「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」――。パタゴニアは2018年末、27年間掲げてきたミッションを変えて、新たなミッションを発表した。世界で最も「レスポンシブル・カンパニー(責任ある企業)」として知られる同社はいま何を考えているのか。サステナブル・ブランド国際会議2020横浜には、パタゴニアで企業理念の責任者「Director of Philosophy」を務めるヴィンセント・スタンリー氏が登壇した。同氏はパタゴニアの創設者イヴォン・シュイナード氏の甥であり、イェール大学経営大学院の客員研究員も務める。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=小松遥香)
地球と人類のいま
「横浜はパタゴニアと縁のある場所です」と、スタンリー氏は話し始めた。1988年、日本で事業を始めた同社は現在、日本支社を横浜市戸塚に置く。そして、横浜は1859年に開港し、欧米への絹製品などの輸出で発展してきた場所だ。
「横浜で輸出されていたものが、160年という時間の中で、ナイロンやポリエステルといったパタゴニアの製品にも使われている人口繊維の誕生へとつながりました。横浜は、過去160年間の人類の発明の歴史、製造業の発展を象徴する街です」
そして、会場を埋め尽くす参加者に向かって、「この会場には新型コロナウイルスへの恐れからマスクを着けている方が多くいらっしゃいますね。地球の環境はどんどん悪化しています。天然資源も減り、自然環境も悪くなっています」と切り出した。
「物事は、生物共同体の統合性、安定性、そして美しさを保つ傾向にあるとき、正しい」
米国の生態学者で自然保護主義者、アルド・レオポルド氏の言葉を紹介した。
「この言葉はまさにその通りだと思います。生物共同体には、人間も含めすべての命あるものが含まれています。しかし、私たち人間が仕事や日々の暮らしでやってきたほとんどのことは、生物共同体の統合性、安定性、美しさを破壊する方向に動いてきたと感じます。私たちはいま、深刻な危機に直面しています」
スタンリー氏は、その例として、オーストラリアの森林火災、日本の雪不足、2月に過去最高気温を観測した南極の海面上昇、そして家庭で植物を育てるにしても数年前とは違う時期に種を植えるようになっていると話した。
「私たちが生物共同体の統合性、安定性、美しさを保ちながら、現代的な暮らしを送るにはどうすればいいでしょうか」
そう質問を投げかけ、スタンリー氏はこう続けた。
「まず、大切なのは直面している課題に対して非常に謙虚でいることです。そして、どんな方法で製品やサービスが生み出され、結果的にどんなことが起きているのかを理解しようと努めることです。また、悪影響を与えないために何をしなければならないかを考えなければなりません。最後に、私たちは自分たちが向かう先を変えていかなければなりません」
パタゴニアはどうビジネスを変革してきたか
スタンリー氏は、パタゴニアがどのようにして変革を進め、世界一のレスポンシブル・カンパニーといわれるようになったか、その変革がどう同社の歴史の中で変遷していったのかについて語った。
パタゴニアの原点は、ロッククライマーで創設者イヴォン・シュイナード氏が1957年、独学で鍛造を学び、使い捨てではなく繰り返し使えるクライミング用ギアを製作し始めたことにある。ギアの受注が増え、製造が追いつかなくなった1960年代半ば、シュイナード氏はシュイナード・イクイップメントを創業。事業は成長し、1970年までに米国最大のクライミング用ギアのサプライヤーとなった。時を同じくして、クライマーウェアの輸入・製造販売を始めることになり、新たな衣料品ブランドとして1973年、「パタゴニア」は誕生した。
パタゴニアは1994年にオーガニックコットンを製品に使用し始め、1996年、すべてのコットン製品をオーガニックコットン100%に切り替えた。しかし創設した当初は、ナイロンやポリエステルは人口繊維でやっかいなもので、コットンは自然の繊維と考えていたとスタンリー氏は振り返る。
1991年、パタゴニアは使用していた繊維の環境負荷について調査を行った。そこで初めて、ウールやナイロン、ポリエステルと比較しても、化学肥料を多く使うコットンの耕作の方が地球への負荷が高いことが分かった。そして同社はオーガニックコットンに切り替えることを決める。グローバル・サプライチェーンを解消し、米カリフォルニアのサン・ホアキンバレーでオーガニックコットンを栽培することにした。
しかし、全量をオーガニックコットンに切り替えることは容易なことではなかった。新しいインフラを構築し、製品自体のデザインやスペックを変え、主要取引先に確認をとり、製造コストも商品価格も上がる。
ではどう社員に納得させたのか。スタンリー氏は、バスを借りて、社員を連れてサン・ホアキンバレーに48回も通ったと話した。まずオーガニックコットン畑に行き、それから従来型のコットン畑に行った。
「バスが従来型のコットン畑を近づいた時、窓を開けなくても有機リン系農薬の臭いがしてきました。土壌に手を入れると、生物は全くいませんでした。化学肥料の使用を3年間やめないと、ミミズは戻ってきません。他の植物も生育していませんでした。バスの旅を経て、社員は『変わることは大変だけれども、会社は正しいことをやろうとしている』と理解してくれました」
1993年にペットボトルを再利用してフリースを製造
プラチックの環境汚染はいまや世界的に知られているが、パタゴニアが回収したペットボトルを使って再生フリースを製造し始めたのは1993年のことだ。
「リサイクルすればそれでいいというわけではありません。4Rの中でリサイクルは最後の工程です。それには理由があります。まずは素材の使用をリデュース(削減)することが重要です。そしてリペア(修理)です。それを再循環し、不要となったものをリユース(再利用)します。最後にリサイクル(再生)です」
同社はより環境負荷を下げることを目指し、2000年初頭、衣類の原料をリサイクルする循環経済に力を入れ始めた。使い古された製品を引き取って日本に輸送し、帝人でポリエステル・チップを製造、それをリサイクル・ポリエステル繊維にし、製品をつくるようになった。
さらにパタゴニアは2011年、資源の利用を削減する「リデュース」の重要性を顧客に伝えるため、全米で大規模セールが行われるブラック・フライデーに、意表を突く広告をニューヨークタイムス紙に出した。見出しに「Don’t Buy This Jacket (このジャケットを買わないで)」と書き、なぜ買わないで欲しいかという説明と自社のジャケットの写真を掲載した。
掲載したジャケットは、リサイクル・ポリエステル繊維を使用し、10年間使えるパタゴニアの中でも最も環境負荷の低い製品。最終的には、またリサイクルできる。しかしスタンリー氏はこう言う。
「環境負荷の低いそのジャケットを製造するために135リットルもの水を使っています。ジャケットの重さの24倍の温室効果ガスを排出し、3分の1の重さの廃棄物を出しています。その当時は、自然から搾取する以上に自然に還元するという製品のつくり方を私たちは知りませんでした。私たちが地球に負荷を与えないようにと思い、とっている行動が実は地球に悪影響を与えていたことがわかったのです」
地球環境を再生する「リジェネレーション」まで考え、ビジネスを行う
パタゴニアがオーガニックコットンを使い始めて25年、「Don’t Buy This Jacket」の広告を出して9年が経つ。いま何が見えてきたか。
「2020年を迎え、私たちは大きな転換期にいます。私たちの孫たちがどういう地球で暮らしていくことができるのか――。それを決めるのはいまです」
パタゴニアは2025年までにカーボンニュートラルを達成することを宣言している。そして、新たな化石燃料の製品への使用を2025年までにやめる方針だ。来年までにはその目標の80%が達成できる見込みという。「これは大きな成果です。なぜならパタゴニアが排出する二酸化炭素の85%は布製品から出ているからです」とスタンリー氏は語った。
そして、パタゴニアがいま新たに取り組んでいるのが環境再生型有機農業だ。環境再生型有機農業は土壌を再建し、化学薬品による公害を削減し、気候変動の原因となる炭素を土中に隔離する。食品事業「パタゴニア プロビジョンズ」を立ち上げ、農業を通して地球環境を再生していくことを目指している。
「環境の危機的状況に対する切迫感と、これまでに学び得てきた環境再生型有機農業を通して、パタゴニアは地球から搾取する以上に何をもたらすことができるか――。そう考えることで、2018年12月、私たちの事業の根幹となるミッションが大きく変わりました」
新たに掲げたミッションは「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」。
パタゴニアではそれまでの27年間、「最高の製品をつくり、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」というミッションを掲げてきた。
このミッションを定めた1991年には野心的で志の高いものだったが、現在のような危機的状況の中では「不十分だと考えるようになった」とスタンリー氏は話した。新たなミッションはパタゴニアが一企業として歩み始めている、これから数年間の道筋を表すものと説明した。
最後に、スタンリー氏は参加者らにこう呼びかけた。
「日本の友人のみなさま、私は遠いアメリカから来ました。パタゴニアという企業は日本に根ざしてビジネスを行っていますが、私はみなさまよりも日本を深く存じ上げているわけではありません。
しかし私が申し上げたいのは、みなさまのビジネスは大きく変わっていくという点です。みなさんがビジネスについて自問自答していくことというのは、10年、15年前と同じではありません。
その答えの一つが、SDGsです。SDGsは民間企業や政府、非政府組織、コミュニティなど社会を構成する人々が、地球を健全な状況に戻すために何をすべきなのか。それを2030年までにどう達成すべきかを示すものです。
また昨年の夏、米経済団体『ビジネス・ラウンドテーブル』が株主至上主義ではなくステークホルダー資本主義への転換を発表したことも大きな一歩です。さらに、ステークホルダー資本主義に基づき経営を行うB Corp(Benefit Corporation)認証を取得する企業は過去10年間で増え続けています。
私たちは自らが取り組んできたことからだけ学びを得られるのではありません。ビジネスで取り組んでいることや、友人や近所に住む人たちからも学ぶことができるのです」