シリーズ:モルディブで、サステナビリティーについて考えた
国連広報センターの根本かおる所長は、2018年3月10日から16日、インド洋の島国モルディブを訪問し、気候変動対応の最前線や国連の活動などを視察しました。温暖化による異常気象や海面上昇が人々の暮らしに影響を及ぼしているモルディブで、サステナビリティーについて考えたことをシリーズでお伝えします。
連載第2回 プラスチックごみ、そして海面上昇と異常気象との闘い
今回モルディブには天気が安定していると言われる乾期を選んで訪問したのですが、首都マレから南部のラーム環礁の空港に着陸すると激しい土砂降りでした。
「天気がこれまでの気象のパターンからはずれることが多くなったと地元の人たちも言っていますよ」と、モルディブに駐在して3年半になる野田章子 国連常駐調整官 が言います。平坦で水はけの悪い土地ゆえに、すぐ大きな水たまりができてしまいます。
空港から車で30分ほどの港からさらにスピードボートに乗り、ごみ捨て場と化していた沼地をコミュニティーの力で再生させているというマーバイドホー島を目指します。
途中、映画『スター・ウォーズ』が撮影されて「スター・ウォーズ・アイランド」と呼ばれるベラズドホー島があり、ここにリゾート・ホテルと宿泊施設を建設して開発することになっていると聞きました。
人口およそ900人、長さ1.5キロ、幅0.5キロのマーバイドホー島は2004年にインド洋を襲った津波で大きな被害を受け、島の家々はその後援助団体の支援を受けて再建されたため、画一的な家並みになっています。
「津波が起きた際には木によじ登って、何とか生きながらえることができました」と語る島民議会議長のアリ・ファイザルさんがコミュニティーの力で再生中の沼地に案内してくれました。
この活動は気候変動などのリスクへのコミュニティーのレジリエンスを促すための 国連諸機関による統合型の支援プログラム(Low Emission Climate Resilient Development Programme、LECReD) の支援を受けています。
「50年間ごみ捨て場だった場所がようやくここまできれいになって、魚も戻ってきました。この沼地は保全地域として保護し、マングローブの苗を住民で植え始めました。マングローブの林が戻れば高潮や海面上昇から私たちを守ってくれます」
干潟では女性たちが総出で清掃活動にあたっていました。島の女性たちは清掃活動やヤシの実の皮を柔らかくして紐を作って売るなど、コミュニティー活動に熱心です。
島の反対側ではごみ捨て場の代替地として、国連開発計画(UNDP)のサポートを受けてごみ処理場が建設中です。
同じラーム環礁のマーメンドホ―島では、一足早く国連からの支援を活用して住民主導でごみ処理場が稼働していて、これが一つのモデルになります。国連ではラーム環礁の11の住民が暮らす島にごみ処理場を作り、回収システムの整備を後押しすることになっています。
連載第1回 で紹介したマーメンドホー島で島民議会のメンバー中心で進められたこのプロジェクトは、まず新しいごみ回収システムに関する説明会を開き、住民のごみ回収や処理に関する知識を高めることから始まりました。このような努力が実り、現在では島のすべての住民や企業が毎月およそ8から10ドル程度の使用料を支払い、専属の職員を雇い、ごみ処理のシステムが運営されています。
首都マレでは分別はなく、すべてのごみをごちゃ混ぜにしてごみ出ししますが、マーメンドホー島では先駆けて、燃えるごみ、堆肥を作るための生ものごみ、グラスやプラスチックなどのリサイクルごみを色別のごみ箱に分別して処理しています。
ごみ処理場の完成を待つマーバイドホー島ではこのようなごみ回収のシステムができておらず、夕方の涼しい時間帯になると女性たちが手押し車いっぱいのごみをすぐ脇にごみの仮置き場に捨てにやってきます。
その仮置き場のすぐそばでは、海岸線の浸食により何本ものヤシの木が倒れていました。ごみ捨て場としては理想的とは言えない場所かもしれませんが、面積の限られた島では場所の確保は容易ではありません。
地下水に海水がまじって飲み水に使えなくなる中、人々はプラスチック容器に入ったミネラル・ウォーターに頼らざるを得ず、島はプラスチックごみだらけになっています。美観・生態系・国民の健康を脅かすプラスチックごみの処理が国をあげての喫緊の課題となり、モルディブではすべての学校に対して、今年4月からビニール袋やプラスチック容器の持ち込みを禁止することが定められました。
海洋保護団体のParley for the Oceans は、モルディブ国内の地域コミュニティーやリゾート・ホテルなどと連携して海洋プラスチックごみを回収する活動を行っています。国内各地からごみが首都マレのParleyの作業場に集められ、プラスチックごみの選別が行われていました。
モルディブだけでおよそ1年間でにの700トンを超えるプラスチックごみを回収し、これを台湾に輸出して再利用に役立てています。ある有名スポーツ用品メーカーはParleyとの連携により、回収された海洋プラスチックごみや漁網を再利用した素材を使ったランニングシューズ を作っています。報道によると好調な売り上げで、すでに100万足以上を売り上げた、とのことです。
訪問したマーバイドホー島を昨年8月に襲った高潮の際の写真と動画を見せてもらいました。島全体が海水に浸かり、島民が総出で水抜きを行い、ガレキやごみの撤去を行っていましたが、自然の巨大な破壊力を前に人間に一体何がどこまでできるのだろうとも考えさせられます。
現に、ラーム環礁内でも人々の移住が進められ、小さなガードホー島から移住した人々のための家が比較的大きいフォナドホー島に設けられていました。私が話を聞くことができた人は、「私の家族は、子どもの今後の教育のことを考えてガードホー島からフォナドホー島に移りましたが、自主的ではなく、むしろ強制的に渋々移った人たちもいます。役所勤めだった人は同様の仕事に就くことができましたが、そうではない人たちは仕事を見つけるのも大変です」と語ってくれました。
翻って首都圏では巨大な開発工事が進みます。人口過密状態の首都のマレ島からフェリーでおよそ15分のところに作られた人工島のフルマレ島。過密化したマレ島からの移住地として始まったフルマレ島ですが、そのさらなる拡張工事は、基本的な行政サービスを効率的に提供することと並び、温暖化による異常気象や海面上昇などで移住を迫られた人たちの受け入れ先とすることも念頭にしていると言います。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書によると、今世紀末までに代表濃度経路シナリオによる予測で、0.3~4.8℃の範囲に海面水位の上昇は0.26~0.82メートルの範囲に入る可能性が高いとされ、国の海抜が平均で1-1.5メートル、最高でも2.4メートルのモルディブにとっては死活問題です。
日本政府が多額の拠出を行っている多国間基金の「緑の気候基金(Green Climate Fund)」は開発途上国の温室効果ガス削減(緩和)と気候変動の影響への対処(適応)を支援するため、気候変動に関する枠組条約(UNFCCC)に基づいて資金を供与するシステムを運営していますが、この「緑の気候基金」からモルディブで気候変動のリスクを負う10.5万人の島民に安全な水を安定的に供給するプロジェクト についておよそ2400万米ドルの支援が行われることになっています。
温暖化に端を発する海面上昇、台風の大型化・高潮の頻発などの異常気象は、モルディブのような小さな島嶼国をまず直撃するとともに、さらには沿岸部に人口や経済活動が集中する日本のような先進国にも被害をもたらすことになります。先進国や中国などによる温室効果ガスの排出の影響が、その排出にほとんど関わっていないモルディブの人々の暮らしを脅かしている状況に何とも居たたまれない気持ちになってしまいますが、是非多くの方々に「連帯の気持ち」を持ってもらえればと思います。