家庭や学校だけでなく、「地域」にも子どもの居場所を。子どもの孤立問題に立ち向かう、ある児童精神科医の思い

「子どもは家庭や学校で育てるべき」という私たちの思い込みが子どもの孤立化を生んでいるかもしれない
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家庭や学校で安心できる居場所を見つけられず、孤立する子どもたち。そんな彼らに必要なのは、そっと心に寄り添う「近所のおにいさんやおねえさん、おじさんやおばさん」のような存在かもしれない。認定NPO法人PIECES(ピーシーズ)は、「子どもと寄り添う優しい大人」を“コミュニティユースワーカー”と名付け、独自のプログラムで育成してきた。今後、そのプログラムを全国に広げていくために、クラウドファンディングで支援を募っている。

「子どもの孤立」は人ごとではなく社会の問題

「子どもの孤立は社会の構造的な問題です。人ごとではなく、いつ、誰の身に降りかかってもおかしくありません」というのは、 児童精神科医でPIECESを立ち上げた代表の小澤いぶきさんだ。

福祉後進国といえる日本では貧困や格差も深刻な問題で、その影響を最も受けているのが子どもたちだ。年間約50人の子どもが、虐待により亡くなり(※1)、7人に1人は相対的貧困の中で暮らす(※2)。虐待などにより家庭で適切な養育を受けられない児童は、約4万5000人もいるといわれている(※3)。

「13年間、精神科医・児童精神科医として、厳しい環境にいる子どもたちを目の当たりにしてきました。そういう子どもたちに共通しているのが、孤立です。医療や福祉が必要だったり、なんらかの深刻なトラブルに巻き込まれる前に手を差し伸べてくれたり、安心して手を差し伸べ手くれたり、安心して助けを求めることができる“信頼できる身近なつながり”がないのです」と小澤さんは語る。

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子どもが安心して暮らせる権利をサポートする地域の存在

親からの虐待で命を落とす子どもたち。そんな事件を聞く度に、私たちは暗澹たる気持ちになる。悲しい境遇の子どもたちを救うために、「親が、学校が、公的機関ができることはなかったのか」と考えがちだが、実は、私たちのすぐそばにも、そういう困難の中にいる子どもがいるかもしれないのだ。そして、私たち自身が何かできることがあるのかもしれない。

「医療機関や学校、福祉施設だけでなく、子どもたちの日常に信頼できる関わりがあること。それこそが、子どもたちが心から安心して、安全に暮らすために必要なのではないか」という強い思いが、小澤さんをPIECESの立ち上げに突き動かした。

PIECESではこれまで、子どもたちの日常に寄り添い、自立までをサポートする大人をコミュニティユースワーカーと呼び、独自のプログラムで育成。団体設立以来、4年間で約50人のコミュニティユースワーカーが巣立っていった。彼らはプログラム終了後、各々の立場で子どもたちを見守るプログラムやプロジェクトなどさまざまな活動をしているという。

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子どもをサポートする人材を地域で育成

「これまでの私たちの活動はどうしても東京が中心でした。しかし、困難な状況の子どもたちは全国にいます。それぞれの地域でもっと、子どもたちが安心して頼れる大人の存在が必要です」(小澤さん)

そこで次の段階として、各地で活動している人々と協力しながら、「子どもと寄り添う優しい大人」を育成するプログラムを全国展開していくことにした。

その第一弾が今年6月から始まる、茨城県水戸市のNPO法人「セカンドリーグ茨城」との共催プログラム。PIECESのノウハウを地域のNPO法人に提供することで、その地域が主体となって実情に合わせた子どもと寄り添う伴走者を育成していく。(水戸のプログラムの詳細・応募はこちら)関西や九州でもプログラム実施の計画を進めているという。

子どもたちが「しんどい」と言える相手が必要

小さい頃から戦争や排除に関心が強く、「国境なき医師団」に憧れて医師を目指すようになった、という小澤さん。医者という立場から、人が人を不当に排除したり、傷つけたりする現実から、寛容さのある構造へのシフトを促していくのが目標だったという。その夢を児童精神科医として実現していく中で、子どもたちを取り巻く現実の複雑さや困難さを思い知った。

「機能不全の家庭で育つ子どもたちは、そのしんどさを誰にも言えずに自分の中に抱え込んでいることがあります。しんどくなりすぎる前に、自分のことを話しても大丈夫だと思える環境があったり、“あなたのせいじゃない”と言ってもらえたりすることが、とても大切です」

孤立して、誰からも手を差し伸べられない子どもたち。問題は、そういう子どもたちがそばにいることを“知らない”が故の無関心にもある。また「子どもは家庭や学校で育てるべき」という私たちの強い思い込みも、ネックになっているという。

小澤さんが診てきた子どもの中には、幼い頃からさまざまなサインを出していたにもかかわらず、周囲が気づかないというケースが多い。
「機能不全家庭で育ったある子は、中学の保健室の先生が話を聞いてくれるまで、ずっと一人で抱え込んでいました。でも、よくよく話を聞いてみると、小さい頃、養育者から家を閉め出されるのを近所の人が見ていたり、勇気を出して身近な人に打ち明けたけれど、ちゃんと話しを聞いてもらえなかったりしたことを覚えていたりします。そういう経験が、“まわりは助けてくれない”という不信感につながっていくことがあります」(小澤さん)

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困難な環境の中にいると、「誰かを信じて頼る」ことが難しくなってしまうことがあるのだ。

「困難な状況にある子どもほど、親、行政、医療機関しか繋がっている先がなく、地域の人と人とのつながりからこぼれ落ちてしまうことがあります。子どもが暮らす地域の中にこそ、安心して頼れるネットワークをつくることが必要です。だからこそ、子どもたちが孤立しない仕組みをつくっていこうと考えています。そのために、専門家とは違う立場で子どもたちに寄り添う知識や体験を提供して、人材の育成を目指しています」(小澤さん)

PIECESの活動をきっかけに、子どもたちにさまざまな居場所が生まれつつある。機能不全家庭で育ったある子は、学校も行けず、お金もなく、朝から晩までバイトを頑張りながらも自分の将来を諦めていた。その子の「ゲームが好き」という一言から、PIECESの卒業生がクリエーターと一緒にゲームをつくるワークショップを立ち上げ、居場所づくりをするプロジェクトも進んでいる。
「そんな子どもたちがゲームづくりを通して、いろいろな人と関わりながら、自分の願いを諦めなくてもいい、未来に希望をもってもいいと思うようになったと言ってくれています」(小澤さん)

こういったPIECESの育成プログラムに関心を持つ人も多く、これまで一期12名の定員に対して、学生、主婦、ビジネスパーソンなどさまざまな立場の人が、毎回100名ほど応募してくるという。これまではPIECESで対応できる人数がごく少数に限られていたが、全国に展開していくことで、より多くの人たちが子どもたちと関わるためのノウハウを学べるようになる。

「目指しているのは、人と人の間にやさしさが生まれて、他者の心の痛みを想像できる社会です。家庭の問題、学校の問題と距離を置くのではなく、誰もが子どもを取り巻く環境の一部であるという想像力が広がってほしい。大人がそこに気づくことが、子どもたちを孤立から守る一歩になると思います」(小澤さん)

(工藤千秋)


 ※1 厚生労働省_社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会 第14次報告より
 ※2 厚生労働省_平成28年 国民生活基礎調査の概況より
 ※3 厚生労働省_社会的養護の現状について(平成29年12月)より

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