りの376人(96%)は充分にビタミンBを摂取していました。

――ほとんどの人が不足はしていないわけですね。でも、自分が残りの4%に入っているかも......。

佐々木 残りの4%の人たちが、「危ない状態」なのかどうかが問題です。

 尿にビタミンBが排泄されるのは、ビタミンBを余分に摂取していて、「こんなにいらない」と体が判断したときです。ですから、それより少なくてもエネルギー代謝に支障をきたすわけではありません。

 ビタミンBが欠乏して問題となる症状は、「脚気」です。脚気の危険ラインは1日あたりの摂取量が0.3mgから0.4mgを下まわったときです。

 ここで先の図2をもう一度見てみましょう。0.4mg下まわった人は、わずか1人(0.3%)でした。

――ビタミンBが不足している人は、392人を調べて1人しかいなかったということですか?

佐々木 そういうことです。

 しかも、話が少しむずかしくなるのですが、この調査で使われた食事記録法という調査方法では、食べた量を少し少なめに記録する傾向があることが知られています。つまり、実際の摂取量はこれより少し多いはずです。

 さらに、この調査の期間は4日間だけでした。もっと長い日数で調べると、摂取量が極端に少ない人や極端に多い人が現われる確率は低くなることも知られています。これらのことから、0.4mgを下まわる人の出現確率は、0.3%より少ないと推定されます。

 つまり、食べ物をほとんど食べられないような状態でない限り、ビタミンBの深刻な摂取不足に陥る恐れは「ほとんどありません」。少なくとも、夏バテ程度で心配する必要はないわけです。

――夏バテ対策にビタミンBを摂っても、効かないということですか......。

佐々木 ビタミンBが不足したために夏バテになったという研究結果は、見たことがありませんね。

 そうはいっても、最初にお見せした表からわかるように、そうめんと冷や麦は、ごはん(精白米)と並んでビタミンBがとても少ない食品です。暑いからといって、ほかの食べ物はいっさい食べずに、夏の間そうめんや冷や麦ばかりを食べ続けていたら、危ないかもしれません。

 ただし、そのときに起こるのは、夏バテではなくて脚気でしょう。

――どうして夏バテ対策として豚肉がすすめられるようになったのでしょうか。豚肉が効かないとしたら、どんなものを食べたらよいのでしょうか。

佐々木 夏バテは「慢性疲労」の一種と考えられますが、慢性疲労に栄養がどのように関与しているかは、じつはまだ明らかにされていません。また、夏バテに限らず、慢性疲労とビタミンBの摂取量や必要量との関連について科学的に調べた研究も、ごくわずかしか見当たりません。

 「夏バテに豚肉・ビタミンB」がこんなに世の中に広まった理由は、ナゾなんです。蒸し暑さのために減退しがちな食欲に対して、そうめんばかり食べるという人もいますよね。そこで、とにかく何かおかずも食べてほしいという思いが、「炭水化物の代謝に必要なビタミンBの多い豚肉」というような説明になったのかもしれません。

 食欲が低下しがちな夏場に、主菜や副菜の意味を思い出すきっかけにしてほしい、という意味だと理解するのがいいのではないでしょうか。

 夏バテ対策には、食事にばかり神経質になりすぎるよりも、朝のラジオ体操でさわやかに目覚め、暑い午後は軽く午睡(シエスタ)と決め込むほうが、賢いと思いますよ。

出典

※1 Fukuwatari T, et al. Urinary water-soluble vitamins and their metabolite contents as nutritional markers for evaluating vitamin intakes in young Japanese women. J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo) 2008; 54: 223-9. 実験の詳細については、佐々木敏『データ栄養学のすすめ』(女子栄養大学出版部)を参照してください。

※2 Asakura K, et al. Sodium sources in the Japanese diet: difference between generations and sexes. Public Health Nutr 2016; 19: 2011-23. ただし、図2はこの論文に載っているものではなく、この論文で使われたデータを用いて作成しました。実験の詳細については、佐々木敏『データ栄養学のすすめ』(女子栄養大学出版部)を参照してください。

・この内容は、『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』を基にしています。

くわしくはぜひ本書をお読みください。

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