パリ五輪ボクシング女子に出場している、アルジェリア代表のイマネ・ケリフ選手と台湾代表の林郁婷選手に対し、「元男性だ」「トランスジェンダーの選手だ」など誤った情報が拡散されている。
ソーシャルメディアに誹謗中傷も投稿される中、国際オリンピック委員会(IOC)とパリ2024・ボクシングユニット(PBU)は8月2日、共同声明を発表して「すべての人たちが、差別されずにスポーツができる権利がある」と強調。
「ふたりの女性選手に関する、誤解を招く情報がある」と懸念を表明し、誤情報の拡散などをやめるよう求めた。
今回の誤情報や誹謗中傷が広がった背景には、ロシア出身の会長を擁する国際ボクシング協会(IBA)と、IOCとのこれまでの関係がある。
「トランスジェンダーの問題ではない」
オリンピックなどの国際大会で、トランスジェンダー選手の女子競技への出場をめぐる議論が起きているが、IOC広報のマーク・アダムス氏はふたりについて「これはトランスジェンダーの問題ではない」と8月1日の記者会見で述べた。
「ふたりは女子選手として今までも、これからも競技を続ける。他の選手に負けることもあれば勝つこともある」
IOCは声明でも「ボクシングに参加するすべての選手が、参加資格とエントリー規則、医療規定に従っている」としている。
両選手とも2021年東京オリンピックのボクシング女子競技に参加しており、同大会での出場が問題になることはなかった。
パリ大会でふたりの参加が論争になったのは、国際ボクシング協会(IBA)が2023年の世界選手権で、両選手を失格にしたためだ。
IBAはこの大会で、性別適格性検査の結果を理由に、ふたりは女子大会への参加資格を満たしていないと判断した。
ロイター通信によると、IBAのウマル・クレムレフ会長はふたりの選手について「XY染色体を持っていた」とロシアのタス通信に述べている。そのため、両選手は性分化疾患(DSD)の可能性があると認識されている。
ただし、IBAは検査の詳細は明らかにしていない。2024年7月31日に発表した声明では両選手が受けたのはテストステロン検査ではないとしているものの、検査の詳細は機密事項だとしている。
IBAをめぐる問題
ケリフ選手と林選手を失格にしたIBAだが、長年ガバナンスや財務面の透明性、審判の不正疑惑などの問題が指摘されてきた。
IOCは2023年、IBAがガバナンスや財務面、倫理面などの問題を解決できないとして、国際統括団体としての承認を取り消した。
IBAは承認取り消しを不服としてスポーツ仲裁裁判所に訴えたが、2024年4月に棄却された。
パリ大会でボクシングを運営したのは、IOCが設置したボクシングユニット(PBU)だ。
IOCは2021年の東京大会の後に、選手の性別の扱いに関する枠組みを発表したものの、基本的には各競技の国際統括団体に委ねるとした。
その後、世界陸連や国際水泳連盟など複数の国際競技団体が、トランスジェンダーや性分化疾患(DSD)に関する出場資格を更新したが、ボクシングはIBAが承認を取り消されているため、ルールを決める統括団体が不在の状態だった。
IBAに代わり、パリ大会で運営を担ったPBUは、ボクシングの性別の取り扱いについて2016年のリオ大会と同じルールを支持した。
IBAは、IOCが自団体と異なる基準を採用してケリフ選手と林選手の出場を認めたことについて「競技の公平性と選手の安全性の両面で深刻な問題を提起する」としている。
一方でIOCは、ふたりの出場資格剥奪について「IBAによる恣意的な決定の犠牲者だ。2023年の世界選手権の終了間際に、正当な手続きなしに突然失格処分を受けた」と反論。
「いかなるルール変更も、適切な手続きを経て、科学的根拠に基づいて行われなければならない」と述べている。
オリパラは社会の未来を作るムーブメントの一部
ケリフ選手は8月1日に行われた女子66キロ級2回戦で、イタリア代表のアンジェラ・カリニ選手に勝利した。林選手は2日の女子57キロ級に出場する予定だ。
中京大学スポーツ科学部の來田享子教授は2021年のハフポスト日本版の取材で「オリパラは、人々が異なる意見を持ち寄り、ともに考えながら、社会の未来を作ろうというムーブメントの一部だ」と語った。
オリパラは、すべての人を迎え入れるためのチャレンジをする場所で、ケリフ選手と林選手に対する差別や偏見を助長することがあってはならない。