男性の育休取得が伸び悩む中、仕事場でパタハラを受けながらも子育てに奮闘し続ける人がいる。
少子化対策としても、出産後に仕事を続ける女性にとっても、夫の家事・育児参画がどこまで実現できるかは重要な要素になる。
ハフポスト日本版では、ある大手企業に勤めるRさんが受けた嫌がらせと、現場からの働きかた改革を聞いた。
「あなたの態度は、とても許容できるものではありません」。
都内のある大手企業に勤めるRさん。3人目の子が生まれ、「育休」から職場復帰して数日後、上司からこんなメールを受け取った。
「突然、後ろから背中を刺された気分でした」。
第1子、第2子の経験を活かし、出産予定日の何カ月も前から上司と綿密に打ち合わせ、業務も調整して支障がないようにしていたはずだった。上司は快く送り出し「仕事に代わりはいても、父親にはいないから」とまで言ってくれていた。
Rさんの勤め先は、どちらかというと「昭和的体質」で、専業主婦の妻を持つ男性が多数派というタイプの企業だ。残業時間も長い。多くの男性と同じく、制度としての育児休業を利用することもできたが、周囲になるべく悪感情を持たれないように、あえて、有給休暇などをつなぎ合わせて捻出したのがRさんの「育休」だった。
それでも、上司は急に態度を豹変させた。「事前に言っているからって好き勝手していいとは言ってないぞ」。
慌てて確認した。すると実は、Rさんの不在時、業務に緊迫したトラブルが発生していたというのだ。
しかし、当時の職場は「長期間不在の人」が想定されておらず、社外からはメールさえ読むことができない環境。育休中のRさんにトラブルの情報は全く伝わっておらず、上司は、一方的な不信感を募らせていたのだった。
Rさんは復帰後も保育園の送り迎えを担当するなど、育休中の妻とともに育児にあたる予定だった。しかし、その計画は断念した。
上の2人の子を抱えながらの出産で頼れる人も他にいない。妻には少しでも身体を休めてほしかったが、この緊急事態を乗り切るため、計画は撤回することにした。
「今は私に任せて復帰した方がいい」。そう言ってくれた妻が頼もしかった。
「パタハラ」は表面化しづらい
育児に関わる男性が不当に解雇・降格されたり、必要な制度が取得できなかったり、低い評価を与えられる行為は、「パタハラ(パタニティ・ハラスメント)」と呼ばれる。
政府は男性育休の取得を推進しているが、現在の取得率はわずか3.16%。政府は「2020年度までに男性の育休取得率を13%に」と目標を掲げるが、ほど遠い。
男性であっても勤め人ならばほとんどの人が取得できるはずの育休。取得しなかった理由として、収入面以上に多くの人が挙げるのが、育休取得を阻む「職場の雰囲気」だ。
2014年に連合が行った調査では、子供がいる男性525人のうち11.6%がパタハラを経験している。
その内容は、多い順に「子育てのための制度利用を認めてもらえなかった」が5.5%、「子育てのために制度利用を申請したら 上司に"育児は母親の役割""育休をとればキャリアに傷がつく"などと言われた」3.8%、「子育てのための制度利用をしたら、嫌がらせをされた」1.9%となっている。
一方でパタハラをされた経験がある人のうち、もっとも多かったのは「だれにも相談せず、制度の利用をあきらめた」で65.6%だった。
最近では、育休後に休職を命じられたとしてパタハラで勤務先を提訴した男性の例が報じられた。しかし、そのように表面化することはまれだ。
実は、Rさんがパタハラを受けたのは第3子の誕生後が初めてではない。
第1子の誕生後しばらくして、Rさんは早朝に出勤し、夕方早く退勤する勤務体制に変えた。その生活は数年間続いた。
別の上司にも、わざと帰宅後の時間に会議を設定される嫌がらせを受けたり、「チームワークを乱した」などとなじられたりした経験もある。
こう聞くと、育休取得を検討している男性、夫に育休を取ってほしいと考えている女性も、尻込みしてしまうかもしれない。
それでもRさんは、「後悔はない」と断言する。子育て中にきちんと昇進も勝ち取った。
「イクメン」から、今では部下を抱える「イクボス」になっている。
「子育ての戦力にはなりません」。厳しい妻の一言
かつてのRさんは「飲みニケーション大好き」「飲み会皆勤賞」男だった。残業もこなしつつ、休日にも同僚たちと交流するなどプライベートも忙しかった。
第1子が誕生し、育児休業こそ取得しなかったRさんだったが、週に1〜2度は早めに帰宅して子供の入浴や寝かしつけをした。自分なりに、育児にも積極的に関わっていたつもりだった。
しかし、妻の育児休業が明ける頃、言われたのは厳しい一言だった。
「今日は早いけど、明日は遅くなるとか、そんな人は子育ての戦力にはなりません」。
「正論だ」と思った。出産前の妻と自分、給与額は同程度。しかし、妻は自分のキャリアを犠牲にして子育てに取り組んでいる。自分が逆の立場だったらどう思うのだろうか、と想像した。
それからRさんは、「イクメン」道を歩むことになる。飲み会などは「育休」に。第2子の誕生時もまた「育休」を取得した。
その一方、仕事では短い時間で大きな成果を出せるよう、徹底した個人の時間管理や、部内のコミュニケーション、職場全体の業務スケジュールの見直しにも取り組んだ。「制約社員」でもここまでできる、というモデル像を示したいと考えている。
140点の人生を
そして今、ふとした瞬間、Rさんは自分が子どもたちにきちんと向き合ってきたことを実感するのだという。
ある日、家族が寝静まった時間に帰宅したRさんの元に、寝床からやってきた次男が話をしにやってきた。次男は保育園でつらかった出来事を告白し、スッキリした顔で布団に戻っていった。
「パパは嫌なことも話せる相手なんだ、と思いました。子どもと2人きりになったときの何気ない会話。ちょっとした一言、一時、の大事さに気づいていない男性は多いと思います」
また、社内にはRさんに続いて育児休業を取得する男性社員も現れるようになった。
育児経験のある社員でグループを作り、経験を活かした新しい事業の提案などにも取り組んでいる。少しずつ、環境が変わり始めていることを感じている。
「僕のやり方をすぐに真似しようとか、なぜこの人みたいにできないの、とか。単純なロールモデルにするのは間違っていると思います。ただ、仕事も、子育ても両立させているのがかっこいいと僕は思う。仕事で大成功しても、例えばそれと引き換えに育児を抱え込んだパートナーが産後うつになって、その悩みを抱えて苦しいとしたら、人生はトータルでハッピーじゃないかもしれない」
Rさんにも葛藤や焦りはあった。パタハラだけでなく、仕事のための情報をインプットする時間が十分に確保できないことは、今も気がかりではある。
しかし、今は子どもと向き合う時間、と割り切り、子育てで得られた経験から仕事以外の世界を広げることに集中している。
そして、「自分よりも優秀」と感じながら、「マミートラック」に悩んでいた妻から昇進の知らせを聞いた時には、この上ない喜びを感じたという。
「仕事は70点かもしれないけれど、その他の点数が70点だったら、足して人生の点数は140点。そういう人生を僕は目指しています」