孤独な子育てに悩む女性を助けたい。助産師が地域で“ランチ会”を開き続ける理由

大阪市東淀川区で、子育てに悩む親の心に寄り添うためのランチ会をNPO法人が続けてきた。活動継続のため、クラウドファンディングで支援を呼びかけている。
pokkapokaの理事長・渡邊和香さん
pokkapokaの理事長・渡邊和香さん

妊娠中や出産後に気持ちが不安定になって、家に引きこもる女性たちは少なくない。そして、それはときに子どもへの虐待にまで発展してしまうこともある。

そんな孤独な子育てに悩むママたちの心に寄り添うためのランチ会「Drop in Lunch」を開いているのが、大阪市東淀川区を拠点とするNPO法人・女性と子育て支援グループpokkapokaだ。

親子に笑顔を取り戻すために、このランチ会を継続できるよう、クラウドファンディング「A-port」で支援を呼びかけている

赤ちゃんと孤独な時間を過ごしているお母さんたちの存在

お弁当を食べたあと子育ての話を聴きながら子どもと関わり、親子の様子を知る。
お弁当を食べたあと子育ての話を聴きながら子どもと関わり、親子の様子を知る。

Drop in Lunchは2014年に大阪市東淀川区の「社会的問題解決に向けた区民提案型事業」としてスタートした。

ランチ会を主催するpokkapokaの理事長・渡邊和香(やすこ)さんは、地元で助産院を営む助産師でもある。地域の妊娠中、もしくは出産して間もない母親や赤ちゃんと触れ合ううちに気づいたのが、自宅に引きこもりがちなプレママや新米ママの存在だ。

「赤ちゃんとふたりでカーテンを締め切った部屋にポツンとしている人。大泣きしている赤ちゃんを横目にぼーっと遠くを見ている人もいました。

そんなふうに赤ちゃんと孤独な時間を過ごしているお母さんたちが、少しでも外に出るきっかけにしてほしいとランチ会を開くようになりました」と渡邊さん。

背景には、深刻な社会課題がある

母親たちが引きこもる理由はさまざまだ。仕事が忙しい夫が平日はほとんど育児に携われず、育児を手伝ってくれる親も近くにおらずワンオペに行き詰まってしまう人。妊娠や出産で仕事を辞め、苦手だった人との関わりをさらに断ってしまった人。ほかにも、望まない妊娠やシングルマザー、貧困、家庭内DVなど、日本社会が抱える課題が彼女たちの向こうに見え隠れする。

「社会の手助けが必要なのに、行政の子育て支援の情報も知らないから、必要な支援にアクセスできない人もたくさんいます」

食事を一緒にすることで、元気を取り戻す

2月の開催では、紙コップでお雛さま作りをした。
2月の開催では、紙コップでお雛さま作りをした。

今は、新型コロナウイルス感染拡大の影響でランチ会を中止しているが、普段は区民会館で毎月第三木曜日に開催している。お弁当を用意して、子連れで集まったママたちが自由に楽しめる雰囲気に。お弁当の後はそのままおしゃべりしたり、手形や足形をとったり、季節の手づくりを楽しんだりヨガをしたりすることもある。

「外に出ることが苦手な人は、自分から人と話すのも苦手だったりするもの。そういうときに、何か手を動かす作業があると、やり方を聞くなどして自然に人と会話ができます。頭を空っぽにして手先に集中する時間は、ちょっとした息抜きにもなるのではないでしょうか」

みんなで一緒に食事をすることも、渡邊さんの大きなこだわりだ。

「1日3食、きちんと食べる食習慣がない人もいます。ほとんど食事をつくらずに、できあいのものやお菓子ばかりということもあります。でも、食べることは、生きる基本ですよね。しっかり食べるだけで、気持ちが元気になって子育てを頑張ろうという意欲も戻ってきたりするものです。

また、あまり小さい頃から家族とごはんを食べる経験が少なく孤食慣れしているのも、彼女たちの傾向として感じます。みんなでおしゃべりしながら食事をすれば、ごはんもおいしいし、何より楽しい。そういうことを知ってもらう機会になれば、と思っています」

ランチ会は支援にたどり着くためのステップ

生後2ヶ月になった男の子の母親とは産前からの付き合いだ。
生後2ヶ月になった男の子の母親とは産前からの付き合いだ。

助産師として多くの家庭を訪問してきた渡邊さん。孤独そうに見えたり、生きづらそうに見えたりする女性を、さり気なくDrop in Lunchに誘ってみる。

「支援が必要でも、自分から支援施設の窓口に行けない人もいる。だったら、もう少し気軽なランチ会に誘い出すことで、その後の支援につながるかもしれません」

区役所と情報を共有して、ランチ会に参加してほしい人には招待状を郵送。ひとりでは行けないという人に対しては、家の近くまで迎えに行くこともある。

知らない人ばかりの集まりでも、「渡邊さんがいてくれるなら」という参加者もいる。

「子育てがしんどい」とSOSを出していい

ボランティアの看護師と遊ぶ男の子は、最近保育園で覚えた遊びを披露してくれた。
ボランティアの看護師と遊ぶ男の子は、最近保育園で覚えた遊びを披露してくれた。

子育て中の親が社会から孤立することは、そのまま子どもたちのリスクになりうる。子育ての不安や悩みから追い詰められて、子どもに大きな声を出したり、手を上げてしまったり。そういう「子育てのしんどさ」を、誰かに話せることが社会からの孤立を防ぐ最初の一歩なのだと渡邊さんは言う。

「特に今は、新型コロナの影響で外出自粛が続き、誰もがイライラしています。そういう空気の中の子育ては確かに大変ですが、早くにガス抜きできれば、ぐっとラクになったりします。

一方で、引きこもりがちな人たちは、自分がつらい状況にあることを自覚できていないことも多いんです。そういう人たちに、“あなたは助けを求めていいんだよ”と伝えてあげたい。SOSを出すことで、子育ての楽しさに気づいてもらえたらと願っています」

元当事者からのアドバイスも

少しの間でも親と離れる機会が普段あまりない男の子は、慎重に遊んでいた。
少しの間でも親と離れる機会が普段あまりない男の子は、慎重に遊んでいた。

もちろん、渡邊さんが声をかけても、ランチ会に足を運べない人もいる。無理に深追いせず、相手の状態を見守りながらタイミングを見計らうことも大切だ。

「子育てに追い詰められているお母さんたちの心はとても繊細で、難しいもの。それでも、あとから “そういえば、Drop in Lunchという会があったな”と思い出してもらって、何か変化のきっかけにしてもらえたらうれしいですね」

ランチ会には、以前当事者として参加していた経験を持つ先輩たちも参加。pokkapokaの職員になって手伝う人もいる。

「自分が育児で悩んでいたときに助けてもらったから、今度は次の世代の困っているお母さんたちの手助けがしたいと言ってくれています。そうやって、世代をつないで活動することが、地域が一緒になって子育てすることにもなっていくと思っています」

「頼れる産婆」的な視点で地域の子育てを見守る

pokkapokaの理事長・渡邊和香さん(奥右)
pokkapokaの理事長・渡邊和香さん(奥右)

pokkapokaのように、NPOが自治体と連携して支援が必要な親たちの情報を共有するのは、全国でも珍しい取り組みだ。それが実現できたのは、長年、渡邊さんが地域で親たちをサポートしてきた実績があるからだ。

東淀川区も渡邊さんの活動を評価し、信頼関係を築けている。これがモデルケースとなって、全国に広がれば、困っている家庭への支援も届きやすくなるのではないだろうか。

残念ながら、今は新型コロナのためにランチ会はできないため、利用者に往復はがきを送って、困りごとや心配ごとがないか、連絡をしているという。

「誰かに聞いてもらいたいことがあれば、返信はがきに書いて送ってもらうことで、電話やメールで連絡することができます。そうやって、お互いに少しずつ気にかけ合うことで、誰もが安心して子育てのできる環境になっていくような気がします」(渡邊さん)

地域に溶け込み、まるで昔の産婆さんのように、子育て家庭の様子を見守る渡邊さん。それぞれの事情に理解を示しながら、ちょうどよい距離感で殻に閉じこもっているママたちに寄り添い、心を開いていく。そんな渡邊さんのような存在が地域にいることが、本当に子育てにやさしいまちなのかもしれない。

5月29日までクラウドファンディング

Pokkapokaは、朝日新聞厚生文化事業団と協力して、Drop in Lunchのための支援をクラウドファンディングで募っている。支援の受け付けは5月29日まで。詳細はこちら

(文・工藤千秋、写真・滝沢美穂子)

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