「音声から考えるこれからのメディアと広告の未来」と題したイベントが11月27日(東京・六本木)に開催された。
主催したのは、アドテクノロジーのサービスを提供するpopIn株式会社とハフポスト日本版。これまでもメディアと広告に関するイベントをシリーズで開催しており、今回はその4回目だ。
イベントは、全五部のプログラムに分かれており、“声で情報を届ける魅力”に始まり、グローバルの業界動向、ライフスタイル変化、これからのメディアと広告のあり方など参加者とともに考えた。
オープニングでは、popIn株式会社 副社長 髙橋大介氏が登壇し、「まだ誰も結論はもっていない。だからこそ、この場で音声の可能性について語り合いたい」と呼びかけた。
人の声だからこそ伝わる表現
第一部では、声で情報を届けるプロによるトークセッションが行われた。
ファシリテーターに元TBC東北放送アナウンサーで現ハフポスト日本版ニュースエディターの小笠原遥、ゲストに「風の谷のナウシカ(クシャナ役)」や「機動戦士Zガンダム(ハマーン・カーン役)」などで知られる声優の榊原良子氏が登壇。
長年、声優としてキャリアを積み上げてきた榊原氏は、「声優の在り方もアップデートしていかないと、音声技術が進化しているAIに取って替わられるのではないか」と危機感をもって話した。
小笠原は、「中国ではAIアナウンサーがニュースを読む時代になっている」と話し、これからの声優の職業に必要なスキルとは何かと問いかけた。
榊原氏は、「受け手(ユーザー)は、よりライブ感・リアルな表現を重視しているように思う。AIは正確に言葉を伝えることはできる。けれども、人間らしさを作り出すことはできない。なぜなら人間が持っている唯一無二の「感情」が、AIには存在しないから」と述べた。
さらに、そうした人間らしさを「ゆらぎ」と表現し、こう語った。
「人間はゆらいでいるものでしょう。私はそのゆらぎが耳に触れてくる方が好きです。AIは整えられたもの。整えられすぎたものを見ると息苦しくなりませんか。どこかがちょっとずれている方が居心地がいい。人間の感覚に気持ちよく入っていくような表現が一番いいんじゃないかなと思うんです」(榊原氏)
世界的な音声コンテンツブーム
第二部では、Tech Crunch Japan編集記者の菊池大介氏が登壇し、アメリカでの音声コンテンツの動向を紹介した。
菊池氏は、「ポッドキャストの利用者が7,300万人を超え、車社会のアメリカでは音声コンテンツが人々のライフスタイルに根付きつつある」と話した。
加えて、業界内の大きなトピックスとして「音声プラットフォームのSpotifyがポッドキャストの関連会社AnchorとGimlet Mediaを買収するなど音声業界に大きなうねりが起こっている」という。
アメリカ以外に中国でも音声コンテンツは、人々のライフスタイルに浸透している。
第三部では、中国発の音声プラットフォーム「Himalaya」を提供するシマラヤジャパン株式会社 副社長 齋藤ソフィー氏が登壇。中国での音声コンテンツの現状を紹介した。
同社が提供する「Himalaya」は、すでに6億ダウンロードを記録し、最大手音声プラットフォームに成長しているそうだ。
主に上海や北京などの一級都市に住むユーザーが利用しており、その平均聴取時間は、170分/1日にものぼる。(スマートフォン平均利用時間約180分/1日と同規模 ※ニールセンの調査より)
さらに、プラットフォームに音声コンテンツを提供するキャスターの数も膨大で、プロからアマチュアまで700万人にものぼる。
齋藤氏は「700万人中、プロは100万人程度で残りの600万人は素人(アマチュア)です。中国では、キャスター業が人気の職業になっている」と説明した。
デバイスは様々で、スマートフォンはもちろん、スマートスピーカーや車積機器など多岐にわたる。また、「Himalaya」を利用するユーザーの中には、自分の子供にテレビやYouTubeの代わりにスマートスピーカーを通して童話や学習などの音声コンテンツを聴かせている親もいるそうだ。
音声コンテンツから考えるあたらしいメディアと広告のカタチとは?
第四部のパネルディスカッションでは、ファシリテーターにハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎、パネラーに齋藤ソフィー氏、音声広告を取り扱う株式会社オトナルの代表取締役 八木たいすけ氏が登壇。
お金、感情、海外マーケットなど9つのテーマから音声の未来について語りあった。
これからのメディアの方向性について八木氏は、アメリカでのスマートスピーカーの所持率が3人に1人という実態から「音声コンテンツが次のメディアになり得る」と話す。
また竹下編集長は、コミュニケーションの観点から「スマートスピーカーでの情報収集が当たり前のライフスタイルになった場合、オープンな情報空間(音声)が実現し、より人々のコミュニケーションが活発化するのではないか」と考察。
日本での音声広告の未来についても、海外の事例を元にディスカッションが繰り広げられた。
八木氏は、国内の音声広告市場について、「アメリカでのデジタル音声広告のメディア側の収入は近年爆発的に増加している。2016年には約1,185億円、2年後の2018年には約2,400億円と2倍以上の規模に成長している。国内の音声広告市場の見立てとしては、近い将来240億円程度になるのではないか」と推測する。
さらに、市場規模に加え、音声広告のユーザー体験に関する調査結果を紹介。
2019年2月に米国Adobeが1,000人を対象に行なった調査によると77%が音声広告に対して『押し付けがましくない』、『他のチャネルの広告より興味を引く』と回答したという。
「人の声で話すことによって、本来嫌がられやすい広告の敷居が下がるかもしれない。広告という文脈でも音声は可能性があるのでないか」と話した。
齋藤氏は、「スターバックスとHimalayaが300万個限定で行なったポッドキャストキャンペーンが大盛況だった」と振り返る。これは、コーヒーのボトルに「Himalaya」へのリンクバーコードを印字し、バーコードを読み込むと有名な芸能人・声優によるポエムを聴けるというもの。この他にも中国ではユニークなアプローチが続々と登場しているという。
グローバルの規模感およびユーザー体験から見ても、音声コンテンツ市場はポテンシャルを感じる。
「日本人のライフスタイルとフィットするのか」という竹下編集長の問いかけに、齋藤氏は、「音声コンテンツは、動画や書籍などの視覚情報のように、手や目を使わない状態で楽しめる。育児や家事の両立で忙しい世代や、ビジネス層にとっても『ながら聴き』できる音声コンテンツはとても便利だと思う」と力を込めた。
さらに「日本は、元々ラジオ文化が根付いている国。中国と比べてものづくりの精神があり、コンテンツを作れるプロの方がたくさんいる。加えてコンテンツに対してお金を払う意識もあるので、環境さえ整えば、音声コンテンツは爆発するのではないか」と日本市場の可能性について話した。
音声コンテンツの可能性はいかに
最後に、本イベントの主催popIn株式会社 執行役員メディア担当 西舘亜希子氏が登壇。popIn株式会社が考える音声コンテンツの未来とその可能性について語った。
まず、ユーザーの実態を把握するべく、同社はイヤホンやヘッドホンの利用率やイヤホン装着時における音声コンテンツを独自に調査。20歳以上を対象にした調査によると、日本のイヤホンの利用率は、51.8%。また、音声コンテンツの80%以上が音楽で、その次にYouTube、ラジオという結果だったと説明した。
音声コンテンツは、ユーザーに受け入れられるのか。
イベント開催にあたって、popIn株式会社とハフポスト日本版は共同で、編集記事を音声コンテンツ化し、その聴取率等の調査を実施。
その結果、音声の場合、再生ボタンをクリックした人が平均2.71回(1人あたり)と複数回音声コンテンツを再生していたことがわかった。聴取時間も平均4分21秒と、記事の読了時間よりも長い。
つまり、読んでいるよりも長い時間コンテンツと接触をしているということだ。さらに、合成音声と人間の声でABテストしたところ、人間の声の方が52%も長く聴取されていたという。
西舘氏は「良質なコンテンツとの接触機会を提供すれば、生活者は記事コンテンツと同等以上に音声コンテンツに時間を割いてくれるだろう」と希望を語った。
一方で、耳の可処分時間の大半を占める音楽から、音声コンテンツの聴取習慣を形成していくために必要な要素として、3つを挙げた。音声コンテンツとの出会いを普段の生活導線の中で機会を設けること、いかに良いコンテンツを新規のユーザーに接触可能な形で流通させていくか、そして、デバイスとコンテンツの両面でどのように開放していくか。それが今後の課題だと話す。
西舘氏は「市場を立ち上げは当たり前だが弊社だけでできることではない。ここにいる皆さんと一緒になってマーケットを協創したい」と締め括った。
音声コンテンツの普及は、私たちのライフスタイルはもちろんのこと、メディアや広告のカタチまで刷新していくだろう。底知れない可能性を秘め、国内外で盛り上がりを見せつつある音声市場。
これからの動きに注目だ。
(編集:川越麻未)